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第19話    事実の中に少しの嘘

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遠い海の向こうの国には三日天下という言葉があるらしいが、ライネルは何処かで聞いたその言葉を思い出した。

早朝、家令が激しくライネルの部屋の扉を叩いた。その音でライネルは窓を見て「朝なんだな」と気が付いた。ビオレッタが結婚の翌日、出て行ったっきり帰ってこなくなって3週間が経った。

何時寝たのか、自分が今起きているのかも判らない。
本来なら1週間前から隊舎にも出仕しなくてはならないが、気力が出ず休暇を延長してもらった。

「暫くは戦地ばかりだったからな。ゆっくり休め」

軍団長は休暇をすんなりと認めてくれた。戦地での期間が長くなれば小さな物音を敵だと思い過剰に反応してしまったり、砲弾が飛び交う爆音の中にいると気が触れてしまう者もいる。

夜も眠れなくなったり、突然泣き出したり、怒ったり暴れたりする者もいる。
出来る対応は休暇を与え、休ませる事とカウンセリングを受けさせることくらいだった。

する事がないからかライネルは物事が段々と自分にとって悪い方向に動き出しているような気がして、今日もまた気がつけば夜が明けていた。

慌ただしく部屋に入って来た家令に顔を向けたライネルは静かに問う。

「陛下からの呼び出しか?」
「ご存じだったのですか?!」

存じているも何もない。遅かれ早かれ呼び出されるだろうとは思っていた。

一晩中起きて考えていたのは、全てが上手く回っていたのに運命を変えたのはあの爆発事件からだったのか、だとすればどうすればよかったのかと戻る事の出来ない過去の反省だった。

「なんでだろうな・・・」

着替えを手伝ってくれる家令に問い掛けるが家令は返事を返さなかった。

「話をする必要もないと言う事か。そりゃそうだよな」
「そうではありません」
「なら・・・教えてくれないか。何故・・・こうなったんだろう」

国王の元に行けばソフィアの事も全て話をしなくてはならない。
念願、いや悲願とも言えるビオレッタを妻に出来たのにもう離縁を申し渡される・・・いや結婚そのものが無かった事にされるかも知れないと思うとライネルは立ったまま、涙を拭う事も無くただ泣いた。

「旦那様は間違ったのです」
「間違った?」
「えぇ。原因はお連れ様です。野営地に子連れでやって来てしまい扱いに困ったのは解ります。ですが、旦那様が世話をしてやるのなら、王都に帰還をしたら屋敷で面倒をみる事ではなく、然るべき機関に委ねるまでが世話です」

「しかし!その預け先が今はどこも満杯なんだ!」
「それでもです。旦那様がしてしまったのは、順番飛ばしをしてズルをした者に対しての依怙贔屓です」
「なんだって?」
「だってそうでしょう?戦で夫や息子、兄弟を亡くしたり負傷したと言う家族がどれだけいるとお考えです?それこそ、預け先が満杯な状態ですよ?お連れ様を最大限に良い方に捉えれば順番飛ばし、若しくは割り込みです」


家令の言う通りなのだ。
ライネルは生後4、5カ月の赤子を抱いている部下の家族をなんとかしてやらないと・・・とただそれだけだった。

預かり先の窓口となる教会も順番待ちをする人が列をなしていて「今日で8日目」と受け入れ先を割り振って貰うのに何日も座り込み、その場で夜を明かして待っていた。

そんな場に赤子を抱えた女性を置いておけないと変な正義感を出してしまった。
例え自分の部下の家族であっても贔屓をしてはならなかったのだ。

ソフィアに気を配る事が成れば、ビオレッタは爆発に巻き込まれることはなかった。行こうと思っていた宝飾品店はガラスに亀裂は走ったが、それ以上の被害はなかったのだから。


国王の呼び出しにライネルはまだ袖を通していない隊服に身を包み、家令を馬車に乗せライネルは騎乗で王城に向かった。

褒賞を賜った場とはまた違う無機質な部屋に通され、静かに待っていると国王が従者と共にやって来る。ライネルは最敬礼で国王を迎えた。


「挨拶はよい。私も時間が無いのだ。昨夜姪御からそなたの事を聞いた。市井で女性を囲っているのは事実か?」
「違います。囲っているのではありません」
「だが、早急に調べさせた報告書では部屋の借主、家賃の前払い、備品の調達をしたのはそなたになっておる」
「彼女には身寄りが‥‥部・・・部下しかおらず隊長である私が面倒をみてやるべきと・・・然るべき機関に任せるのが妥当だとは思いましたが、順番待ちをさせるには忍びなく」
「それが本当だとしてもだ・・・オルバンシェにはこの婚姻の際に一切を引かせた。ファッセルとオルバンシェが怒鳴り込んできたのだぞ?今となっては後の祭りだが、王命による婚姻も異例の取り消――」
「お待ちください!!」

その先を国王が口にしてしまえば婚姻が取り消されてしまう。
ライネルは不敬と受け取られるのもやむなしと大声を出し、その場に片膝をついた。

「私は本来なら陛下にこの身も命も捧げねばなりませんが、私が生きる理由は妻に!ビオレッタにあるのです!目を覆いたくなるような所業があった事は重々承知!しかし!今一度・・・今一度機会を与えてくださいッ」

「言いたいことは判る。しかしだ。そなた・・・初夜は何処にいた」

国王の問いにライネルは直ぐには返答できなかった。
その夜の事をここで話せばビオレッタとは間違いなく引き裂かれてしまうと思うと咄嗟に口をついてでたのは事実の中に嘘を混ぜ込んだ言葉だった。


「そ、それは・・・赤子の容態が悪いと‥頼る者が私しかいないと‥」
「帰宅は昼だったようだが?医療院に駆け込んだ記録も無い」
「知りうる限りの処置をし、様子を看ておりました。医療院も暇ではありません。軽傷、自宅観察で事が済むと思われる患者を担ぎ込む必要もないと・・・自己判断ですが様子を看ておりました」
「そこまで赤子の様子が気になったとでも言うのか?己の子でもあるまいに」
「は、はい…妻も、ビオレッタもこの母子については存じておりまして、間違いなど起こるはずがないと私を信用してくれているものと考え・・・子供を優先しました」

国王はしばし無言になったが短く溜息を吐くと、いかにも「こんなくだらないことで時間を取らせるな」とも言いたげに「下がって良い」とライネルを下がらせた。

ライネルとしてはソフィアとの体の関係を伏せただけで大きな嘘はついてないと部屋を出て大きく息を吐き出した。

まだライネルはビオレッタの耳が通常ではない事には気が付いてもいなかった。
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