32 / 36
第32話 メリル、野ネズミになり罠にかかる
しおりを挟む
お茶を淹れて貰ったシュバイツァーだったが、「帰ろう」と言ってもメリルは「嫌だ」と頑として首を縦には振ってくれない。
「俺たちの家には誰も入れないし、リルの好きなようにしていい。叔母上たちにはちゃんと罰も与える」
「叔母様達に怒ってるからお屋敷に戻らない訳じゃないの」
「だったら猶更だ。不自由はさせない!約束するっ」
「あのね?正直な気持ちで言えば質の悪い悪戯だなって思うけど、歓迎の気持ちがあったのならそれでいいの。そりゃ妾とか言われてナンデスッテ?と思わなかった訳じゃないけど‥‥叔母様達に罰を与えるのならお相子にしてくれないかな」
「お相子?どういう事だ?」
メリルは一脚しかない椅子に腰かけたシュバイツァーの背にした側に置いてあるメリルが作った丸薬を一つまみ手に取るとテーブルの上に置いた。
「普通の王女様がこんなの作ると思う?そりゃ・・・歴代の王様の中には趣味で鍵を作ったり錬金術?で魔道具が作れないかってやってた人はいたみたいだけど・・・私は薬を作ったり村の人の手伝いをしたり・・・そうやって生きてきたの。母親が王女だって聞かされたのもここに来る直前よ?」
「え?じゃぁ・・・王女じゃないってことか?」
「そこは…判らないわ。でもシュルタス陛下とは髪色も目の色も同じだし、私の母親が王女だったって言うのは本当だと思う。育ててくれたのはハンザとリンダだったけど、村の子たちには教えないのに私には王家のしきたりなんかを教えてくれたし、今思えば保護だと赤茶色に髪を染めるように言われていたのは髪が痛むからじゃなくて、髪色から王族だと気が付かれないように・・・だったんだろうと思うの」
「そうだったのか・・・こちらには王女としか・・・そりゃそうだよな」
「ブートレイア王国がこんな大事な事を黙ってた事と、叔母様達のこと。お相子にしてくれると私としては良いかなあって思うの。だって…自分絡みで誰かが処罰されるなんて寝覚めが悪いじゃない?」
シュバイツァーにしてみれば自分たち一族に不利益になるような事をした者は身分問わず処分されるのが当たり前だが、メリルはそんな生き方をしてこなかった。
「帰りたくないっていうか・・・行きたくないのは貴方と暮らすのが嫌だとかそういうのじゃなくて、案外ここって不便そうに見えるかも知れないけど私には快適なの」
「快適?何もないのに?今だって水がないから雪を集めてたんだぞ?」
「それがいいのよ。多分ね…私、ブートレイア王国のお城でもそうだったけど誰かにお世話をされるのは慣れてないの」
「リルがそう願うなら・・・判った」
窓の外はもう陽が夕暮れに向かって傾きかけていた。
シュバイツァーは1人で屋敷に戻る事になったが、メリルも辺境伯に無事だという姿を見せなくていいわけではない。
かと言って「ここに来い」というつもりもない。
「明日、迎えに来る。ちゃんと父上に会った後はここに送る」
「うん。ありがとう」
玄関前で乗って来た馬の手綱を握ったシュバイツァーだったが、奇妙なものが目に入った。
筒のようなものが転がっていたのだ。
「なんだ?あれは」
「え?あぁ、人間用湯桶よ」
「人間用湯桶?」
「そう、あれに水っていうかお湯を入れてドボーン!って私が入るの」
「アッハッハ!もう本当に・・・何から何まで斜め上をいくんだな。でも外だと寒いだろ?」
「あ~・・・そうなんだけど・・・まだ手直しが必要なの」
「手直し?なんで?」
「お水を入れたらね…隙間から出ちゃって全然溜まらないのよ」
「ちょっとこれ、持っててくれ」
握ったばかりの手綱をメリルに預け、シュバイツァーは人間用湯桶に近づいた。
こんこんと板を叩いて人間用湯桶の周りを1周したが、疑問が浮かんだ。
「なぁ、これって立てたら俺の首くらいまで高さがあるけどどうやって入るんだ?」
「え‥‥」
「でもってさ・・・湯を入れて使った後はどうやって湯を出すんだ?今みたいに倒しとくのか?」
「え‥‥あ、あぁーっ!!そうよ!そうだった!!やだぁ!もぉぉ!!」
排水用の筒を取り付けるのをすっかり失念していたのと、入るのに跨げる高さではなかった事に気が付いたメリルは水を入れるのに苦労したはずだ!と叫んだ。
カルボス村の家にあったものは煉瓦でつくった踏み台もあったのだが「兎に角湯桶!」と考えてしまって肝心な事を忘れてしまっていた。
これでは水漏れを直しても使えない。
シュバイツァーは横倒しになった桶に潜るように入り、手だけ出してメリルに「来い、来い」と合図をした。
「何?」
「1匹、2匹」
1匹と自分を指差し、2匹とメリルを指差す。そして狭い横倒しの湯桶で隣に座れという。
「狭っ!!」
「だな。でもさ・・・2匹の野ネズミが穴倉に入ったらどうするか知ってっか?」
「ん?野ネズミ?穴倉に~飛び込んで~って歌?」
「そ!」
ジィィっと細い目になってメリルはシュバイツァーを見た。
ニマっと笑うシュバイツァー。
――来るっ!!!来たぁぁーっ!――
メリルは逃げようとしたが遅かった。
「チュッチュチュッチュッチュッチュ♪大騒ぎ~だな(ちゅっ♡)」
メリルは罠にかかった事を悟った。
「俺たちの家には誰も入れないし、リルの好きなようにしていい。叔母上たちにはちゃんと罰も与える」
「叔母様達に怒ってるからお屋敷に戻らない訳じゃないの」
「だったら猶更だ。不自由はさせない!約束するっ」
