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カルロの背中

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重苦しい雰囲気が漂う執務室。

「この調査結果は本当なのか?」
「間違いない」
「はぁ~‥‥終わったな」
「ラルド、簡単に片づけるな。間違いなくお前を嵌めに来てる。用心してくれ」
「判っている」


レオポルドが国王を、父を亡き者にしようとしている。
その事実はアベラルドにレオポルドの闇の部分を突きつけた。カルロの報告書は憶測は記載しない。なのでカルロは口頭で「俺の私見だが」と前置きをした。

「陛下はお前に嫉妬している」
「は?嫉妬って…俺は玉座を望んだ事もないし、早いうちから臣籍降下をして臣下として兄上を支えると明言してあるんだぞ。即位する時も相談はされたが支えると即答したんだぞ?」
「それだよ。陛下はそれが嫌だったんじゃないかと俺は!考えてる」

アベラルドは心のどこかで「もしかすると」と思っていた気持ちがあった。

「そう言う事か…」小さな呟きが零れた。




カルロから見て、レオポルドとアベラルドは母親こそ違うが幼少期、能力に大きく差はなかった。
出来て当たり前の世界に生まれた子供の宿命のようなもので、言い訳出来ない立場にいる2人はお互いコツコツと他人に見えない所で努力をした。

他者がアベラルドのほうが上だと匂わせる発言をしたのは「母親」の存在だろう。
アベラルドの母は「正妃」、レオポルドの母は「公妃」ほぼ互角の2人に優越をつけるとすれば母親の立ち位置としたほうが「失敗不敬」になる可能性が少ない。

カルロも弟がいる。カルロはどんなに頑張っても弟の「要領の良さ」には敵わなかった。
それはそうだ。カルロが叱られているのを見て同じ轍は踏まない。挨拶などするのも年齢順。迷った時はカルロ頼みである。カルロが間違えば別の方法、褒められれば同じようにすればいいのだ。
レオポルドとは逆で「弟さんは出来るのに」と影で囁かれたカルロ。

カルロも少なからず弟を妬んだ事があった。だがマリエルに諭されたのだ。

「真似は真似にしかならないの。真似する事で褒められるけど、そこが頂上だから頭打ち。でもカルロは違うでしょう?真似じゃなく本物オリジナルだもの。伸びしろは青天井って事よ」

「そんなものかな」

「そりゃそうよ、二番、三番は一番に敵わないから後ろにいるの。本物オリジナルを超える複製コピーはないし‥‥なにより外野がどうのこうのって声は放っておけばいいわ。本物オリジナルが生み出せない複製コピー以下の劣化版の妬みだもの。他人の出来を見て批判しか出来ない御不浄の落書きだと思って忘れちゃいなさいな。一番先頭で努力するものを揶揄する事しか出来ない者の噂話に悩む必要なんてないの。文句があるならまともな神経してるものは直接面と向かって言ってくるもの。影でコソコソする卑怯者の看板すら劣化版になってる者達なんて気にしない!気にしない!」


カルロにはマリエルがいて、心の拠り所だった。
アベラルドもステファニアがいた頃、精力的に公務に勤しんでいたのは上手く調和がとれていたのだろうし、外野の声をステファニアが聞かせないようにしていたのかも知れない。

そして、アベラルドは全ての声も手も…はね付けた。

今やっと、はっきりと聞こえなかった声が、聞き取れるまでになった。






アベラルドが依頼し、カルロから齎された調査の結果だ。信憑性など考えるまでもない。
カルロの家、コッテオ伯爵家が生業とする仕事は公にはされていない。
依頼人に売るのは情報。どうやってそんな情報を?と聞いても「企業秘密♡」と教えてはくれないが、わからないのは「口にしない記憶」くらいだとも言われている。

言葉にしたり、書面で残してしまったものは大声で叫んだり、掲示板に貼られているのと大差ない。

ただ、安易にカルロの家、コッテオ伯爵家に仕事を依頼できるものではない。
飼い犬の名前を知る程度なら子供の駄賃で依頼は出来るだろうか、対象者の立場や何を知りたいかとなれば金額は右肩上がりどころではなくほぼ垂直に上がっていく。

