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第18話 まさか、まさかの?!
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逃げるように帰って行ったルーシュだけではない。
アナベルもまた困惑と混乱をしていた。
気になってしまうと部屋の隅にいる従者の音が何重にもなって頭の中を駆け巡る。大音量の騒音の中にいるようで、頭が痛くなってくるが手で耳を塞いでもその手の甲を突き抜けて音は重なる。
「ごめんね。少し、触れるよ」
イルシェプはそう言うと、アナベルの耳を塞いだ手を覆うように手を重ねた。すると不思議な事に大音量の重なった音はピタリと止む。
ハッとイルシェプを見ると小さく頷いていた。
「魔力があるね。おっと・・・私の口元を見て。読唇術のように」
アナベルには聞こえる声が「今までの音」なのか「さっきの音」なのか区別がつかなかったが、イルシェプは「あ!」と大きく口を開け、「い!」と今度は口を横に細く、「う!」と唇を突き出し、「え!」と舌を下の歯に引っかけ、「お!」と頬を凹ます。
「この国の者には魔力はないと聞いたが・・・不思議な事もあるものだね」
「あのっ。殿下・・・私いったい・・・」
「判りやすく言えば、魔法使いになったという事かな。魔法にもいくつか種類があってね。水や火を操るものもあれば目に見えない心を操る魅了であったり、私のように場所を瞬時に移動できるものなど色々とあるんだ。単体であったり複合していたりすることもある」
「私が?!どうして・・・」
イルシェプは顎に手を当てて「うーん」と考え込むがイルシェプにも理由は判らなかった。
「この力は読心魔法と言って、私も軽くは扱えるんだが、この魔力を持つほとんどは意識を向けた相手の心が読めるだけなんだ。きっとアナベル嬢、君は全部が聞こえちゃってるんだよね?」
「聞こえると言いますか、勝手に頭の中に言葉が入って来る感じです。でも今は聞こえない・・・どうしてかしら」
「私の遮断魔法で塞いでいるからね。だから私の声は聞こえるけれど他の音は聞こえないだろう?」
はと、周りを見れば使用人達が何かを話しているが、口元が動いているのが見えるから話をしていると判る。つまりはイルシェプの声以外の音が全て遮断された状態だった。
「困ったね。私が滞在している間はこうやって他の音を消してあげられるけれど、帰国をすれば実際の声も心の声も全ての音が否応なく頭に入って来る。寝ている間も続くんだよ」
「そんなっ!なんとかなりませんか?今までこんな事なかったのに…」
「突然・・・そうだよねぇ。マジルカ王国でも魔力が無かったのに初潮・・・あっと失礼。でもまぁ…初潮や精通と言った体の変化で魔力が発現したり、その逆で失ってしまったりという者はいるんだ。だが…そうじゃないよね?だとしたらもっと早くに発現しているはずだ」
返答に困るが、20歳ともなれば毎月のこと。
アナベルは「6、7年前ですが、こんな事になった事は無い」と素直に答えた。
「後は・・・これは文献で読んだだけなんだがマジルカ王国の人間ではないのに魔力が宿った者がいたことは確認されている。でもこれも数が少なくて。確か‥‥魔力の強いものを食べたか触れたか。いや、触れるだけじゃダメだな。触れてどうにかなるなら魔力を失ったものはベタベタと触れ回ればいい。それから先も言ったように初潮を迎える、精通を経験する、など身体の変化‥いやこれも少し違うな」
「どう違うんですか?」
「魔力を失ってしまった者、親兄弟姉妹魔力があるのに自分だけがない。そういう者が真逆になった事があるとは言ったよね。でも身体的な変化で全員が逆になるかと言えば違う。何というのか・・・。激しい感情の触れ、例えば両親や祖父母の死、弟妹の誕生、大願成就したなどの感情が大きく振れる出来事が重なった上に、魔力の強いものを食す、触れるなど物理的な動きがあった時といったらいいいだろうか」
アナベルは、はと・・・思い当たる事があった。
まさかと思いつつもそれも該当するか、イルシェプに問う。
