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ファッジン辺境伯一行の王都入り

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ファミル王国の王都は活気に満ち溢れていた。

明らかに場違いななりをしたファッジン辺境伯一行の7人だが彼らを振り返るものは誰もいない。馬車から降りもしない貴族もいれば、昼間から娼婦のような女性をぶら下げた男、物乞いをする女、最先端の装いで闊歩する者もいれば、襤褸を纏い素足でゴミを拾い歩く者もいる。
戦勝国とは言え、大通りは例えるなら闇鍋状態だ。

クマやシカの毛皮で作った防寒着を兼ねた外套は街外れの預かり所に置いており、7人は旧ハルメル王国から支給された隊服を身に纏っている。
自国の隊服でない事は一目でわかっても、一般庶民は着の身着のままの者が多いのか、古着を着回すため似たような隊服も出回っていて珍しいものではないのかも知れない。


誰も振り返りもしなかったが、流石に王城の表門では兵士に制止された。

「お前達、ここから先は立ち入り禁止だ」

あっという間に数人の兵士が集まってきて、長槍を交差させて一行を通すまじと身を盾に遮った。

「我々は、ファミル王国の国王レオポルド陛下の呼び出しに応じて参った。名をバルトロ・ファッジン、こちらは現辺境伯となったヴァレリオ・ファッジン。他の5名は私の腹心の部下。確認をして頂きたい」

ファッジンという名に、憧れを抱く兵士がわらわらと集まって来る。
その中の数名は、バルトロやヴァレリオの顔を見知っていたようで、涙を流し恍惚とした表情で祈るかのように目の前に膝をついた。

「死ぬまでに一度でいいのでご尊顔をと願っておりました」

――やめてくれ。俺、まだ死んでねぇ――

一番人気はバルトロだったが、確認をするまでもない。兵士たちは「英雄」は嘘を吐かないとバルトロ達を通した。


「こんなユルユルでいいんですかね?」
「これが平和ボケというのか、戦勝国の余裕ってやつじゃないか」

案内をされたのは良いのだが、通された部屋に一同はそれぞれを見やった。
余りにも見合わない、薄汚れた服装に声をあげ大口を開けて大笑いした。

到着の日を知らせなかったのは意図的である。
バルトロもヴァレリオも「知らせていない」のは、こちらの動きをどれだけレオポルドが把握しているかを確認したかったためでもある。

王都周辺の街に2日滞在し、国王直属の兵団に動きがあると忍ばせた間者から報告を受け、対応策を打ってから王都入りしたのだ。

「ドンパチする前が一番面白いっスね」

5人連れてきた部下の1人は王都入りをせずに辺境に引き返した。




案の定、当日はレオポルドの時間が取れないと部屋で寛いでいた時の事だった。
知らない場所は例え王宮であろうと気が休まる場ではない。
バルトロに与えられた部屋に6人は集まり、兵士達からの「差し入れ」のワインのコルクを抜いた。

「メッチャ良い酒なんじゃないか?」
「飲む前に…」

ごそごそと全員が胸ポケットなどから「毒味草」の葉を取り出した。
植物の毒、キノコなど菌類の毒、魚類の毒、爬虫類の毒等であれば葉の色が変わる。一度使っても反応が無ければ別の液体に浸せばまた使える「毒味草」を7人は差し入れられたワインを少し垂らして確認をした。

「毒なしだな」
「やった!いっただっきマスッ」

グラスなどに注ぐような洒落た場ではない。ワインのボトルをそれぞれ口に咥える。つまみにと辺境から持ってきたチーズや干し肉を齧る。

「兵長、新妻に土産、先に買っておいて良かったですね」

部下が指差した荷物の袋には、番の木彫り熊の置き物が入っている。
バルトロは少しはにかんだ笑いを浮かべて、照れ隠しなのかワインを喉に流し込んだ。



カタン…カタタン…

「・・・・・」

お互いが顔を見合わせ、ボトルを口から放すと剣に手をかけた。
6人が静かになれば音もしなくなる。ヴァレリオは立ち上がり周囲を見回した。

じいぃッと右から左、振り向いて右から左。ゆっくりと神経を研ぎ澄ませカチャリと剣を握り直すと続きの間、同行の部下の1人があてがわれた部屋に通じる扉の横の壁の前に立った。

