元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru

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ハウリングするマイク

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ざわざわとする夜会の場。まだ始まって10分も経っておりません

先ほどまで奏でられていた音楽も今は止まってしまい、目の前の人物の言葉を一言も聞き漏らすまいと昨夜耳掃除をした事を心から神に感謝する瞬間。

第三王子は知らなかった。エレインが王子の事を何とも思っていない事を。
そしてどうしてエレインが無理やりにでも婚約者になったのかという事を。

舞台は整った!と第三王子は権力をかさに壇上に上がられます。
呼ばれてもいないけれど腰巾着もここぞとばかりに壇上に上がりました。
第三王子の腕の中には、いかにも!という庇護欲をかき立たせるピンク令嬢!鉄板きましたー!

「エレイン・フェド・キーファー!出て来い!」

突然声を張り上げた第三王子殿下。しかし残念。今回使用されたのは演劇部が本格仕様するホール。
床、壁、天井とふんだんに防音材が使われているため音は吸収されていき最後尾まで届いていません。

学園の教頭がマイクを使っていたのを見ていなかったのでしょうか。
周囲の観察力が不足しているのが露呈しただけです。
慌ててマイクを借りてやり直しです。なんて無様なのでしょうか。

「あ~、あ~‥‥エレイン・フェド・キーファー!出て来い!」

出て来いと言われても最前列に居ますので、目の前です殿下。見えます?

「何でございましょう」
「えっ?うわっ…早いよ」

早いと言われましても、最前列ですから。1周回ってきた方が良かったというのでしょうか。
壇上に立って目立ちたい人よりも奇行で三周回ってワンと目立たれてしまうと困るのでは?

「えっと…あのだな!お前との(ハッ)…お前との婚約を破棄する!(ハッハ)」

マイクを使うのは良いですが、息まで拾ってしまっています。
大変聞き苦しいですがまぁ、どうでもいいです。

「婚約破棄ですか?はい。承りました」
「そんなに渋るな?…ええっ?なんて?」

マイクを持っていないわたくしですから声が聞こえなかったんでしょうか。
この距離で聞こえないとなると一度健康診断だけではなく専門医に診て頂いた方がよろしいと思います。

「婚約破棄、承りました」
「え?(ゴッ)あの…理由とか(ンフゥ)聞かないのか?」

また息まで拾っておりますし、顎に当たった音まで聞こえますね。

「理由につきましては正式な書面に記載事項がありますので署名時に確認を致します。この場では不要ですわ」
「いや、あの、理由きいた(フッ)ほうがいいんじゃないのか」
「いえ、世の中言った言わないほど時間の無駄は御座いません。要約された婚約破棄のお言葉は確かに承りましたので結構です」

「いや、聞け!聞いてくれ!見つけたんだ。えっと…真実の愛!」
「失せ物が見つかり何よりでございます。それでは」
「いや、待って、待ってくれ!エレイン!!」

ホールの時計を見上げます。

(何てこと!16時05分!急がねば!)

エレインは出口に向かってドレスをたくしあげて走ります。
ホールを出ようとすると『キュィィィィン』と音がします。
きっと電源が入ったままのマイクとスピーカーを近づけたんでしょう。ハウリングをしています。
騒音、雑音の定義としては人が不快と感じる音ですが、その音が好きという人は少ないでしょう。
なので二度目のハウリング音が聞こえる前にトンズラをするエレインです。

☆~☆~☆

屋敷に急いで戻ったエレイン。第三王子との婚約がなくなるとなりますと書類も膨大です。

エレインは5歳で実母を失くし、現在は実父だけが血縁者です。
実父には新しい奥さんとエレインと1歳違いの姉(何ですって?)がいますが、あくまでも彼女らは【父の家族】であり、エレインの家族ではありません。

出来損ないとか無能と呼ばれて久しい実父です。実際の領地経営はエレインが学業と王子妃教育の傍ら担っておりましたが、それも今日で放免かと思うと天にも昇る気持ちです。

全権を現在預かっているエレイン。父の実印も預かっております。

「この際だから、お父様とも縁切りしちゃいましょう!」

と、ばかりに侯爵家と自分のつながりもブチっと断ち切る書類も作り父の実印をぺたぺた。

「お嬢様、何をなさっているのです?」

義母の飼い犬とも言える家令が覗き込んできますが無視。無視。
とにかく今は時間が勝負です。1分1秒でも早くこの書類を陛下に渡さねばなりません。

「お父様は?」
「執務室におられます」
「ありがとう!」

書類を片手に次は自分の部屋に駆け込みます。
持っていく荷物は既に荷造りを終えています。この日を待っていたわけではありません。
義母であろうが義姉であろうが、とにかく誰でもいいので【出ていけ!】と言われるのを待っていただけです。

トランクと書類を抱えると父のいる執務室に飛び込みます。

「お父様っ!」
「なんだ、ノックもなしに」
「そんな暇は御座いません。大至急王宮へ参りましょう!」
「はっ?何故だ」
「何故も何も御座いません!夜会で大変な事が起こりましたの!急いで!」

詳細は延べません。エレインの父は無能ですので誰かに寄生して生きる男。
第三王子との婚約が無くなったと言えば、第三王子に土下座してでもヨリを戻せと言ってきます。
使用人を1人早馬で出し、大至急の謁見を願い出るよう念押しをします。

「早く!お父様、何をグズグズしているのです!」
「いや、待て、正装をせねばならんだろう?」
「何を言っているのです!国家の一大事に服がそんなに大事ですか!」
「なんだと?そんな事態なのか?」
「先程も申しましたでしょう!夜会で大変な事が起きたのです!一刻を争うのです!」

エレインと父を乗せた馬車が王宮に到着したのは17時35分。
エレインは父を叱咤し、ドレスで疾走します。

「謁見は!謁見はして頂けるのですか!」
「はい。まもなくお見えになられます。書類をお預かりいたしましょう」

脇に抱えた書類を侍従に渡すと、服装と呼吸を整えます。

「エレイン?いったい…」
「何も心配は御座いません。お父様は一言!全て承諾済み!と仰ってくださいまし」

住民票を取る際の住所の番地ですら碌に覚えていないエレインの父。キーファー侯爵。
面倒な書類なんだなと察知すると「わかった」と一言。
エレイン心でガッツポーズ。

謁見室の扉が開きました。
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