「あの・・・気のせいかも知れませんが2週間前にリカルドが・・・いえ、マジルカオオカミが虹の橋を渡ったんです」
「はっ?!マジルカオオカミ?!えっ?ちょ、ちょっと待った!」
「どうされましたか?」
「いや、凄い事をサラっと言うから・・・。リクオオカミとかサンガクオオカミの間違いじゃないのか?マジルカオオカミは確かに我が国特有の個体で生息は確認されているが生態については・・・」
「間違いないと思います。最期は‥‥キラキラと光になって‥神の御許に旅立ちました」
イルシェプはアナベルの言葉が信じられなかった。
マジルカオオカミはマジルカ王国でも稀有な存在で、捕獲をしても生態を調べるまでに至らない。周囲に擬態をしてしまうので、サーチという捜索魔法を扱える者でも見失ってしまう。
それを15年もの間、飼っていた、いや一緒に生活をしていたなどと信じられない。
が、マジルカオオカミの亡骸が見つからないのは長い間、大気などに擬態して息絶えると考えられていた。数は少ないが「光って消えた」という目撃もあった事から、霧散するのではという仮説もある。
アナベルの言葉を頭ごなしに嘘だと決めつける事も出来なかった。
「確実にそのリカルドが原因とは言えない。しかし・・・起因になった可能性はないとも言えない・・・どうだろう。我が国に来て詳しく調べさせて・・・いや、心配はいらない。無体な事はしない。此処にいた時の食事や行動パターン、日常を聞き取りたいんだ。まさか、まさかの・・・アナベル嬢。これは凄い事なんだ!」
イルシェプと共にマジルカ王国に行けば、少なくともイルシェプの近くにいる間は「大音量の騒音」に悩む事は無いだろう。
しかし、直ぐに返事を出来ない理由がアナベルにはあった。
両親に是非を問うていない。それは勿論だがディック家との関係が足枷。
婚約中に留学する者はいるのだが、アナベルの場合は婚約をどうにかしない限り、出国は出来ないし出国するにしてもルーシュも同伴、そうなればエレナ夫人も行くと言い出すだろうことは容易に想像がつく。最悪ベラリアまでついてきたら目も当てられない。
アナベルは正直な気持ちとして、ルーシュが同伴するのなら行かなくていい。そう思った。
アナベルもまた困惑と混乱をしていた。
気になってしまうと部屋の隅にいる従者の音が何重にもなって頭の中を駆け巡る。大音量の騒音の中にいるようで、頭が痛くなってくるが手で耳を塞いでもその手の甲を突き抜けて音は重なる。
「ごめんね。少し、触れるよ」
イルシェプはそう言うと、アナベルの耳を塞いだ手を覆うように手を重ねた。すると不思議な事に大音量の重なった音はピタリと止む。
ハッとイルシェプを見ると小さく頷いていた。
「魔力があるね。おっと・・・私の口元を見て。読唇術のように」
アナベルには聞こえる声が「今までの音」なのか「さっきの音」なのか区別がつかなかったが、イルシェプは「あ!」と大きく口を開け、「い!」と今度は口を横に細く、「う!」と唇を突き出し、「え!」と舌を下の歯に引っかけ、「お!」と頬を凹ます。
「この国の者には魔力はないと聞いたが・・・不思議な事もあるものだね」
「あのっ。殿下・・・私いったい・・・」
「判りやすく言えば、魔法使いになったという事かな。魔法にもいくつか種類があってね。水や火を操るものもあれば目に見えない心を操る魅了であったり、私のように場所を瞬時に移動できるものなど色々とあるんだ。単体であったり複合していたりすることもある」
「私が?!どうして・・・」
イルシェプは顎に手を当てて「うーん」と考え込むがイルシェプにも理由は判らなかった。
「この力は読心魔法と言って、私も軽くは扱えるんだが、この魔力を持つほとんどは意識を向けた相手の心が読めるだけなんだ。きっとアナベル嬢、君は全部が聞こえちゃってるんだよね?」
「聞こえると言いますか、勝手に頭の中に言葉が入って来る感じです。でも今は聞こえない・・・どうしてかしら」
「私の遮断魔法で塞いでいるからね。だから私の声は聞こえるけれど他の音は聞こえないだろう?」
はと、周りを見れば使用人達が何かを話しているが、口元が動いているのが見えるから話をしていると判る。つまりはイルシェプの声以外の音が全て遮断された状態だった。
