3 / 10
桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿
しおりを挟む
「ヴァル。買い物に付き合ってくださるかしら」
「はいはい。何処へなりとも」
護衛対象と護衛という立場になっても気心の知れた2人。
騎乗したいと言うコンスタンツェの背を押して馬車に押し込むとジギスヴァルトは扉を閉めた。頬を膨らませたコンスタンツェの真似をして窓越しに頬を膨らませると中から笑い声がした。
馬車の中にはコンスタンツェと侍女が1人。馬車の周りを騎乗するのはジギスヴァルトだけだが、ひと際大きな黒毛の馬に大男は否が応でも目を引く。行き先はモントケ伯爵家御用達の仕立て屋だった。
落ち着いた雰囲気の店内はとてもアンネマリーが利用しているとは思えない。
それもそのはず、この仕立て屋は現役時代には【囀り姫のオオルリ嬢】とも呼ばれた先代伯爵夫人のお気に入りの店だった。
「いらっしゃいませ。ゼルガー公爵令嬢様」
「あら?初めてなのだけれど」
「それはもう。ゼルガー公爵令嬢様を知らぬとなれば何処の国の民かと思われます。本日は何かお探しで御座いましょうか」
コンスタンツェは対応した店員に微笑んだ。
「オオルリを探しているのよ」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
少し離れた場所にいる若い店員は何の事だかわからないという怪訝な顔でコンスタンツェを見ていたが、目が合うとペコリと頭を下げて既製服の影に隠れた。
程なくして店の奥。おそらくは個室なのだろうが70代くらいの品の良い女性が現れ、コンスタンツェにカーテシーを取った。
「気軽にして頂戴」
「引退した老嫗に御用が御座いますの?」
「さぁ、ただオオルリの孫は何時から鴛鴦になるのかしらね」
「鴛鴦‥‥まさか…」
「諺の鴛鴦なら良いけれど野鳥の鴛鴦なら大変ね」
店内にある羽根のついた帽子のツバを指で撫でながら【囀り姫のオオルリ嬢】に向かってコンスタンツェは微笑んだ。
夫婦が仲が良い例えにされる鴛鴦は【鴛鴦夫婦】とも呼ばれるが、実際は交尾以外雄の鴛鴦は一切協力がないばかりか、翌年には違う雌と番になる。
遠回しに、王太子ディートリヒの【友人】だった令嬢が増えており、アンネマリーが【今の友人】だと伝えると先代モントケ伯爵夫人は顔色を変えた。
「あら?雄のオオルリのような顔色になられてますわよ?」
「い、いえ‥‥それは誠で御座いますか?」
「偽りを独り言ちて何がわたくしの利になると?」
少しよろめいた先代モントケ伯爵夫人に店員が手を貸すが、その手が空けた背中は水浴びをしたのだろうかと思うほど汗でぐっしょりと濡れていた。
「ゼルガー公爵令嬢様、まだ‥‥まだ間に合いましょうか?」
「さぁ。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿。オオルリはどちらが映えるかしらね」
「‥‥っ!」
「さてと」とコンスタンツェは手にした羽根のついた帽子を店員に手渡した。
真っ青な羽根のついた帽子を見て先代モントケ伯爵夫人は小さく頷き、一歩下がる。箱に包装された帽子を侍女が受け取ると、先代モントケ伯爵夫人にコンスタンツェは言い聞かせるように呟いた。
「大事な物は持ち運びにも気を使いますわね。良い買い物が出来たかしら?」
店から出ていくコンスタンツェを先代モントケ伯爵夫人は深く頭を下げて見送った。
「また何を買ったんだ」
「ヴァルに似合いそうな帽子よ。被って踊ってくれたら嬉しいわ」
「俺に?婦人服の店で?」
疑問符が飛び交うジギスヴァルトにコンスタンツェと侍女はクスリと笑った。
☆●☆●☆
それから1刻ほど過ぎたころ、モントケ伯爵家に馬車が猛スピードで駆けこんだ。
