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茶会の相手

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カラカラと車輪の音が止まると扉が開き手を差し伸べられる。


陽光が降り注ぐ中、地に足が付き小さく【大丈夫ですか】と気遣う声に顔をあげれば王太子イデオット殿下の側近の一人であるアルマン・レイリオス公爵令息が微笑んでいた。

侍女がサッと日傘をひらき傾け、アルマン・レイリオス公爵令息のエスコートで建物の中に入った。


「わたくしは、これにて」

軽く胸に手を当て、頭を垂れたアルマン・レイリオス公爵令息に礼を言い、カーメリア・メングローザ公爵令嬢は侍女と共に長い廊下を歩く。


「本日からでしょうか」

「どうかしら。もう始まっても良いとは思っているのですが」


侍女の問いかけにカーメリアは王子妃教育、王太子妃教育を終えてもうすぐ1年。始まらない王妃教育のカリキュラムにカーメリア自身も首を傾げているのだ。
妃教育の中でも集大成と言われ、その内容は過酷でゆうに2年はかかると聞き及んでいる。成婚と同時に国王となるのは夫となる現王太子イデオット殿下。何かしらに時間が取られる事を考えればその日まではもう半年もないとみるべきである。既にタイムリミットを超えているのだから1日どころか1分1秒すら惜しいと感じて不思議ではない。
今までも遠回しに催促をしつつ様子を見てきたが、もうひとつ踏み込んだ返事が欲しいところ。


王宮の廊下は長い。その長さを癒すためなのか、よく手入れをされた中庭を横目に歩いていると既視感のある光景に思わず足を止めて視界にそれを映した。

背の低い木々の向こう。ツツジの花が咲き誇る一画で小さなテーブルを挟んで微笑みあう男女。片方が婚約者である王太子イデオット殿下。そしてその向かいで王太子を笑顔にしているのはエンヴィー・スミルナ侯爵令嬢である。


本来ならば公務のない時間帯に登城するカーメリアをエスコートするのはイデオットなのだが、開かれている彼女との茶会は余程に緊急性があり、重要な案件だったのだろう。だから今日はアルマンだったのかと独り言ちた。もうここしばらく馬車の降り口から玄関までのエスコートは側近の3人か騎士団の受勲賞持ちばかりだ。


3歳から5歳の令嬢が集められた中から婚約者候補となったのはまだ5歳の時だった。兄の真似事で馬に乗り野を駆け回り、領地の川で泳ぎ、釣り糸を垂れて魚を釣る。お転婆娘は封印せざるを得なくなった。
婚約者候補の期間はたった1年。独りぼっちになった王子妃教育。望まぬ婚約者となり13年。足かけ14年をかけて今日に至る。

エンヴィー・スミルナ侯爵令嬢はカーメリアが婚約者となるまでは婚約者候補の1人だった。当時婚約者候補は8名いたが、始まった王子妃教育の初期段階でエンヴィーは真っ先に脱落したのだ。

――厳しすぎて、病弱な自分はついていけない――

それがエンヴィーが降りた理由。
次々に脱落し、期間が1年の王子妃教育の初級を終えたのはカーメリアを含めたった3人。しかしカーメリア以外の2人はそこから始まる中級編と学園初等科への入学での勉学はとても両立できないと辞退を申し入れた。
脱落したエンヴィー以外の令嬢が不出来だったわけではない。また自家でのマナー教育も始まっていない3歳になりたての令嬢には無理だっただけだ。数合わせで集められたのだから致し方ない。

カーメリア自身も辞退を申し入れたが、そうなれば誰一人として残らない。その上公爵家令嬢であるカーメリアはその爵位からも下りる事が出来なかった。


結局1人しかいないため必然的にカーメリアが婚約者となった。
恋をして愛を育んで結ばれるわけではないが、厳しくなった中級からの王子妃教育に加え、学園での活動。カーメリアとイデオットはお互いを励まし合いそれを乗り越えてきた。

イデオットは学園生活の中で、側近が付いた。国王となればイデオットを支える3本柱となる側近である。そしてエンヴィーと共にイデオットは学園生活を満喫した。

対してカーメリアは王太子妃教育に進み、級友との関係を深める時間もなく教育に追われ、空いた時間は生徒会活動に諸外国の要人の夫人を迎えての茶会、夜会ではイデオットのサポートと【次の王妃】としてどうあるべきかを前提に動かねばならなかった。
声をあげて笑う事も、怒りや悲しみの感情も表に出す事を禁じられ、その様子は逐一付けられた影から国王夫妻に報告をされた。息が出来るのは公爵家の自分の部屋だけだった。


「貴女が次期王妃であれば何の憂いもない」

諸外国の大使らからもそう言われてもう数年が過ぎ、王太子妃が行うと言われる執務を特例でこなしていく日々。学園を卒業してからは成婚の日が迫る。



ツツジの花に囲まれた微笑ましい2人を視界から外し、また長い廊下を歩き始めた。
王宮に用意された【王太子妃用】の部屋がカーメリアに割り当てられた部屋である。そこで執務をこなしながら講師が来るまでの時間を潰すのだ。


「今日も多いですねぇ」

ため息交じりに机に積まれた書類の箱の数を数える侍女を苦笑する。
ここ半年は特に量が増えた気がする。

決裁印を押すだけが仕事ではない。内容を精査し【通過】【差戻し】【却下】に分けていくのだ。勿論ただ分ければ良いのではなく、差戻しや却下となった分には理由もつけなければならない。
通過となった物は【王太子】に回ると聞いている。

講師が来るまで2時間程しかないと時計を見てカーメリアは椅子に腰を下ろしながら書類を手に取り、落ち着く間もなく書類に指を走らせ区分けしていく。

全てが終わって当たり前、残ってしまえば能力不足と言われる執務が一息つくと侍女がお茶を淹れて差し出してくれる。講師が来るまで間もなくだ。


――殿下は何時、執務をしているのかしら――


窓からは見下ろす形になるが中庭が見える。

眼下の茶会はまだ続いていた。
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