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幼い兄妹の取捨選択
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木船を漕ぎ、考え事をしながらだったからかエドガルドからの荷は水にあまり濡れてはいなかった。下流から上流に遡上したヴァレリオが辺境にある源流が流れ込む支流に到着をしたのは王都を経って16日後だった。
その間にもそれぞれの思惑は動き出していた。
レアンドロとロザリーは処刑をされ、その首はハルメル王国の国教に従い、「悪魔が去る」と言われる13日間、民衆が何時でも見られる場所に晒される。斬首刑と言う残酷な処刑に暴徒化する寸前だった民衆の溜飲はいったん下がり騒ぎも沈静化を見せ始めた。
民衆には王族の顔など早々に見分けは付かないが、着ている物や体つきで「身分のある者」だと区分をする。ロザリーは豪奢なドレスを見に纏ったまま処刑をされている。勿論髪飾りなどもつけたまま。
戦時中も厳しい生活を耐えて来て、それ以上に食べる事に困れば、かの日、従者のアデルが言ったように人は人でなくなる。「諸悪の根源を絶てた」それだけでは満足しない魑魅魍魎達にエドガルドは「自分たちを見下ろしていた王太子」そして「散財をしていた王太子妃」という付加価値をつけた事で、多くの民衆にさらに大きな優越感を与えた。
エドガルドの思惑通り民衆は「身分があれば誰でも」良かったのだ。
遠目に見るからという事もあるが、自分たちとはまるで違う「肉を皮で包んだ」ような体の持ち主で、その体にしかフィットしない豪奢な服を身にまとい、宝飾品をキラキラさせて、最後まで喚いてくれる者なら娼婦紛いが王太子妃と入れ替わっていても関係がない。
ヴァレリオが辺境に経ち、エドガルドは処刑の官吏の仕事ぶりを静かに眺める。
「兄ちゃん!こっちにもあるよ!ほらぁ!キラキラァ!!」
エドガルドは可愛い声のする方向に目を向けた。
水洗いされたテーブルの下に小さな体をより小さくして地面に落ちた「キラキラ」を探す女児。
「そんなの買い取り屋も買い取ってくれないから捨てろって」
「やだぁ。これで女将さんごっこするんだもん。兄ちゃんも拾ってぇ」
「仕方ないなぁ。手に持てるだけだぞ」
兄妹が拾っているのはロザリーが身に着けていたネックレスの欠片である。
エドガルドはその姿を見て幼い日を思い出した。
「お兄様ぁ。アベラルド様ぁ!手伝ってくださいませぇ」
幼いステファニアがエプロンドレスの裾を指でつまんで庭でドングリや松ぼっくりを拾い集めていたのだが、まだ当時は生きていた母が「汚い」とステファニアの手を裾から外させる。
ゴロゴロと転がっていく木の実。
まもなく4歳の誕生日を迎えるステファニアにはまだ「自我」があった。
手伝ってくれと言うステファニアがしゃがんで木の実を拾いだした。
――私は、その時‥‥――
フッとエドガルドは笑った。
「仕方ないな」とアベラルドと声が重なった。それが妙に気持ち悪くてアベラルドの方を見る。
【あんなものを与えるくらい侯爵家は困窮してるとかないよね。生涯の伴侶の実家となるんだから宝石とゴミの区別はしっかりさせてよ。僕が恥ずかしい思いをするじゃないか】
エドガルドは【全部は無理だが幾つか拾うのを手伝うか】と言おうとした。
しかし、アベラルドの言葉に自分の言葉を飲み込んだ。
わずか5歳の時だ。年下でも、身分は絶対だった。
『どうして?木の実いっぱいで可愛いのに』
『まぁ!虫もいるじゃない!あっちに行って頂戴っ』
『虫さんはあとで逃がしてあげれば――』
『最初からそんなもの拾わなければよいだけです!全く、貴女と言う子は!』
目に涙が溢れて零れそうになり乍らも問うステファニアに母が言った。
『貴女が可愛いと思うかではなく、それが殿下に必要かどうかが全てなのです。つまらない事をして指先を痛めたらどうするのです?ダンスの練習で殿下に傷だらけの指で不快感を与える気なの?いい加減に自覚を持ちなさい。今日と明日は食事は抜きです』
『はい‥‥お母様…』
アベラルドは母の言葉を褒めた。いや、当然だと言った。
ステファニアの立場になって言葉を代弁する大人は一人もいなかった。
大人ではないエドガルドはもステファニアを庇う事はしなかった。
――あの時、一緒に拾っていれば何か変わったのだろうか――
成長したステファニアをエドガルドは誇らしく思っていた。
何処に出しても恥ずかしくない淑女と言われ、夫に全てを捧げる献身的な妻の見本となると誉めそやされた。言い争う事もなくいつも寄り添っている妹と第二王子は仲睦まじいと誰もがそう言った。
いつしか妹は何も言わなくなった事に気が付かない振りをして。
レアンドロとの結婚が決まった時、何故自分はあんな事を聞いたのか今でも判らない。レオポルドに頼んだところで国策なのだから覆るはずも無い事はよく判っていた。
