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★貴賓室にて①

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足元から冷気が舞い上がって来るかのような王宮の廊下。
壁も扉も、空気さえ凍り付いているのではないかと王宮で働く者達は自分の吐く息で温度を確かめた。

そんな凍てついた空気の中、アルメイテ国の第二王子フィポリスにエスコートをされて薄い水色のドレスに身を包み、公爵家当主のラウールが護衛騎士かのように廊下を歩くプリエラ。

通された部屋は貴賓室だった。

扉が開かれると、どちらが国王なのか判らない。アルメイテ国第二王子フィポリスがそこにいるからだとしても、腰を下ろしていた国王、王妃は立ち上がり、それにつられるように王太子ジョルジュも立ち上がった。

まるで臣下のように頭を垂れる3人に部屋にいた従者は困惑してしまった。



プリエラの姿を見て、国王は目を細め、王妃は口元を手で覆い【無事でよかった】と言った。王妃の目からはポロリと涙が零れた。

「この度はガルティネ公爵家並びにプリエラ、本当に迷惑をかけた。申し訳ない」

ここは非公式の場ではない。国王が頭を下げて謝罪をする行為は公式なもので記録にも残されてしまうというのに、取るに足らぬことと両陛下は謝罪をしたのだ。


「謝罪の意思はあると言う事だけは認めよう。受け入れるかどうかは全く次元の違う問題だ。立場が上、しかも国王が頭を下げたから許せなどというくだらない妄信は私の知るところではない」

「判っている。ガルティネ公爵」

「ただ、知恵の足らぬサルが紛れ込んでいるようだがな」


そこには両親の行為が全く理解できない王太子ジョルジュが目も口も開きっぱなしで立っていた。驚き過ぎて感嘆の声も出ないのだろうと、何故かラウールが両陛下に着席の許可を出す。

「さて、当家にこの冬の暖を取るための紙製薪を大量に進呈してくれた事に感謝をしたいが、紙は1枚で庶民が数日飢えずに済むと言う事をご存じだろうか」

「そ、それは判っている。だがもう一度、せめてもう一度誠意を知ってもらおうと場を設けたかった。王命と言う手段を用いてしまった事も謝罪をする」

「ぺこぺこと頭を垂れても、ひえあわもつけはしない。まったすべての言動に首を傾げすぎてすじが痛くなってしまった」


委縮してしまった目の前の両陛下にフィポリスはなるほどと小さく頷いた。
少しソファに腰を掛けた姿勢から身を乗り出したフィポリスが口を開いた。


「今回の私は、こうの立場が半々だが、無事に婚約が出来た事はだと自負している。側妃ゆえに結婚式は執り行わず書面のみとなるがこれまで通りボンヌ国とは良い関係でいたいと思っている」

「それはもう!アルメイテ国との取引が無くボンヌ国は立ちゆきません。これからも末永く友好関係を続けていく事が両国民も益があると言うものです」

「それを聞いて安心をした。ところでボンヌ国の殿下も間もなく子が産まれると聞いたが?」


フローネの事は箝口令を布いたはずだがと、両陛下とジョルジュは顔を見合わせた。
どこから漏れてしまったのか。途端に顔色が悪くなる3人にラウールはひじ掛けにまた肘を置いて頬杖をつきながらため息も混じった声を出した。

「人の口に戸は立てられぬとはいうものの、連日ドレスを仕立てたり、劇団に捻りまで飛んでくるとなれば広めてくれと言うものだろう。長年の想いが通じたようでこちらとしても拍手喝采と言うところだが…早々に年が倍ほど離れた女にもご執心とは。我が妹が婚約者だった時もだが一人で我慢出来ぬのなら、側妃制度を復活させてはどうか」


フローネについては、懐妊の兆しがあるまで、兆しがあれば腹を括るしかないと考えていた両陛下も流石に別の女と関係が出来ていると言う事までは知らなかったようだ。
冗談だろう?と愚息ジョルジュを見やった瞬間でそれが事実だと知る。
例えるものがないほどに、ジョルジュの顔は蒼白になり懸命に言い訳を考えている表情になっていたからだ。

だが、その女が誰なのかを両陛下は知らない。


「ですが、問題があるのではないか?ジョルジュ殿下」

ラウールはニヤリと笑ってジョルジュを見た。ラウールと愚息の顔を交互に見る両陛下は【また】問題のある令嬢なのではないかと気が気ではない。

「問題はあるでしょうね。ですが我が国はそれで良いと思っていますよ。そうですね。言ってみれば【収まる所に収まった】とでも申しましょうかね。アルメイテ国王も処刑制度を廃止した今、捕縛後の処遇を考えあぐねておりましたのでボンヌ国が責任をもってくださるとなれば、やっと夜も安眠が出来ると言うものです」


フィポリスの言葉に両陛下はその女が【誰】であるのかを悟った。
王妃は隣に腰掛けるジョルジュの両腕を掴んで【嘘だと仰い】と体を揺するがジョルジュに王妃を納得させる言葉はない。

フィポリスは釘をさすように国王と視線を合わせ笑った。

「責任をもって。意味は分かりますよね?となれば複雑に事が絡みますので、こちらとしても強く出られないのが残念ですが、一国が責任を持つのです。国同士の約束をたがえた時はどうなるか知らぬ陛下ではありますまい。いやぁ、この場が貴賓室記録の場でつくづく良かったと感じています」


ソファに溶け込むかのように体が脱力で沈み込んだボンヌ国の国王と、手で顔を覆って「何かの間違いなのよ」と首を横に激しく振り続ける王妃。

だが、ジョルジュは【】と盛大な勘違いをしてしまった。

向かいのフィポリスではなく、体を斜めにして身を乗り出しラウールとフィポリスの間に座るプリエラに向かって手を差し出した。


「プリエラ。無事でよかった。きっと男に触れられるのも恐怖だろう。だがもう大丈夫だ。世継ぎの事は彼女たちに任せ君は何も考えなくていい。風よけには私がなる。一緒にこの国を統べって行こう」


パンッ!!

小気味よい音を立ててジョルジュの手がフィポリスによってはたかれた。
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