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視線が熱い

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薄暗かった廊下に灯りが付いていく。駆け付けた王宮側の兵士がそれそれの手に持つランプの灯りだが、まず最初に引っ張り出されたのは国王で、両脇を抱えられてはいるものの自分の足で歩く事はままならないのかズルズルと靴のつま先は床の石を石臼に見立てたかのように挽かれているように見える。


そのわきを今度は教会側の医者が数名の助手を連れて交差していく。

ある神官によりメングローザ公爵が公爵権限を使った日に【命を課して成す者にこの部屋は不適当】だと本来1m四方になる審理が始まってからの収監場所を少し広めにするよう命じ扉の位置を移動させた。
せめて夜は足を伸ばして寝られるようにとの配慮だったのだが、広くなった事が裏目に出てしまった。


医師が応急処置をする手の邪魔にならないようにと、その後ろに立つ兵士はランプの灯で手元を明るく照らす。その様子を神官とレイリオス公爵は並んで見ていた。


「申し訳ありません」

「貴方の責任ではない。元々権限を使えばと根性論を体感するような仕様に王家が取り決めたのがいけないのだ。何より‥‥40を超えた今ならあの日もっと良い手が打てたはずだと考えるのだ。20代前半では知識はあってもそれを最大限に生かせる経験が足らなかった。若かったから機動力もあって動けたが、体のあちこちにガタを感じるようになればそれも青かったと…」

「いいえ。あの時は周辺国の情勢もありました。ブルーメの軍部が一番力があった時期です。民を守るためであればこんな王家を残す事を選ばざるを得なかったのは苦渋の選択、そして苦渋の決断だったでしょう。あの日が今であれば‥‥」


先ほどまでメングローザ公爵の腹を押さえていた上着を握りしめる。
向こうの方からまた複数人がこちらに向かってくる足音と声に顔を向ければ、担架を抱えた兵士とポイフル公爵であると気が付いた。

ここでは処置すら限界がある。運ばれてきた担架に乗せられてメングローザ公爵が前を通り過ぎて行く。神官は両手を組み【彼はまだ多くの民に必要なのです】小さく呟き神に祈り、願った。



「大丈夫でしょうか…僕が盾になっていれば…」

「お前が盾になっていれば、生涯あいつを苦しめるだけになるだけだった。権限の是非を決めるまでにはやってくると予想はしたが、本当に来るとはな」

「続きの間への扉の鍵が無理やりこじ開けられていて…庭に通じる狭い通路があったそうです」

「王宮だからな。あるとは思っていたがやはり脱出口はあったか」

「都市伝説じゃなかったんですね」

「俺にはお前が副議長席でくそ真面目な顔をしている事が都市伝説かと思ったが、事実は小説よりも奇なり。脱出口も然りだ」

「エ‥‥同系列で語る事ですか?うわぁ~なんか一緒にされたくないなぁ」

「大丈夫だ。お前の顔は伝説ではなくなった」

「褒めてます?違いますよね?メングローザ先輩が起きたら言いつけますからね」

「是非そうしてくれ。きっとやつなら【表情筋体操】を伝授してくれるだろう」


レイリオス公爵はポイフル公爵を揶揄ったが、それは言葉も手もまだ震えているポイフル公爵を気遣ってのもの。止血に使った己の手を上着で包んで見えないようにしたのも可愛い後輩への小さな心遣いだ。

――さて、国王。次はどう出る。予想を外してくれる事を祈るが――


最後尾をゆっくり歩いて外廊下に出ると、風が吹き抜けていく。
いち早く知らせを受けたのだろうか。数人の貴族が2人の元に駈け寄ってくる。そのうちの一人は宰相も務めるジェスト侯爵だった。

国王、王妃が自室に謹慎となり、イデオットも居なくなってしまったことでそれまで彼らがしていた執務を全てこなしたうえで、政務や臨時に各国の大使らとの公務も代行している。
たった2週間ほどで驚くほど痩せてしまった。いや窶れてしまったのか。