何事かとアンネマリーの母である現モントケ伯爵夫人が玄関に飛び出してきた。
「アンは?!アンは何処なの!?」
「お義母様、どうされたのです。アンなら先日から友人と旅行だと…」
「なんですって?!あぁ…終わったわ…アルバンは?アルバンはいるの」
「出仕しておりますわよ。取り敢えず中へ入ってくださいまし」
先代モントケ伯爵夫人はその場に膝から崩れ落ちた。縋るように兎に角息子で、現当主のアルバンを呼び戻せと震える声で叫んだ。
アンネマリーが学園時代の同性の友人と旅行に行ったものだとばかり思っていた現モントケ伯爵夫人はその友人が王太子ディートリヒだと聞かされるとソファに座ったまま失神した。
年代問わずディートリヒの女癖の悪さは有名で、「友人」という令嬢達は食い散らかされてきたのを知っていたからだ。まさか我が娘がという思いと何を置いても相手が悪かった。
早馬で王宮に知らせが入った当主のアルバンは顔色をなくした実母の先代モントケ伯爵夫人の言葉からアンネマリーを切り捨てる事を決めた。
「あなたっ…娘なのよ?!そんな殺生なっ」
「お前はバカか。ゼルガー公爵家は試しているんだ。ここで選択を間違えばアンネマリーだけじゃない。一族郎党が処罰の対象になる。俺たちだけで済む話じゃなくなるんだ」
「そうよ‥‥ゼルガー公爵令嬢は鴛鴦だと言ったの。アンは…アンはもう身籠っている可能性があるような行為をしたと言う事なのよ。これまでの令嬢と違うのは時期が悪すぎると言う事よ」
直ぐにアンネマリーの部屋が片付けられ、モントケ伯爵はアンネマリーをその日のうちに勘当し貴族院に廃籍の届けを出した。事が公になってから廃籍をすれば連座は免れない。
軽めの処分で済んだとしてもモントケ伯爵家は国内外の貴族や商会と取引が絶たれてしまう。モントケ伯爵は王宮で務めているからこそゼルガー公爵を筆頭に3大公爵、5つの侯爵家が現在どのような動きをしているかを知っていた。
「吹けば飛ぶような王家に肩入れしている場合じゃないんだ」
その日の夜は遠く離れたゼルガー公爵家のコンスタンツェの部屋からもモントケ伯爵家がある方向に何かを燃しているのだろう白煙が上がるのが見えた。
「ちゃんと梅の枝を切れたようね。僥倖、僥倖」
箱から出した羽根のついた帽子を指でクルクル回したコンスタンツェ。
「あげるわ」
侍女に手渡したが、侍女にはそんなド派手な帽子は使い道がなかった。
「はいはい。何処へなりとも」
護衛対象と護衛という立場になっても気心の知れた2人。
騎乗したいと言うコンスタンツェの背を押して馬車に押し込むとジギスヴァルトは扉を閉めた。頬を膨らませたコンスタンツェの真似をして窓越しに頬を膨らませると中から笑い声がした。
馬車の中にはコンスタンツェと侍女が1人。馬車の周りを騎乗するのはジギスヴァルトだけだが、ひと際大きな黒毛の馬に大男は否が応でも目を引く。行き先はモントケ伯爵家御用達の仕立て屋だった。
落ち着いた雰囲気の店内はとてもアンネマリーが利用しているとは思えない。
それもそのはず、この仕立て屋は現役時代には【囀り姫のオオルリ嬢】とも呼ばれた先代伯爵夫人のお気に入りの店だった。
「いらっしゃいませ。ゼルガー公爵令嬢様」
「あら?初めてなのだけれど」
「それはもう。ゼルガー公爵令嬢様を知らぬとなれば何処の国の民かと思われます。本日は何かお探しで御座いましょうか」
コンスタンツェは対応した店員に微笑んだ。
「オオルリを探しているのよ」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
少し離れた場所にいる若い店員は何の事だかわからないという怪訝な顔でコンスタンツェを見ていたが、目が合うとペコリと頭を下げて既製服の影に隠れた。
程なくして店の奥。おそらくは個室なのだろうが70代くらいの品の良い女性が現れ、コンスタンツェにカーテシーを取った。