――無意味な事はしない主義だったのに、どうしてだろう――
エドガルドは目の前の幼い兄妹を眺めた。
~★~
「どうしても嫌なら、私が陛下に頼んでみるがどうする?」
ステファニアはフルフルと小さく首を横に振った。
「無理をして笑うな。辛いときは辛いと言っていい」
ステファニアは「辛くない」と身振り手振りで告げた。
~★~
ステファニアから聞き出すアベラルドの毎日の様子をレオポルドに報告をする。
エドガルドはステファニアにしか見せないアベラルドの情報をレオポルドに無償で提供する事で今の地位を手に入れた。あの時、レオポルドに『考え直してほしい』と言ったところで何も変わらなかっただろうし、頼んでみるとは言ったものの、本当に頼んだかどうかも分からない。
レオポルドもエドガルド自身も「無駄」の為に時間を割くことはない。
妹を使って出世する事に迷いがなかったかと言えば違う。
どこか考えることはあったのだ。だが、迷ったままで今に至った。
今もまた、レオポルドに指示をされてファッジン辺境伯を呼びつけてハルメル王国を訪れた。
ヴァレリオが言った通りなのだ。こんな回りくどい事をしなくても国王の容態は手に取るようにわかっていた。放っておいても来年、いや半年後には「いつの間にか」領土の一部に出来ただろう。
エドガルドも解っていはいるのだ。なんだかんだ理由をつけてレアンドロとロザリーを処刑したけれど、この処刑に意味がなかった事を。
今は溜飲を下げている民衆が処刑の日を忘れるまでの時間も、仮に投獄をして情報を遮断しただけで民衆が彼らを忘れる時間も大差ない事を。
「無駄な事はしない」レオポルドとエドガルド。
エドガルドは、何故レオポルドが「無駄」「無意味」を指示したのかが未だに分からなかった。
「兄ちゃん!その鎖は要らないってば!」
「水で洗えばキラキラするかも知れないだろ」
「アタシはこの粒のキラキラが欲しいのっ!」
「もしかしたらあって良かったと思うかも知れないだろ」
「そっか、その時要らなかったら棄てればいいんだ」
「そう言う事だ。おっ!向こうにも何か光ったぞ。行ってみよう」
「うんっ」
幼い兄妹にはその宝飾品がどんな経緯でここにあるのかは関係ない。
妹が欲しがったから、兄は手伝っている。それだけだ。
いらないものは棄てる。幼い女児の言葉にエドガルドは驚愕した。
エドガルドにはない答え、幼いステファニアが言った事と同じだった。
要らないかも知れないが、一旦手にしてから取捨選択をする選択。
考えもしなかった考えにエドガルドは声をあげて笑った。
その間にもそれぞれの思惑は動き出していた。
レアンドロとロザリーは処刑をされ、その首はハルメル王国の国教に従い、「悪魔が去る」と言われる13日間、民衆が何時でも見られる場所に晒される。斬首刑と言う残酷な処刑に暴徒化する寸前だった民衆の溜飲はいったん下がり騒ぎも沈静化を見せ始めた。
民衆には王族の顔など早々に見分けは付かないが、着ている物や体つきで「身分のある者」だと区分をする。ロザリーは豪奢なドレスを見に纏ったまま処刑をされている。勿論髪飾りなどもつけたまま。
戦時中も厳しい生活を耐えて来て、それ以上に食べる事に困れば、かの日、従者のアデルが言ったように人は人でなくなる。「諸悪の根源を絶てた」それだけでは満足しない魑魅魍魎達にエドガルドは「自分たちを見下ろしていた王太子」そして「散財をしていた王太子妃」という付加価値をつけた事で、多くの民衆にさらに大きな優越感を与えた。
エドガルドの思惑通り民衆は「身分があれば誰でも」良かったのだ。
遠目に見るからという事もあるが、自分たちとはまるで違う「肉を皮で包んだ」ような体の持ち主で、その体にしかフィットしない豪奢な服を身にまとい、宝飾品をキラキラさせて、最後まで喚いてくれる者なら娼婦紛いが王太子妃と入れ替わっていても関係がない。
ヴァレリオが辺境に経ち、エドガルドは処刑の官吏の仕事ぶりを静かに眺める。
「兄ちゃん!こっちにもあるよ!ほらぁ!キラキラァ!!」
エドガルドは可愛い声のする方向に目を向けた。
水洗いされたテーブルの下に小さな体をより小さくして地面に落ちた「キラキラ」を探す女児。
「そんなの買い取り屋も買い取ってくれないから捨てろって」
「やだぁ。これで女将さんごっこするんだもん。兄ちゃんも拾ってぇ」
「仕方ないなぁ。手に持てるだけだぞ」
兄妹が拾っているのはロザリーが身に着けていたネックレスの欠片である。
エドガルドはその姿を見て幼い日を思い出した。
「お兄様ぁ。アベラルド様ぁ!手伝ってくださいませぇ」
幼いステファニアがエプロンドレスの裾を指でつまんで庭でドングリや松ぼっくりを拾い集めていたのだが、まだ当時は生きていた母が「汚い」とステファニアの手を裾から外させる。
ゴロゴロと転がっていく木の実。