「困ったね。私が滞在している間はこうやって他の音を消してあげられるけれど、帰国をすれば実際の声も心の声も全ての音が否応なく頭に入って来る。寝ている間も続くんだよ」
「そんなっ!なんとかなりませんか?今までこんな事なかったのに…」
「突然・・・そうだよねぇ。マジルカ王国でも魔力が無かったのに初潮・・・あっと失礼。でもまぁ…初潮や精通と言った体の変化で魔力が発現したり、その逆で失ってしまったりという者はいるんだ。だが…そうじゃないよね?だとしたらもっと早くに発現しているはずだ」
返答に困るが、20歳ともなれば毎月のこと。
アナベルは「6、7年前ですが、こんな事になった事は無い」と素直に答えた。
「後は・・・これは文献で読んだだけなんだがマジルカ王国の人間ではないのに魔力が宿った者がいたことは確認されている。でもこれも数が少なくて。確か‥‥魔力の強いものを食べたか触れたか。いや、触れるだけじゃダメだな。触れてどうにかなるなら魔力を失ったものはベタベタと触れ回ればいい。それから先も言ったように初潮を迎える、精通を経験する、など身体の変化‥いやこれも少し違うな」
「どう違うんですか?」
「魔力を失ってしまった者、親兄弟姉妹魔力があるのに自分だけがない。そういう者が真逆になった事があるとは言ったよね。でも身体的な変化で全員が逆になるかと言えば違う。何というのか・・・。激しい感情の触れ、例えば両親や祖父母の死、弟妹の誕生、大願成就したなどの感情が大きく振れる出来事が重なった上に、魔力の強いものを食す、触れるなど物理的な動きがあった時といったらいいいだろうか」
アナベルは、はと・・・思い当たる事があった。
まさかと思いつつもそれも該当するか、イルシェプに問う。
「あの・・・気のせいかも知れませんが2週間前にリカルドが・・・いえ、マジルカオオカミが虹の橋を渡ったんです」
「はっ?!マジルカオオカミ?!えっ?ちょ、ちょっと待った!」
「どうされましたか?」
「いや、凄い事をサラっと言うから・・・。リクオオカミとかサンガクオオカミの間違いじゃないのか?マジルカオオカミは確かに我が国特有の個体で生息は確認されているが生態については・・・」
「間違いないと思います。最期は‥‥キラキラと光になって‥神の御許に旅立ちました」
イルシェプはアナベルの言葉が信じられなかった。
マジルカオオカミはマジルカ王国でも稀有な存在で、捕獲をしても生態を調べるまでに至らない。周囲に擬態をしてしまうので、サーチという捜索魔法を扱える者でも見失ってしまう。
それを15年もの間、飼っていた、いや一緒に生活をしていたなどと信じられない。
が、マジルカオオカミの亡骸が見つからないのは長い間、大気などに擬態して息絶えると考えられていた。数は少ないが「光って消えた」という目撃もあった事から、霧散するのではという仮説もある。
アナベルの言葉を頭ごなしに嘘だと決めつける事も出来なかった。
「確実にそのリカルドが原因とは言えない。しかし・・・起因になった可能性はないとも言えない・・・どうだろう。我が国に来て詳しく調べさせて・・・いや、心配はいらない。無体な事はしない。此処にいた時の食事や行動パターン、日常を聞き取りたいんだ。まさか、まさかの・・・アナベル嬢。これは凄い事なんだ!」
イルシェプと共にマジルカ王国に行けば、少なくともイルシェプの近くにいる間は「大音量の騒音」に悩む事は無いだろう。
しかし、直ぐに返事を出来ない理由がアナベルにはあった。
両親に是非を問うていない。それは勿論だがディック家との関係が足枷。
婚約中に留学する者はいるのだが、アナベルの場合は婚約をどうにかしない限り、出国は出来ないし出国するにしてもルーシュも同伴、そうなればエレナ夫人も行くと言い出すだろうことは容易に想像がつく。最悪ベラリアまでついてきたら目も当てられない。
アナベルは正直な気持ちとして、ルーシュが同伴するのなら行かなくていい。そう思った。
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