相手は国王レオポルド。そして調査の範囲は「丸裸」となれば数年分の国家予算に匹敵する。
調査した事が明るみに出れば。カルロは始末される。

レオポルドにではなく、コッテオ伯爵家に。

無償の奉仕が悪いわけではないし、「商売道具」だからではない。
代金の回収が出来ないからカルロが制裁を受けるのではない。

情報は人によっては喉から出が出るほど欲しいもの。
何をしてでも隠したいものだから、猶更欲しくなるものなのだ。
コッテオ伯爵家は「掟」を破った者には甘くない。
年齢や性別も関係ない。たとえそれが嫡男であろうと当主であろうと。

「マリエルと子供にはもう別れを告げてある。実家に戻ってもらったし不動産はどうにもならないが、渡せるだけの動産は渡してある」

数か月前に父親になったカルロ。子供はまだ妻マリエルの腹の中にいる。
アベラルドは断腸の思いで頼むと頭を下げ、カルロは己がどうなるかを判った上で「何とかする」と言った。

コッテオ伯爵家が知らぬはずがない。
アベラルドは今、目の前にカルロがいる事が奇跡だと心から感謝した。
コッテオ伯爵の思惑は読めない。読めないがコッテオ伯爵も「人」であり「父親」だったのだろう。それが無ければカルロは川の底で石を抱いているか、地中深くで虫に囲まれている。


「カルロ、すまない」
「気にするな。主である前に親友だ。あの日‥‥酷い事を言った詫びのようなものだ」
「詫び?そんな事をしたか?された覚えが…」

「したんだ。お前に諦めろと言った。相手は隣国の王太子、お前はこの国の第二王子。終わったばかりの戦がまた起こるかもしれないと思ったんだ」

「お前の考えくらい判ってるさ。俺のどうでもいい面子を守ってくれたんだ。こちらこそ…詫びねばならんな。面倒な面子を持って生まれてしまったものだ」

「ラルド、面子とは面倒なものだ。立場があればあるほど、掃いて棄てる程度のものなのに必死で取り繕い、バカにされれば殺し合いになる。民衆はいい迷惑だ。他人様の面子の為に最前線で盾代わりになって死んでいくんだから。ウチだって似たようなモノ。もうすぐ世界は変わる。情報の在り方が変わる時代がそこに来ているのに、昔ながらの面子に拘って…縛られて藻掻いてる。アハハ」

「そうだな…面子などくだらないものと判っていても捨てる事を許されない。あの30年戦争だって元を辿ればお互いの先王の見栄が原因。長くなりすぎて途中からはお互いが理由を探していたくらいだ。その間にも徴兵した民衆は死んでいると言うのに」

「たかが女一人と言う者もいるだろうが、話はそんなに簡単な物ではない。『ならいらない』と向こうが良い出せば敗戦国の分際でとなり、お前が掻っ攫ってしまえば笑い者になる。第二王子を笑われれば理由の如何に問わず王家の面子を保つにはどうなるか。本当の笑い者になるのはお前でも陛下でもない。民衆なのにな。まぁ‥‥レオポルド殿下はその大義名分が欲しかったのかも知れないが」


アベラルドがテーブルの上に置いた調査票に手を置き、ちらりと見やるとカルロは小さく頷き、アベラルドの肩に力強く手を置いた。

「おいおい、男同士で抱擁する気はないぞ。涙ウルウルなんてやめてくれ」
「グッ…お前もだろうがっ。あぁっもうっ!心配すんなって!王子の癖に肝っ玉も別の玉も小せぇな!」
「見た事ないだろうが!」
「推測だ。親友割引をした大きさで想像してある」
「そこは割り増しにしてくれ。沽券にかかわる」

冗談を言って敢えて空気を換えようとするカルロの心遣いにアベラルドは目に溜った涙を吸い込むように、鼻から大きく、長く息を吸い込んだ。
カルロの目も、薄く水が張ったようにうるうると揺らめいていた。

一呼吸置いた後、カルロの手がアベラルドの胸を叩いた。

お互いが利き手の拳で、握った指を合わせ、次に腕をクロスさせるように合わせる。
パンっと音をさせてお互いの手のひらを合わせて滑らせるように指を抜き、最後にもう一度グータッチ。

「っし。行くかぁ」

カルロはくるりと踵を返すと片手を上げて部屋から出て行った。アベラルドはその背を見送る。アベラルドの顎を伝ってぽたりと床に一滴の雫が落ちた。
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