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第29話   メリル、がっちりホールドされる

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一度家人に会って確かめたい。
シュバイツァーの気持ちの中では森の中にある小屋に住んでいるのはメリルではないか。
そして、そこで薬を作っているのもメリルじゃないか。

家人に会えば全てがハッキリするとシュバイツァーは思った。

それまでチラチラと舞っていただけの雪が日付を超える前から本降りになり、積もっていく様子を屋敷の窓から見ていたが、朝になれば銀世界。

それでも確率としては80%を超える確証を持ってシュバイツァーは早朝屋敷を出て小屋に向かった。

防寒用に頭からすっぽりと頬まで覆う帽子は被っているけれど肌が切れるような寒さ。
街を抜け、農耕地を抜けた頃にはすっかり太陽も山に隠れることなく顔を出していた。

この雪の寒さに凍えてるんじゃないか
腹を空かせてるんじゃないか
強がりな所があるから無理をして雪下ろしをしてるんじゃないか

そんな事を考えながら森に入り、小屋を目指して馬を走らせた。
小屋が見えて、煙突から煙が出ている事にホッとして馬を降り、木の幹に手綱を括りつけると小屋の周りの雪が荒らされているのが目に入った。

「まさか!襲われたんじゃ?!」

慌てて雪に足を取られながらも玄関に行くと間違いなくメリルの声がした。

のだがー!

【ウェーブ君、フラーけんに仕事を教えてあげててね?沢に行ってくるわ】

――ウェーブ君だとっ?!フラーケンっ?!2人の男に捕らわれてこの寒いのに沢に行かされているのか――

ドアノブに手を伸ばした時、扉が開いた。

結果的にウェーブ君とはあの首だけ人形でフラーケンはオスかも知れないが犬の人形と判り気が抜けた。気が抜けたのだが‥‥。



★~★

コトリと音を立てて欠けたカップから湯気をたてるのはメリル特製「マコモ茶」
小屋に来た数日目にウロウロしていて見つけた「マコモ」は収穫時期としては終わりも終わりだったので採れるだけとって乾燥させておいたもの。

カップを置いたテーブルはシーツを外した旧作業台で日頃は寝台となる部分。
そこしかテーブルの代わりになるものはなかった。

誰に何を言われるでもない1人暮らし。メリルは食器らしい食器も少ないし、薬草を煎じて薬も作るので食器類は薬草作りに使うためパンなどに野菜を煮たりしたものを挟んで食べる。

チーズだってピックもスライサーもないので枝に刺していた。

「見ての通りお客様を迎えるような家じゃないの。こんなものしかなくてごめんなさい」
「そんなこと!!だけどどうして帰ってこないんだ!みんな探してたんだぞ!」
「探してた?何故?」


メリルにしてみればシュバイツァーがやって来た事もだが、来るなり怒っている事も「帰ってこないんだ?」と問われる事も不思議でならない。

「屋敷にいる人の言う通りに・・・って言ったでしょう?言われた通りにしただけよ?何故私が貴方にそんな物言いをされなきゃいけないの?」

「悪かったって!アレは嘘なんだよ」

「嘘?‥‥よく判らないけど・・・どうして初見の私に嘘を吐く必要があるの?それにこんな所に来る時間があれば赤ちゃんもそろそろ生まれるか生まれたかじゃないの?砦の戦も終わったのなら彼女についていてあげないと」

「だから!それが嘘なんだって!カレドアにはちゃんと夫がいるよ!経験もないのに子供なんか作れるはずがないじゃないか!」

「え…あれ?ん?‥‥でも女性がいたんでしょ?頬を張られたとか言ってたでしょう?それも嘘ってこと?」

「嘘じゃねぇよ!あぁっ!もぅ!なんでっ!くそっ!」

「どうでもいいけどお茶飲んだら帰ってくれない?こう見えて忙しいの。沢も見なきゃいけないし、状態によっては雪も集めないといけないし。薬も頼まれてるの。もし金銭的な事だったら輿入れの荷物を売ってくれていいわ。シュルタス陛下には私から話をするし」

けんもほろろなメリル。
シュバイツァーは髪をガシガシと搔きむしり、説明をしたいのだが順を追っていないので要領を得ない。会えたこと、見つけられた事に安堵した気持ちに加えて寝不足。

緊張の糸がプツンと切れてグラっと体が揺れた。

「ちょ、ちょっと!大丈夫?!」
「あぁ…ごめん・・・眠い・・・」
「は?眠っ?!えぇっ?!ここで?屋敷に帰ってから寝てよ!」

椅子も一脚しかなかったのでシュバイツァーに腰掛けてもらい立っていたメリルは崩れ落ちたシュバイツァーを受け止めようと手を差し出したが支え切れるはずもなく、シュバイツァーに抱き着かれるようにして床に尻もちをついた。

シュバイツァーはメリルの腰に手を回して、うつ伏せの膝枕状態のまま寝息を立てはじめてしまった。

「嘘でしょ・・・妾にこんな事して彼女に見つかったらどう言い訳するの?!勘弁してよぅ~!」

男女の揉め事に巻き込まれることほど面倒な事は無い。
いきなり妾と言われてカチン!ともしたが、お飾り妻でもいいかと思っていたので「ならお好きにどうぞ」と激昂するには至らなかった。

だが、シュバイツァーは体を揺すっても起きないし、本気で寝入ってしまっている。

「今日は薬草仕事しなくていいけど…困ったなぁ。沢が気になるのに」

シュバイツァーよりも自分の生活!
シュバイツァーは屋敷に帰ればどうにでもなるがメリルは昼も夜も水の確保は必要なのだ。

「メリ・・・いくな・・・」
「ん?何か言った?もう起きる?起きてる?‥‥寝てる・・・キィィーッ!」

動こうにも爆睡しているハズのシュバイツァーの腕が解けない。
腰をがっちりホールドされてしまって、昨夜から朝にかけて使用済みの自身の寝台に使ったシーツで申し訳ないが、かけてあげようにも体を動かす事が出来ない。

「好きだ‥‥メリ・・・」
「はいはい!もういいから!起きてよぉぉーっ」

メリルの叫び声が原因ではないが木の枝に積もった雪がズシャー!!
音を立てて雪を舞わせた。
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