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第05話   雨の帰り道、拾ったのは

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「おっとっと…行き過ぎるところだったわ」

借りている家に曲がらねばならない路地は1カ所のみ。
平民の住まう区画は迷路のようになっていて人1人がやっと通れる幅の路地を目印を目当てに進んでいく。

住み始めて最近やっと迷わず買い物など行けるようにはなったが、引っ越した日はそれまでの使用人が案内をしてくれたので良かったものの、買い物に行こうと一旦家を出て、青果店まで行くのに3時間。買い物をして家に帰りつくまで4時間半。深夜にやっと帰りついて父の顔を見たとたんに安心感から涙が溢れだして食事どころではなかった。

ルフィード伯爵家の使用人は全員が解雇になってしまったが、事情が事情。それまで手厚くしてきた事もあって退職金が無くても、次への紹介状が無くても誰も文句を言わなかった。

それ以上にこの先の生活に困窮するであろう主だったルフィード伯爵とファウスティーナを気遣ってくれた。住んでいる部屋も2人には金が全くなかったので、使用人達が金を出し合い借りてくれたし当面の生活費も貸してくれた。

ルフィード伯爵は早朝から昼前まで魚市場に水揚げされた魚を運び、昼から夕方までは木材の加工場で働いているが働き口に口利きをしてくれたのもかつての使用人達。
ファウスティーナの仕事も同様に出来るだけ安全な所をと世話をしてくれた。

彼らがいなければ大きな戦になるかも知れない原因を作ったニコライの家族を誰も雇ってはくれなかっただろう。


路地の目印に覚えていた樽が動かされていて2本多く路地を行き過ぎてしまったが、直ぐに引き返したファウスティーナは次が曲がる路地…っとまだ曲がる路地ではない場所を通り過ぎようとした。

「ん?…んんん?」

ピタリと足を止めて、前に出した左足を後ろに引き、次に右足も後ろに引く。
行き過ぎねばならない路地を曲がったすぐ先に1人の男性がボロボロになって壁を背に座り込んでいた。

明らかに様子がおかしい。

「大丈夫?」

声を掛けてもピクリとも動かない男性に近づいたファウスティーナは男性が濡れないように傘を肩にかけるようにして向かいにしゃがみ込み、男性の肩をもう一度「大丈夫ですか?」と揺すった。

ファウスティーナは直ぐに気が付いた。

「熱いわ。熱があるわね?大丈夫?」

返事が返せないのではなく、はぁはぁと息をするのがやっとのようで声を出すのも辛そう。しかし、どうする事も出来ない。自分たちが生きていくのが精いっぱいで医者を呼ぼうにも医者に払う金などない。

医者も身なりで診察するか、治療するかを判断するので男性の衣類を見ても、ファウスティーナの衣類を見ても「今日はもう診察は終わった」と医院に行っても追い返されるのが目に見えている。

「どうしよう…でも放っては置けないわね。立てる?肩を貸すわ」
「すまない…ハァハァ…力が…」
「私の肩に手を置いて。立つわよ。いい?」

どうしたら良いかなど解らないが雨も降る中、ここに座ったまま濡れているよりはずっといい。ファウスティーナは考えていた以上に支える男性の重さに男性以上にハァハァ言いながら肩を貸し、家まで戻って来た。

濡れたままだと風邪を更に拗らせて悪化させてしまう。風邪かどうかは解らないが熱のある今、このまま寝台に寝かせる事も出来ず、先ずは竈に火を入れ、数少ない衣料品の中から体を拭けるものと父の服を取り出した。

「ひゃぁ。もう本当に何度目だ。勘弁してほしいよ」

ごそごそとしていると取り調べで拘束されていた父が帰宅をする。

「お父様、人が倒れてたの。着替えをさせたいから手伝って」
「人?!え?人?!」

広い部屋ではない。ほぼワンルームと言っていい部屋の寝台脇に1つの塊があるのに気が付いたルフィード伯爵は男性を抱きかかえ、「酷い熱じゃないか」とファウスティーナを手伝って男性の髪を拭き、上半身の服を脱がせた。

「これは‥‥」
「凄いわね…初めて見ましたわ」
「これはシュガバータ国の人間だな」
「シュガバータ国?かなり遠いわよ?ここまで来るかしら」
「海の神様に単に言葉ではなく、神により命を吹き込んでもらった体に感謝を示すために成人すればこうやって胸などに入れ墨をすると聞いた事がある。場所が場所だけに見るのは私も初めてだが間違いない」


それはとても見事な入れ墨で黒一色の幾何学模様のような絵だった。
しかし、何時までも裸にしておく事も出来ず、下半身はルフィード伯爵が脱がせたが、残念なことに下着は緊急だと言っても他人の物は嫌だろうと先週ファウスティーナが見舞い品の配達で「もう捨てるから欲しいなら持って行っていいよ」と言われ医療院で手に入れた病衣を着せた。

「お父様、カワラヨモギを乾燥させてたでしょう?何処に置いたかしら」
「それなら食器を置いてる棚だ。空いてたミルク瓶の中に入れたよ。飲ませるのかい?」
「だってお医者様には診てもらえないでしょうし…解熱の作用のあるのはそれくらいしかないわ」
「そうだな。じゃぁ直ぐに湯を沸かそう。井戸に行ってくるよ」
「ありがとう。気を付けてね」
「解ってる。少し多めに汲んでくるよ」


ルフィード伯爵が桶を手に部屋を出ていくとファウスティーナは棚に置いたミルク瓶を取り、中に入っている乾燥させたカワラヨモギを皿の上に少し出した。
茶のようにして、飲ませるのだが意識がないのでスプーンで少しづつ流し込むしかない。

カワラヨモギも売れば僅かでも金になるので、薬草問屋に卸そうと乾燥させたのだが今はそんな事を言っている場合ではないと鍋の用意をして父を待った。


深夜になり、内職の刺繍をしていると男性が目覚めた事にファウスティーナは一旦手を止めて寝台に向かった。隣の寝台では父親のルフィード伯爵が深い眠りについていた。

「ここは‥‥はあはぁ‥‥」
「気が付いた?白湯を持って来るわ。飲める?」

額に手を当てるが熱はまだ下がっておらず、開いた眼もとろんとしていて熱に浮かされているのだろう。それでも起き上がろうとする男性をファウスティーナは「寝てて」と寝かせて白湯をスプーンで飲ませた。

翌日も雨。雨でもファウスティーナは仕事があるがルフィード伯爵は雨では荷下ろしもないし、漁に出る漁師もいないので仕事は休みになる。
男性の看病をルフィード伯爵に任せたファウスティーナはいつもと同じ時間に仕事に出た。
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