「気軽にして頂戴」
「引退した老嫗に御用が御座いますの?」
「さぁ、ただオオルリの孫は何時から鴛鴦になるのかしらね」
「鴛鴦‥‥まさか…」
「諺の鴛鴦なら良いけれど野鳥の鴛鴦なら大変ね」
店内にある羽根のついた帽子のツバを指で撫でながら【囀り姫のオオルリ嬢】に向かってコンスタンツェは微笑んだ。
夫婦が仲が良い例えにされる鴛鴦は【鴛鴦夫婦】とも呼ばれるが、実際は交尾以外雄の鴛鴦は一切協力がないばかりか、翌年には違う雌と番になる。
遠回しに、王太子ディートリヒの【友人】だった令嬢が増えており、アンネマリーが【今の友人】だと伝えると先代モントケ伯爵夫人は顔色を変えた。
「あら?雄のオオルリのような顔色になられてますわよ?」
「い、いえ‥‥それは誠で御座いますか?」
「偽りを独り言ちて何がわたくしの利になると?」
少しよろめいた先代モントケ伯爵夫人に店員が手を貸すが、その手が空けた背中は水浴びをしたのだろうかと思うほど汗でぐっしょりと濡れていた。
「ゼルガー公爵令嬢様、まだ‥‥まだ間に合いましょうか?」
「さぁ。桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿。オオルリはどちらが映えるかしらね」
「‥‥っ!」
「さてと」とコンスタンツェは手にした羽根のついた帽子を店員に手渡した。
真っ青な羽根のついた帽子を見て先代モントケ伯爵夫人は小さく頷き、一歩下がる。箱に包装された帽子を侍女が受け取ると、先代モントケ伯爵夫人にコンスタンツェは言い聞かせるように呟いた。
「大事な物は持ち運びにも気を使いますわね。良い買い物が出来たかしら?」
店から出ていくコンスタンツェを先代モントケ伯爵夫人は深く頭を下げて見送った。
「また何を買ったんだ」
「ヴァルに似合いそうな帽子よ。被って踊ってくれたら嬉しいわ」
「俺に?婦人服の店で?」
疑問符が飛び交うジギスヴァルトにコンスタンツェと侍女はクスリと笑った。
☆●☆●☆
それから1刻ほど過ぎたころ、モントケ伯爵家に馬車が猛スピードで駆けこんだ。
何事かとアンネマリーの母である現モントケ伯爵夫人が玄関に飛び出してきた。
「アンは?!アンは何処なの!?」
「お義母様、どうされたのです。アンなら先日から友人と旅行だと…」
「なんですって?!あぁ…終わったわ…アルバンは?アルバンはいるの」
「出仕しておりますわよ。取り敢えず中へ入ってくださいまし」
先代モントケ伯爵夫人はその場に膝から崩れ落ちた。縋るように兎に角息子で、現当主のアルバンを呼び戻せと震える声で叫んだ。
アンネマリーが学園時代の同性の友人と旅行に行ったものだとばかり思っていた現モントケ伯爵夫人はその友人が王太子ディートリヒだと聞かされるとソファに座ったまま失神した。
年代問わずディートリヒの女癖の悪さは有名で、「友人」という令嬢達は食い散らかされてきたのを知っていたからだ。まさか我が娘がという思いと何を置いても相手が悪かった。
早馬で王宮に知らせが入った当主のアルバンは顔色をなくした実母の先代モントケ伯爵夫人の言葉からアンネマリーを切り捨てる事を決めた。
「あなたっ…娘なのよ?!そんな殺生なっ」
「お前はバカか。ゼルガー公爵家は試しているんだ。ここで選択を間違えばアンネマリーだけじゃない。一族郎党が処罰の対象になる。俺たちだけで済む話じゃなくなるんだ」
「そうよ‥‥ゼルガー公爵令嬢は鴛鴦だと言ったの。アンは…アンはもう身籠っている可能性があるような行為をしたと言う事なのよ。これまでの令嬢と違うのは時期が悪すぎると言う事よ」
直ぐにアンネマリーの部屋が片付けられ、モントケ伯爵はアンネマリーをその日のうちに勘当し貴族院に廃籍の届けを出した。事が公になってから廃籍をすれば連座は免れない。
