元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru

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便箋87枚、熱くて厚い手紙

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領地を馬に乗って視察をしているのはパトリック。
いつでも手伝えるように汚れてもかまわない服装をしております。
勿論それは、自分が汚れてもいいって言うだけじゃなく、農夫からも【作業着】と見てもらえるような服です。

2回目となる里芋の収穫作業に追われる農夫たちは一家総出で泥だらけになっております。
以前は少ない小麦だけでしたので年老いたものは家に籠るだけでしたが、今はそうではありません。
エレインから貸してもらったヤギたちは雑草を食べてくれますが広大な畑全部はキャリーオーバー。
10億当たるわけではなく、そんなに食べれば食あたりを起こします。
なので、高齢者は平常時でも雑草などを抜いたり、間引いた野菜を別の畑に植え替えたりしております。

里芋は収穫量に匹敵する量全てにもう予約が入っている状態なので売れ残りはないでしょう。
里芋畑の隣はショウガを植えた後にはカボチャや葉物野菜を植えている場所もあります。
土の状態をエレインに見てもらって、現状で最適と思われる野菜を植えているようです。

領の収入も当然右肩上がり。すでに来年分は貰っているからと言っても農夫たちは里芋の売り上げをほぼ毎日パトリックの元に報告に来ます。

収穫した里芋は一旦農夫たちが建てた倉庫に集められて綺麗に水洗いをした後で、農夫たちにエレインが渡した【フック君のバネビヨーン】で重さを計っていきます。
見た目でまず餞別をして、状態によってランク分けのあと、それぞれ100グラム幾らで値をつけるように指示をしたのもエレイン。

その数値も売り上げ伝票と変わることなく報告をされていきます。
エレインに言われた通り農夫たちは里芋の売り上げは全てパトリックに納めているのです。

「何度も言うが、もう来年分までは貰っているのだ」
「いえ、里芋の売り上げは税だという約束なのです」
「ならば…税の分だけもらえればいいから」
「いえっ。里芋の売り上げに対しての税率ではなく、里芋の売り上げって約束なんです!」

変に頑なな農夫たちなので、パトリックは税収が厳しい事もあって受け取りますが以前のような使い方はしておりません。
先ずは税率を下げて、次に使用人たちの待遇改善をしております。
リリシアのドレスは布となり、王都の布買い取り業者に売り渡しました。
買ったときの10分の1にもならない金額でしたが、数が数だけにそれなりにまとまった額にもなったのです。
焼け石に水ではありますがないよりは多少回収できたと使用人は喜んでおりました。

パッカパッカと馬を進めると、木陰で休んでいる一家を見つけます。
子供たちが本を読んでいるのを微笑ましく見ますが、その本を見てパトリック驚きます。

「難しい本を読んでいるんだなぁ」
「難しくないよ?僕は医者になりたいんだ」
「医者か‥‥どうして?」
「医者は貴族しか診てくれないから流行病でみんな死んじゃうからだよ」

「そうか…‥‥君は植物が好きなのか?」
「違うもん。これは植物だけど薬草の本よ?」
「薬草?どうしてそんな本を?」
「もっと沢山の薬草の煎じ方とかわかったらみんなにお薬をわたせるから」

「君の読んでいる本も植物か…読み込んでる本だなぁ」
「これ?これはお代官様にもらったんだよ。もっと野菜の事が知りたいって言ったらくれた」
「そうだったのか…農業がしたいのか」
「違うよ?僕はね騎士になりたいんだけど、もっといっぱい野菜が取れれば皆がお腹空かさなくていいから」

子供たちの年齢は7,8歳。おそらくパトリックがこの地に来た頃に物心がついたと思う年齢です。
流行病でバタバタと亡くなったり、腹を空かせて我慢している家族や親せき、近所の大人や友達を見て来たんだろうと思うとリリシアとの贅沢三昧な生活がいかに愚かな事であったかを思い知るのです。

その子たちの父であろう農夫の元に行き頭を下げるパトリック。

「どうされたんです?頭なんか下げて…立位体前屈ですか?」
「いや、そうではない。頼みがあるんだ」
「領主さまが?こんな農夫に?反復横跳びの応援ならできますが…」
「そうではない。身体力検査からは離れてくれ。手紙を届けてほしいんだ」
「手紙?いや、前も届けましたけど…全然読む感じなかったですけど?」
「今回は必ず読んでほしいと言伝も頼みたい」

「あのね、領主さま、こんな事を農夫ごときに言われたくないと思いますけど、【夫】の先輩として言わせていただきますが、夫婦間の事は他人を挟まずにお互いが話をするべきなんです。手紙だって言葉にする前に自分で渡すべきですよ。他人を入れる時は離縁の調停くらいです」

「実は‥‥契約魔法で会えない事にしてしまったんだ」
「魔法?あぁエレイン様はよく火を起こしてましたね。アレですか」
「火?あぁ、似ているが少し違う。対価はお互いの命なんだ。俺が死ぬのは仕方ないがエレインまで契約魔法で死んでしまうかも知れない。だから契約が終わるまでは会えないんだ」

「なるほど…面倒な接近禁止を自分で自分にやっちゃったんですか‥」
「そうだ。バカな事だと今は反省をしている。だから手紙を。せめて電話でも話をしたいと」
「お屋敷の使用人さんに頼めばいいじゃないですか?」
「すまない。俺の余計な一言で使用人も会いにいけないんだ」

エレインの最初の5項目で全てを満たしていたハズなのに、リリシアにこっそり嫌がらせをするのではと思った愚かなパトリック。想えば最初からエレインには何の興味もなかったんだと考えます。

場違いな結婚式でのリリシアのウェディングドレス姿を許したのも、結婚式が終わったあとでリリシアと結婚式の真似事をしようと思ったおバカなパトリック。
参列者が王家一家でエスコートが陛下だと判って急遽取りやめにしたのです。

「キスも頬タッチと言ってたなぁ…」

頬タッチと言っても、産毛が触れるかどうかの距離で頬同士は接触しないままエレインがフっと顔を逸らせました。

一緒の部屋にいた時にも尽く関心がないエレインに感じた変な違和感。
女性はいつも甘えてくるものだと思っていただけに、泣いて縋りもしないのは、陛下の前で取り決めをしましょうと言った手前引くに引けないのだろうと思っていたけれど、それは間違いだった!

友達よりまだ前の立ち位置にいるのは紙切れだけで繋がった男パトリック。
引くに引けないのではなく、最初からドン引きされていただけだっとは!!

「まぁ、届けるだけは届けますけど…電話がないって処罰は勘弁してくださいよ」

夕方、作業が終わったら手紙を取りに行くという農夫に礼を言って屋敷に戻り、便箋87枚に及ぶ長編スペクタクルな手紙をかきあげた頃にはカラスが寝床に帰る頃でした。
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