早くに来ることが出来たのもおそらくは一緒にいる貴族の面々から、遅くまで数日後に控えたブルーメとの間に流れる河川の川砂利採取の件だろう。上流にあるブルーメの一部部族が大量に採取してしまい、川の水の混濁が始まっているのだ。他にも収穫時期を迎えた農作物の輸出入に対しての関税の問題もある。
王妃が行っていた王都以外の地域医療の拡充について医師不足を解消するための会合も今は宰相がやっている。
完全なオーバーワークである。


「陛下が逃げ出し、事もあろうか…メングローザ公爵は無事かっ」

「出血量は多かったですが、命に別状はないと思います。と言っても素人の見立てです。応急処置が終わり今は搬送されましたので後ほど医者が説明をすると思います。ジェスト宰相はこんな時間まで?」


「いやはや面目ない。雑務とすれば事業が止まりますので急ぎ案件から片付けていますが…年には勝てません。何よりイデオット殿下は別ですが王妃殿下の行っていた事業については王妃殿下になら物申すという者も多くて。それだけ真摯に向き合ってきたという事でしょうがこうなってしまっては‥‥」


「その件なのですが、1人が抜ければ滞る案件などあってはならない。病気も怪我もないのが一番だがそれでも複数で事業を回す必要があると思うのです。細分化はできませんかね」


「同じような事を学園生だった頃の愚息に言われた事があります。宰相だから毎晩午前様で帰宅。朝も夜明けに出仕。私への負担が大きいのではと。その時は体調を気遣ってくれたのもあると思い嬉しい反面、年寄り扱いをするなと思ったものですが、こうなってみれば確かに。宰相ゆえに各案件を知っておかねばならないという事は確かですが、全てに於いて何でもそつなくは無理ですからね」


話を隣で聞いていたポイフル公爵は顎に手を当てて少し考えた。
ふと隣のレイリオス公爵を横目で見て、ハッと思いついた。

「それなんですけど!!無駄に年数だけというのは除外しますが、一部に精通している人材をチームで分けて、その中でさらに班で分ければどうでしょう。リーダーが2人いて、補佐がそれぞれ2人いて、補佐の補佐が4人いて…。少なくとも班を10人編成すれば、1人休んでも他に判る人間がいます。情報共有すればスムーズにいくんじゃないでしょうか。出来次第で補佐の補佐は補佐になりと上にいる者の背や手腕を間近で見る事で成長も出来ると思うんです」

「会合はどうする、そんな大人数じゃ大変だぞ」

「大人数にはなりません。リーダーのどちらかが出席をすれば残ったリーダーで事業が回ります。チームの会合に出席したリーダーは班のメンバーに伝えればいいんですから」

「ふむ…つまり学園で言えば国が学年、チームがクラス、班はクラスの中を何人かに分けたものか」

「そうですよ。100人を前にして細かい説明をしても理解度は判りません。ですが7、8人なら理解しているかどうか、理解度はどの程度かも判りやすいのでフォローもしやすいと思うんですよ」

「面白い!それは検討してみる価値があると思います。今でも王宮職員は能力が生かされない配置も問題になっているんです。若い人材を育成する事も出来るし、能力次第では年配者が部下になる事もあり得ます。妙なプライドを保ちたければ精進あるのみ。より励むでしょうし班となればお互いをより高め合うと同時に知る事にもなるから商会との癒着なども防ぐ事が出来るかも知れません」


ポイフル公爵はずっとメングローザ公爵とレイリオス公爵の背を追いかけてきた。
何時か隣に並んでも恥ずかしくないように切磋琢磨してきた。
それを取り入れればどうかと思ったのだが、今現在、恥ずかしいほどジェスト宰相に熱い視線を送られている。

【君たちの声援と視線が僕の栄養源♡】という妻がイチオシの歌劇俳優。
熱い視線に耐える事が出来るのは別の精進が必要だなと、妻が俳優に声援を送る姿を思い浮かべた。
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