まもなく4歳の誕生日を迎えるステファニアにはまだ「自我」があった。
手伝ってくれと言うステファニアがしゃがんで木の実を拾いだした。
――私は、その時‥‥――
フッとエドガルドは笑った。
「仕方ないな」とアベラルドと声が重なった。それが妙に気持ち悪くてアベラルドの方を見る。
【あんなものを与えるくらい侯爵家は困窮してるとかないよね。生涯の伴侶の実家となるんだから宝石とゴミの区別はしっかりさせてよ。僕が恥ずかしい思いをするじゃないか】
エドガルドは【全部は無理だが幾つか拾うのを手伝うか】と言おうとした。
しかし、アベラルドの言葉に自分の言葉を飲み込んだ。
わずか5歳の時だ。年下でも、身分は絶対だった。
『どうして?木の実いっぱいで可愛いのに』
『まぁ!虫もいるじゃない!あっちに行って頂戴っ』
『虫さんはあとで逃がしてあげれば――』
『最初からそんなもの拾わなければよいだけです!全く、貴女と言う子は!』
目に涙が溢れて零れそうになり乍らも問うステファニアに母が言った。
『貴女が可愛いと思うかではなく、それが殿下に必要かどうかが全てなのです。つまらない事をして指先を痛めたらどうするのです?ダンスの練習で殿下に傷だらけの指で不快感を与える気なの?いい加減に自覚を持ちなさい。今日と明日は食事は抜きです』
『はい‥‥お母様…』
アベラルドは母の言葉を褒めた。いや、当然だと言った。
ステファニアの立場になって言葉を代弁する大人は一人もいなかった。
大人ではないエドガルドはもステファニアを庇う事はしなかった。
――あの時、一緒に拾っていれば何か変わったのだろうか――
成長したステファニアをエドガルドは誇らしく思っていた。
何処に出しても恥ずかしくない淑女と言われ、夫に全てを捧げる献身的な妻の見本となると誉めそやされた。言い争う事もなくいつも寄り添っている妹と第二王子は仲睦まじいと誰もがそう言った。
いつしか妹は何も言わなくなった事に気が付かない振りをして。
レアンドロとの結婚が決まった時、何故自分はあんな事を聞いたのか今でも判らない。レオポルドに頼んだところで国策なのだから覆るはずも無い事はよく判っていた。
――無意味な事はしない主義だったのに、どうしてだろう――
エドガルドは目の前の幼い兄妹を眺めた。
~★~
「どうしても嫌なら、私が陛下に頼んでみるがどうする?」
ステファニアはフルフルと小さく首を横に振った。
「無理をして笑うな。辛いときは辛いと言っていい」
ステファニアは「辛くない」と身振り手振りで告げた。
~★~
ステファニアから聞き出すアベラルドの毎日の様子をレオポルドに報告をする。
エドガルドはステファニアにしか見せないアベラルドの情報をレオポルドに無償で提供する事で今の地位を手に入れた。あの時、レオポルドに『考え直してほしい』と言ったところで何も変わらなかっただろうし、頼んでみるとは言ったものの、本当に頼んだかどうかも分からない。
レオポルドもエドガルド自身も「無駄」の為に時間を割くことはない。
妹を使って出世する事に迷いがなかったかと言えば違う。
どこか考えることはあったのだ。だが、迷ったままで今に至った。
今もまた、レオポルドに指示をされてファッジン辺境伯を呼びつけてハルメル王国を訪れた。
ヴァレリオが言った通りなのだ。こんな回りくどい事をしなくても国王の容態は手に取るようにわかっていた。放っておいても来年、いや半年後には「いつの間にか」領土の一部に出来ただろう。
エドガルドも解っていはいるのだ。なんだかんだ理由をつけてレアンドロとロザリーを処刑したけれど、この処刑に意味がなかった事を。
今は溜飲を下げている民衆が処刑の日を忘れるまでの時間も、仮に投獄をして情報を遮断しただけで民衆が彼らを忘れる時間も大差ない事を。
「無駄な事はしない」レオポルドとエドガルド。
エドガルドは、何故レオポルドが「無駄」「無意味」を指示したのかが未だに分からなかった。
「兄ちゃん!その鎖は要らないってば!」
「水で洗えばキラキラするかも知れないだろ」
「アタシはこの粒のキラキラが欲しいのっ!」
「もしかしたらあって良かったと思うかも知れないだろ」
「そっか、その時要らなかったら棄てればいいんだ」
「そう言う事だ。おっ!向こうにも何か光ったぞ。行ってみよう」
「うんっ」
幼い兄妹にはその宝飾品がどんな経緯でここにあるのかは関係ない。
妹が欲しがったから、兄は手伝っている。それだけだ。
いらないものは棄てる。幼い女児の言葉にエドガルドは驚愕した。
エドガルドにはない答え、幼いステファニアが言った事と同じだった。
要らないかも知れないが、一旦手にしてから取捨選択をする選択。
考えもしなかった考えにエドガルドは声をあげて笑った。
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