軽めの処分で済んだとしてもモントケ伯爵家は国内外の貴族や商会と取引が絶たれてしまう。モントケ伯爵は王宮で務めているからこそゼルガー公爵を筆頭に3大公爵、5つの侯爵家が現在どのような動きをしているかを知っていた。
「吹けば飛ぶような王家に肩入れしている場合じゃないんだ」
その日の夜は遠く離れたゼルガー公爵家のコンスタンツェの部屋からもモントケ伯爵家がある方向に何かを燃しているのだろう白煙が上がるのが見えた。
「ちゃんと梅の枝を切れたようね。僥倖、僥倖」
箱から出した羽根のついた帽子を指でクルクル回したコンスタンツェ。
「あげるわ」
侍女に手渡したが、侍女にはそんなド派手な帽子は使い道がなかった。
43
お気に入りに追加
1,950
あなたにおすすめの小説
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?
わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。
分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。
真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。
夫の浮気相手と一緒に暮らすなんて無理です!
火野村志紀
恋愛
トゥーラ侯爵家の当主と結婚して幸せな夫婦生活を送っていたリリティーヌ。
しかしそんな日々も夫のエリオットの浮気によって終わりを告げる。
浮気相手は平民のレナ。
エリオットはレナとは半年前から関係を持っていたらしく、それを知ったリリティーヌは即座に離婚を決める。
エリオットはリリティーヌを本気で愛していると言って拒否する。その真剣な表情に、心が揺らぎそうになるリリティーヌ。
ところが次の瞬間、エリオットから衝撃の発言が。
「レナをこの屋敷に住まわせたいと思うんだ。いいよね……?」
ば、馬鹿野郎!!
わたしの旦那様は幼なじみと結婚したいそうです。
和泉 凪紗
恋愛
伯爵夫人のリディアは伯爵家に嫁いできて一年半、子供に恵まれず悩んでいた。ある日、リディアは夫のエリオットに子作りの中断を告げられる。離婚を切り出されたのかとショックを受けるリディアだったが、エリオットは三ヶ月中断するだけで離婚するつもりではないと言う。エリオットの仕事の都合上と悩んでいるリディアの体を休め、英気を養うためらしい。
三ヶ月後、リディアはエリオットとエリオットの幼なじみ夫婦であるヴィレム、エレインと別荘に訪れる。
久しぶりに夫とゆっくり過ごせると楽しみにしていたリディアはエリオットとエリオットの幼なじみ、エレインとの関係を知ってしまう。
〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。
婚約者が知らない女性とキスしてた~従順な婚約者はもう辞めます!~
ともどーも
恋愛
愛する人は、私ではない女性を抱きしめ、淫らな口づけをしていた……。
私はエスメローラ・マルマーダ(18)
マルマーダ伯爵家の娘だ。
オルトハット王国の貴族学院に通っている。
愛する婚約者・ブラント・エヴァンス公爵令息とは七歳の時に出会い、私は一目で恋に落ちた。
大好きだった……。
ブラントは成績優秀、文武両道、眉目秀麗とみんなの人気者で、たくさんの女の子と噂が絶えなかった。
『あなたを一番に愛しています』
その誓いを信じていたのに……。
もう……信じられない。
だから、もう辞めます!!
全34話です。
執筆は完了しているので、手直しが済み次第順次投稿していきます。
設定はゆるいです💦
楽しんで頂ければ幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる