上 下
8 / 10
番外編

贈り物☆その後の2人とアンネマリー

しおりを挟む
このところコンスタンツェは怪しんでいた。

第一子を妊娠し、もうすぐ産み月だと言うのにジギスヴァルトの帰りが遅くなったのだ。それだけではない。休日の筈なのに朝から「ちょっと野暮用」と出かけていくし、帰宅した後は必ず一人で念入りに湯あみをするのだ。

「ヴァル。わたくしに何か言う事はなくて?」
「へ?あぁ…愛してるよ」
「そうではなく!」
「えぇっと‥‥なんだろう?あ!茶会を開きたいとか?そのためのドレス?」
「不要です」

ピシリと言い返すが、困った顔はどうやら本当に心当たりがないようである。

――出仕の折には首に縄でもつけておこうかしら――

冗談ではなく本当にそんな事を考えてしまうほどにジギスヴァルトの行動にコンスタンツェは疑問を持っていた。



そんなある日。

早朝に鍛錬をしていたジギスヴァルトを見かけたコンスタンツェ。
何かがおかしいと考えてみれば、重量のある剣で素振りをしていたのに軽めの木刀になっていた。その上握り方にも不自然さを感じる。

護身術として一通り剣術も指南されていたコンスタンツェは壁にあった剣を手に取った。

ブンっ!!

「おわっ!危なっ!」
「ヴァル、勝負なさいませ」
「おいおい。冗談だろう。腹の子に何かあったらどうするんだ」
「今がその時やも知れません」
「ちょーっと待て。その言い方はなんだ?俺が何か良からぬ事をしているとでも?」
「違うのですか?」

カチャリとジギスヴァルトに向けて真剣を上段に構えたコンスタンツェ。
ジギスヴァルトは握っていた木刀をちらりと見た。
相手は真剣。力量からして木刀で受けても木刀が真っ二つになるだろう。
避ければコンスタンツェが転んでしまう可能性がある。
木刀で受けるにはコンスタンツェの手首を打つしかないがそんな事は出来ない。

簡単なのは木刀を投げ捨て、受ける気はないと示す事だが問題はそれでも剣を振って来る可能性は捨てきれない事である。

「待て。先ず話し合おう」
「ヴァルは誤魔化すので嫌です」
「誤魔っ!いやいや、ちゃんと全部曝け出してるだろう?」
「いいえ。この頃寝台でも寝間着は着用されておられますわよね?」
「大事な体をどうにかしようなど、俺はそこまで鬼畜ではないぞ!」
「問答無用ですわ。ヴァル――っうっ!!」
「どうしたっ!」


一瞬苦痛に表情を歪めたコンスタンツェにジギスヴァルトは木刀を放り投げた。
素早く体を抱きとめて、腹を撫でるコンスタンツェの手に手を重ねた。

「大丈夫か?」
「え、えぇ…ちょっとお腹が張ってしまって…」

産み月が近くなると時折、大きくなった腹がパンパンに硬く張ってしまうのだ。
よちよちと歩くコンスタンツェを支えて椅子に座らせてジギスヴァルトは腹の子に話し掛けながら大きな手を当てる。

椅子に座ったコンスタンツェの前に跪いて顔を見上げると痛みは引いたようで、同時に腹も少し柔らかさが出てくる。

「無理をするな。剣など重いものを持つからいけないんだぞ」
「だってヴァルがわたくしに隠し事をしておりますもの」
「隠し事?俺が?どうやって?」
「休日もどこかに出掛けますでしょう?お帰りも遅いですし、まずそれはもう丁寧に丁寧に肌が擦り切れるほど湯あみをしてふやけ切ってから来られますもの。が出来たのなら出来たと…うわぁぁん」

ハッと何の事で泣き出したのか見当がついたジギスヴァルト。
しかし、ここで明かす事は出来なかった。

なんかいないから。心配するな」
「ホントに?本当の本当?」
「俺が嘘を吐いた事があるか?一度だってないはずだぞ」

「そうなんだけど…だから初めての嘘かなって‥。もうすぐ生まれるし、赤ちゃん出来る前はあんなに毎晩毎晩うっとうしいほど回数もこなして面倒だったのに今じゃ全然…もう魅力がないの?娼館とか?やだぁ‥そんなのゲス過ぎるじゃない!酷い~!」


なかなかに酷い言われようではあるが、夫婦しか知り得ない突然の暴露にジギスヴァルトがふと後ろに控えている使用人に視線を向ければ全て明後日の方向を見ていた。




そして運命の出産の日を迎えた。

完全に締め出されたジギスヴァルトと両家の父親。3人はうろうろと廊下を歩き回る。
両家の母親は経験者であるからか、落ち着き払って茶を飲み菓子を食う。
対照的な両親にジギスヴァルトは扉を蹴破ってしまいたい衝動に駆られた。

夜が明け、太陽が高く上り、また沈んでも扉は開かない。

大きな満月が窓の外に見えた頃、小さな声が聞こえた。



「ありがとう。コニーによく似た女の子だ。俺は決めた。婿養子を取る」
「は?何を言ってますの。どうするかは子が決める事です」
「いや、これだけは譲れない。婿養子決定だ。それから‥‥」

ごそごそとポケットから出してきたのは小さな箱だった。
指輪にしては箱の形が少し違う。リボンも歪である。

中身は何かといえば‥‥。

「苦労したぞ。初めて作ったんだ」

ジギスヴァルトは工房に行き、子供用の銀のスプーンを作っていたのだった。
小さなスプーンだが、ピカピカに磨かれていた。

「何本作りましたの?」
「えぇっと‥‥確か形になったやつで100は超えてたな」
「だからですのね…」

ジギスヴァルトの指は火傷の水ぶくれが潰れた痕が幾つもあった。

「言ってくだされば良いのに。わたくしはてっきり…」
「俺が浮気なんかするはずないだろう?」
「で?失敗作はどうしましたの?」
「あぁ、最近実家が支援を始めた教会に寄付する事にしたよ。失敗作と言ってもちゃんとした銀製のスプーンだし、形も師匠が太鼓判を押したやつだけだけどな」



ジギスヴァルトがスプーンを寄付した教会は何の因果かアンネマリーが頼った教会だった。

コンスタンツェは起き上がれるようになり馬車での移動も出来るようになった頃、敢えて教会の前を通るように御者に告げた。そこは雨が降れば雨宿りを何処かでせねばならぬほどに老朽化した教会だったが、偶然か。課外授業のような子供たちの列と一人の女性が目にはいった。

憑き物が落ちたように、いきいきと子供たちに囲まれるアンネマリーがそこにいた。

アンネマリーが教会で保護した孤児や、訪れる子供たちに文字の読み書きを教えていると知ったコンスタンツェは教会の修繕費用と修繕する人の手配をジギスヴァルトの母に頼んだ。

コンスタンツェは最後まで自身の名は明かさなかったが、教会に本や食料、衣料品や医療品の支援を続ける傍ら生涯をかけて国の諸機関に女性文官、女性次官の起用には学園を卒業していなくても一定の学力があれば採用する道を切り開いた。

女性第一号の文官はアンネマリーの教え子だった事に一番喜んだのはコンスタンツェだったかも知れない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

「元」面倒くさがりの異世界無双

空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。 「カイ=マールス」と。 よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

異世界転生帰りの勇者、自分が虐められていた事を思い出す~なんか次々トラブルが起こるんだが?取り敢えず二度と手出しできない様に制圧するけどさ~

榊与一
ファンタジー
安田孝仁(やすだたかひと)16歳。 彼は異世界帰りだった。 異世界では25年間過ごしていた為(日本では一ヵ月しかたっていない)かなり記憶があいまいだが、彼は日本へと返って来た。 自分を心配する母の元へ。 「ああ、そういや俺って虐められてたっけ」 帰還してからの初登校で自分の状況を孝仁は思い出す。 だが異世界で生き死にをかけた戦いを繰り広げていた彼にとって、それは児戯に等しい内容だでしかない。 「一々相手するのも面倒だから、二度と手出ししてこない様制圧しとくか」 それは異世界帰りの彼にとって、赤子の手を捻るよりも簡単な事だった。 だがいじめっ子共を制圧すると、何故か芋づる式にずるずるとロクデナシ共に絡まれる事に。 これは異世界帰りの安田孝仁が、法を無視した理不尽な連中をそれ以上の理不尽で制圧して行く物語。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

処理中です...