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第16話    トンズラする女

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「ツイてると思ったんだけどな~。ハズレだったナァ」

部屋に戻るとオルクが泣き疲れたのか、汗でぐっしょりと体を濡らしたまま床に転がっていた。
背中が小さく上下しているので死んでいる訳ではないとソフィアはポケットから金を取り出した。

「やっぱり全部宝飾品にした方が良かったァ~アーッ!クソッ!」

テーブルに転がした金はライネルの金で買ったドレスを売りさばいたもの。上質の布地を使い、出来るだけ清楚なドレスを注文したのは、派手なドレスは仕立てる時に高額な金額になるが買い取りに出せば二束三文。使い道が限定される上に,糸を解いてばらばらにしても大した金にはならない。

ならばシンプルで清楚、そしてしっかりした布で作ったお仕着せ風のドレスの方が買い手がつきやすいので高値で引き取ってもらえる。

「しっかしぃ~。あの隊長さんも馬鹿がつくお人好しよね。ふふっ。アタシにはホント・・・いいカモ」


ソフィアの職業は詐欺師だ。

戦が激しくなればなるほど、この商売は儲かる。
街角に立って、病気を持っているかも知れないような男に1晩幾らで抱かれるような安い娼婦ではない。

先ずは戦場で花を売る娼婦の中に紛れ込んで「これは!」という客に目を付ける。
兵士たちは女には飢えているが、兵士も戦で命を落とす事はあっても、性病で命を落とす事はしたくない。野営地でソフィアは春を売るつもりはないので、食紅で顔や腕、胸元に赤い斑点を指先でちょんちょんと付けて置けばもれなく売れ残る。

戦況が厳しくなればなるほど脱走する兵士は増えていくので、逃げ出しそうな兵士とその兵士の上官を品定めに向かうのだ。

ジョゼフは実在する兵士で、売れ残ったソフィアに話しかけてきた。

『話するだけなら、幾らかな』
『話だけ?ならお金は要らないわ』

ホームシックともまた違う。生きるか死ぬかの戦場にいると自分語りをしたくなる兵士がいる。ジョゼフは国に帰れば婚約者がいることや、年期明けがまだ先でいつも砲弾が飛んで来そうにないところに隠れている事などソフィアに語った。

『隊長が面倒見の良い人で、僕らのような地方から出てきている者は後ろに配置してくれるんだ』

ソフィアの目がキラッと光る。
ジョゼフの話によれば、隊長は伯爵家の子息でそれなりに金もあり、親とは別に住まいもある上に何度か褒賞を貰っているので金もそこそこ持っているとの事だった。


『ねぇ、こっそりと村に帰れるルートがあるの』
『えっ?!それって・・・いや、ダメだ。脱走兵は懲罰が・・・』
『見つかればの話でしょう?』


ジョゼフはソフィアの誘いに乗り、息絶えた兵士から隊服を剥ぎ取ると着替え、足を引きずりながら医療院に向かう荷馬車に乗り込んだ。

その場では名前を控えて、荷馬車に乗せていくだけ。
軍医も毎日数百人いる新規の負傷兵を全て治療したり診察する事など出来ないからだ。

ジョゼフは言われた通りに休憩所で草むらに隠れ、姿をくらました。
管理が行き届いていないのではなく、それだけのケガ人を毎日運ばねばならないので残念なことに途中で息絶える者もいる。馬車の揺れで話す事も出来ないほど悪化する者もいるので亡くなった者は休憩所で埋葬し、特徴だけを書き取って後で照らし合わせる。数人、数が合わない事も日常茶飯事だった。

ジョゼフが上手く逃げられればそこからがソフィアの仕事。

子供は戦場に近ければ近いほど捨てられているので、ジョゼフに髪色がよく似た子供か、自分に似た子を探せばいいだけで、いなければ攫ってきた事もある。

オルクも捨てられていた所を拾っただけでソフィアの子供ではない。
今回の仕事はソフィアとしてはツイていた。

子供は話せたらダメ、幼過ぎてもダメ。話が出来る子供だと母親ではないとバレてしまうし、幼過ぎると産褥期に遠い村から子連れで来ることそのものに疑いを持たれる。

オルクを拾った後は、上官を見つけて涙の一つでも流せば教会に列を作る者達に配られる札が貰える。その札を高値で売りさばく。それで終わりにするつもりだったがジョゼフの上官であるライネルは馬鹿がつくお人好しだった。

何の疑いも持たずに屋敷に連れて来てくれた上に、好き放題させてくれる。

「上手くいけば妻の座?」と考えたのだが、如何せん伯爵家と聞いていたのに蓋を開けてみれば稼業も無い男爵家。
ソフィアのお呼びではなかった。


現金は自由にさせてくれないので、散々に買い物をした後はどうせ頃合いを見てトンズラするのだからと余興で結婚間近とという2人を引き裂いてやろうと考えた。

惚れた女がいるようで、怪我をしたと聞いた時は水仙の鉢植えを贈った。
直ぐにバレるかと思えば意外や意外。バレなかった。

紫のクロッカスもライネルが直接手渡すと言うので、わざと選んだ。
兵士なんて脳筋の集まりなのだから、花言葉も知らないだろうと思ったが本当に知らず、「ありがとう。僕じゃ判らないから助かったよ」と満面の笑みのライネルが婚約者の家でどんな顔色になるんだろうと想像し別れた後は爆笑。

想定外だったのは屋敷を出されて部屋を借りられた事だった。
次のカモを見つけるために戦地に向かう旅の幌馬車の出立を待って逃げようと思っていたのに、幌馬車の出立前に引っ越しを余儀なくされてしまったのだ。

屋敷に残ろうと無理難題を突き付けたのだが部屋は借りられてしまった。
幌馬車が出る日までは日数があり部屋で生活するしかないが、子供の面倒を自分だけで見なくてはならないなんて馬鹿げている。

初夜の日、ライネルを呼び出したのはそんな境遇に自分を置いたライネルへの仕返しだった。

薬で眠らせて奮い立たせる。
久しぶりの男の体。ソフィアも堪能させてもらい、それをネタに最後は旅費くらい毟り取ってやろうとしたのだが・・・ノって来ない。

大抵の男は「明日?明後日?」と急かせば金を出し、女を黙らせるのにライネルは金を出さず「連絡する」と帰って行った。


こうなってしまうと逃げるに限る。本当に囲われてしまうか、音信不通になるか。

なので、手っ取り早くドレスを売り幌馬車が出るまでの宿泊費を作って来た。ソフィアの仕事は顔を広く覚えられてしまうと商売にならない。適当な所で切り上げるのが一番なのだ。

「じゃ、いい子でネンネしててね~バイバーイ」

ソフィアは床に転がるオルクに声を掛け、金と宝飾品をカバンに詰め込むと部屋を出て行った。
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