「あのね?正直な気持ちで言えば質の悪い悪戯だなって思うけど、歓迎の気持ちがあったのならそれでいいの。そりゃ妾とか言われてナンデスッテ?と思わなかった訳じゃないけど‥‥叔母様達に罰を与えるのならお相子にしてくれないかな」
「お相子?どういう事だ?」
メリルは一脚しかない椅子に腰かけたシュバイツァーの背にした側に置いてあるメリルが作った丸薬を一つまみ手に取るとテーブルの上に置いた。
「普通の王女様がこんなの作ると思う?そりゃ・・・歴代の王様の中には趣味で鍵を作ったり錬金術?で魔道具が作れないかってやってた人はいたみたいだけど・・・私は薬を作ったり村の人の手伝いをしたり・・・そうやって生きてきたの。母親が王女だって聞かされたのもここに来る直前よ?」
「え?じゃぁ・・・王女じゃないってことか?」
「そこは…判らないわ。でもシュルタス陛下とは髪色も目の色も同じだし、私の母親が王女だったって言うのは本当だと思う。育ててくれたのはハンザとリンダだったけど、村の子たちには教えないのに私には王家のしきたりなんかを教えてくれたし、今思えば保護だと赤茶色に髪を染めるように言われていたのは髪が痛むからじゃなくて、髪色から王族だと気が付かれないように・・・だったんだろうと思うの」
「そうだったのか・・・こちらには王女としか・・・そりゃそうだよな」
「ブートレイア王国がこんな大事な事を黙ってた事と、叔母様達のこと。お相子にしてくれると私としては良いかなあって思うの。だって…自分絡みで誰かが処罰されるなんて寝覚めが悪いじゃない?」
シュバイツァーにしてみれば自分たち一族に不利益になるような事をした者は身分問わず処分されるのが当たり前だが、メリルはそんな生き方をしてこなかった。
「帰りたくないっていうか・・・行きたくないのは貴方と暮らすのが嫌だとかそういうのじゃなくて、案外ここって不便そうに見えるかも知れないけど私には快適なの」
「快適?何もないのに?今だって水がないから雪を集めてたんだぞ?」
「それがいいのよ。多分ね…私、ブートレイア王国のお城でもそうだったけど誰かにお世話をされるのは慣れてないの」
「リルがそう願うなら・・・判った」
窓の外はもう陽が夕暮れに向かって傾きかけていた。
シュバイツァーは1人で屋敷に戻る事になったが、メリルも辺境伯に無事だという姿を見せなくていいわけではない。
かと言って「ここに来い」というつもりもない。
「明日、迎えに来る。ちゃんと父上に会った後はここに送る」
「うん。ありがとう」
玄関前で乗って来た馬の手綱を握ったシュバイツァーだったが、奇妙なものが目に入った。
筒のようなものが転がっていたのだ。
「なんだ?あれは」
「え?あぁ、人間用湯桶よ」
「人間用湯桶?」
「そう、あれに水っていうかお湯を入れてドボーン!って私が入るの」
「アッハッハ!もう本当に・・・何から何まで斜め上をいくんだな。でも外だと寒いだろ?」
「あ~・・・そうなんだけど・・・まだ手直しが必要なの」
「手直し?なんで?」
「お水を入れたらね…隙間から出ちゃって全然溜まらないのよ」
「ちょっとこれ、持っててくれ」
握ったばかりの手綱をメリルに預け、シュバイツァーは人間用湯桶に近づいた。
こんこんと板を叩いて人間用湯桶の周りを1周したが、疑問が浮かんだ。
「なぁ、これって立てたら俺の首くらいまで高さがあるけどどうやって入るんだ?」
「え‥‥」
「でもってさ・・・湯を入れて使った後はどうやって湯を出すんだ?今みたいに倒しとくのか?」
「え‥‥あ、あぁーっ!!そうよ!そうだった!!やだぁ!もぉぉ!!」
排水用の筒を取り付けるのをすっかり失念していたのと、入るのに跨げる高さではなかった事に気が付いたメリルは水を入れるのに苦労したはずだ!と叫んだ。
カルボス村の家にあったものは煉瓦でつくった踏み台もあったのだが「兎に角湯桶!」と考えてしまって肝心な事を忘れてしまっていた。
これでは水漏れを直しても使えない。
シュバイツァーは横倒しになった桶に潜るように入り、手だけ出してメリルに「来い、来い」と合図をした。
「何?」
「1匹、2匹」
1匹と自分を指差し、2匹とメリルを指差す。そして狭い横倒しの湯桶で隣に座れという。
「狭っ!!」
「だな。でもさ・・・2匹の野ネズミが穴倉に入ったらどうするか知ってっか?」
「ん?野ネズミ?穴倉に~飛び込んで~って歌?」
「そ!」
ジィィっと細い目になってメリルはシュバイツァーを見た。
ニマっと笑うシュバイツァー。
――来るっ!!!来たぁぁーっ!――
メリルは逃げようとしたが遅かった。
「チュッチュチュッチュッチュッチュ♪大騒ぎ~だな(ちゅっ♡)」
メリルは罠にかかった事を悟った。
132
お気に入りに追加
2,634
あなたにおすすめの小説
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」
先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。
「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。
だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。
そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる