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♡お兄様がやって来た

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のんびりとした日々を過ごしておりました。

朝は目覚めると、マクシム様に顔を拭いて頂いた後、水で顔も洗います。
と、言いましても非常に難しいのです。

両手の手のひらの小指側を合わせて、そっと水をすくってバシャっと顔に当てるのですがどうしても零れてしまうのです。最初のうちは桶に汲んだ水の水面まで顔を寄せましたが、そうすると手が入らないのです。

手を入れれば水が零れてしまいます。
わたくしは【技を見て盗む】と仰った講師の言葉を思い出し、マクシム様にお顔をお手本に洗って頂きました。

――水が手から零れてもいいんですのね!――

その結果、バッシャバッシャと洗いますが何故か全身がびしょ濡れ。

「風邪ひくから着替えるか。こっちこい」

失敗でしたのね。マクシム様は上手にお顔を洗われますのに。これでは戦力外通告をされても致し方ありません。なので、マクシム様が山に食材を獲りに行かれている間や、滝壺に水を汲みに行かれている間に練習を致しました。

「なんでまたびしょ濡れになってるんだ?あれ?昼飯を作るように桶に入れた水がない?!なんでだ?」

「さ、さぁ??何故で御座いましょう。オホホ」


鍛錬をしている最中を他人様に見せる事は出来ません。
しかし、練習をすること10日目。わたくしはびしょ濡れにならずに顔を洗う技を習得致しました。千里の道も一歩より起こる。先人は偉大ですわ。





と、そんなある日。

マクシム様が山にキノコを採りに行かれましたのでお留守番をしておりますと、遠くに聞きなれない音がいたします。いえ、聞いた事は御座いますがここの生活にはない音と申しましょうか。

それは馬車が走って来るような音で御座いました。

山の方から馬車が走って来る事は御座いませんので、平坦なほうを見ていると土煙が見えます。ユーリス様が来たのかと思っておりましたら違いました。


黒い車体に付いているエンブレムは紛れもなくガルティネ公爵家の紋章。
そして扉が開き降りてきたのは。

「お兄様っ!」

「プリエラッ!!」

ギュウギュウに抱きしめられてしまい、喉にはなにも詰まっておりませんのに背をバンバンと叩かれてしまいました。なのに、お兄様は紳士としてあり得ません!


「フンフン‥‥クンクン‥‥お前、臭くないな」

「なっ!何を仰るのです!お天気の良い日は必ず木の箱湯殿で洗っております!」

「洗うって…ここには従者も侍女もいないのだろう?」

「マクシム様が洗ってくださいます。髪を洗うのはとても上手なんですの」

「は、はぁぁぁ?!‥‥そんな事まで…絶対に許さんッ」


何をそんなに怒っていらっしゃるのでしょう。
そして、わたくしの二の腕を掴み、グラグラと揺すっております。

「お兄様、何ですの…いったい…」

「まさかと思うが後ろの小屋が小屋で小屋なのか」

なんて失礼な。確かにわたくしも小屋だと思いましたが小屋では御座いません。間違ったままを認識すると大きく道を外すのですよ。教えて差し上げます。

「コホン。お兄様、あちらは小屋に見えますが小屋に非ず。家屋で御座います。広さに事情があり湯殿と御不浄は屋外に御座いますが、竈とテーブル、寝台の揃う立派な家屋で御座いますわ」

「はっ?いや、小屋だとは聞いていた。だがしかし!限度と言うものがあるだろう」

――小屋に限度?内部の広さの限界ではなく?――


「ん?ちょっと待てよ。プリエラは自分で服を着られるようになったのか」

「まさか。服は自分で着るものでは御座いません。お兄様も学びましたでしょう?」

「では誰に?!侍女を雇ったのか?」

「いいえ?マクシム様が着せてくださいます。最近では櫛を作ってくださって髪をすくこともしてくださいますの。ほら、見てくださいませ。手櫛もすんなりと通りますの」

「そう言う事ではない!お、お前っ!男に湯あみも着替えも…」

「何を仰ってますの?男性ではありますが、わたくし身代わり妻から妻に昇格も致しましてマクシム様はわたくしの夫ですの。ジョルジュ殿下に投獄をされましたから、身分はどうなっているか判りませんが、これで嫁ぎ先に悩まずとも済むのです。良かったですわね。あら?お父様はこちらには?」

「あんな奴は父ではない。今の公爵は私だ」

「まぁ!お兄様が?!それはおめでとうございます。猶更よかったですわ。お兄様の最初の仕事が冤罪投獄であっても犯罪人となったわたくしの嫁ぎ先探しでなくて」

「ちっとも良くはないわっ!許さん。夫だと?あまつさえお前の裸体を…」

「大丈夫です。木の箱湯殿から出る時も着替える時もマクシム様は何故か目を閉じておられますのよ?ですがお兄様、ご安心くださいませ。夜の営みもちゃんと妻としてのお勤めは果たしております」

「なっなっなんだとっ!!」


顔を赤くしたり青くしたり忙しいお兄様ですが、何を驚いているのでしょう。夫婦としての大事な務めを果たしたかどうかは其々の家長に報告をせねばなりませんでしょう?

そこに麻袋に半分ほどのキノコを収穫したマクシム様が戻ってこられました。
ですが、失敗でした。

お兄様が来られるとは思っておりませんでしたので、マクシム様は動きやすい腰布一枚のいでたち。あら?どうされたのでしょう。マクシム様も顔を真っ赤にされてこちらに全力疾走ですわ。

「プリエラっ!!大丈夫かっ」

――えぇ!今日もびしょ濡れにならずに顔も洗えましたの!――

「お前は誰だっ!その手を放せ!」

グイっと手を引かれて、マクシム様の腕にホールドをされてしまいました。
何故でしょう。険しい顔でマクシム様とお兄様が睨み合っております。

あぁ、お兄様とは初見なのですわね。ご紹介をせねばと思った時で御座いました。


ジャキンッ!!

――ヒャッ!お兄様!?何故抜刀なさいますの?!――

「なんだ。貴様‥‥どこの貴族か知らんがプリエラの美しさを聞いて奪いに来たのか?残念だな。引退し10年経っていたとしてもかつてはアルメイテの奇襲神と呼ばれた俺だ。そんななまくらひるむほど落ちぶれては居らぬっ」

「半裸獣人を斬るのは初めてだが、久しぶりにこの剣に血を吸わせるのも面白い」

――なにが、どうなってますの?!――

「お待ちくださいませっ!お兄様もマクシム様も!!」

<< は? >>


お二人とも何を呆けた顔をされておられるのです。
そうでした!そうでしたわ!初見なのですわね。そうそう。わたくしが紹介をせねば。

「お兄様、こちらがわたくしの夫のマクシム様でございます。マクシム様、こちらはわたくしの兄でラウールと申しますの」

「お兄様って…え?あぁそう言えば手紙を頼んだよな。そうか、あぁビックリした。プリエラは美人だから街に行った時に目を付けられてしまったのかと思ったよ」

「何を仰るのです。美醜などで人は動きませんわよ」

しかし、力の抜けたマクシム様とは違い、お兄様は更に目を充血させて怒っていらっしゃいます。きっとマクシム様の装いが客人を迎えるものではないからでしょう。
お兄様はそう言うところは厳しい方ですもの。


「貴殿がネイチュア伯爵家当主マクシム殿か」

「はい。先程は失礼をいた――」

「妹が世話になった。礼は後程。プリエラ!帰るぞ」

「え?お兄様っ…キャゥ!」

グイっと腕を掴まれてお兄様に引かれますが、反対の腕をマクシム様が放してくださらないどころか、更に力を入れて引っ張っておられます。


「兄上殿!いったい何をされる!」

「貴様に兄と呼ぶ許しは出していない。その手を放せ」

「では兄と呼ぶのはやめよう、貴様こそその手を放せ」


グイグイと両側に引っ張られております。このままでは腕が千切れそうです。


「痛いですわぁ!!お二人とも手を放してくださいまし!!」

パッと離れたお兄様とマクシム様の手。
わたくしドスンと尻もちをついてしまいました。

――放せと言ったからと、同時に離すなんて!!――

「痛たたた‥‥」

<< 大丈夫か!プリエラッ >>


お尻は痛いのですが、何故睨み合っておりますの?
駆け寄るタイミングも声も同時でまるで双子のようですのに!!
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