壁を撫でるように手のひらで感触を確かめつつ、指先でコツコツと壁を叩いた。

「ここだな。出て来いよ。出てこないなら串刺しゲームの始まりだ」


ヴァレリオの声にしばしの間、部屋が静まり返った。
剣を鞘からはずす留め具のパチンと言う音が聞こえると、静かに壁が動いた。

ゴロロロ…。

引き戸になっていた壁に人ひとりが通れる空間が現れた。
そこにいたのはカルロ。
カルロは敵意はないと両手を軽く上げ、一歩前に出て部屋の中に入った。

静かにカルロはその場に片膝をついた。

「このような場より宴に水を差した事、お詫び申し上げます。ファッジン辺境伯。バルトロ殿、ヴァレリオ殿。そしてバルトロ殿の直属将官殿とお見受けする。私はアベラルド第二王子殿下の側近を務めさせていただいているカルロと申します」

「難しい事はどうでもいい。酒が飲みたかったのか?」

バコッ! 

「痛ってぇ…何しやがんだ、くそオヤジ」
「オヤジではない。先月初孫が生まれたからな。じぃじだ。それはいい。お前ちょっとこっち来い」

バルトロの部下に首の後ろを抓まれて引っ張られるヴァレリオ。
その間にカルロは別の部下にバルトロの向かいのソファを勧められた。

「バカなので気にしないでください。で?面倒は省略しましょう。用件は何です?」

バルトロの部下はもうソファには腰を下ろしていない。ワインを片付けテーブルの上を平らにするとバルトロの後ろに、腕を後ろに回して仁王立ちとなる。それだけで威圧感は半端なく、見えない圧力にカルロは喉が潰れたかのような掠れた声を出した。

「お心遣い感謝する。結論から申しますとアベラルド殿下を国王としたい。現国王レオポルドの悪行を暴き、国が正しい方向を向く手助けをお願いしたい」

「そう言われ―――『アベラルドだってぇぇ?』」

声を被せてきたヴァレリオにバルトロは「あのバカ」と呟き額を押さえた。
ズンズンと歩いてきたヴァレリオはアベラルドの隣、ソファのひじ掛けに腰を下ろす。

「って事は、スティを捨てたって王子様か」

カルロはヴァレリオを睨みつけた。

「捨てたのではなく謀られたのだ。それからスティと馴れ馴れしく殿下の婚約者の名を口に――ウグッ」

ヴァレリオはカルロの胸ぐらを胸ぐらを掴みあげた。
腕力の差だろうか。カルロは持ち上がり、つま先が床から離れる。

「俺はスティの夫だ。婚約者?寝言言ってんじゃねぇぞ、ゴラァ」
「何をっ貴様ぁ」
「このガキが!やんのか?一撃で終わらせてやんよ」
「リオ。手を離せ!話の途中だ」
「俺も話の途中なんだよ!邪魔すんなジジィ」
「リオ、もう一度言うぞ。話の途中だ」
「ケッ!はいはい、わかりましたよー」

ヴァレリオがカルロの胸ぐらを掴んだ手を今度は押す。
ボスンと音を立ててカルロの体はソファに預けられた。
カルロは、小さく舌打ちをして再度腰を下ろした。

「ステファニアの事は後でよろしいですかな?それとも先に?」

バルトロの問いにカルロは襟元を直しながら謝罪をした。

「お見苦しい所をお見せしました。申し訳ございません。先に私の話を聞いて頂けますか」

ヴァレリオを隣に引っ張り込んで座らせたバルトロは「どうぞ」と声を発した。
ヴァレリオはプイっとそっぽを向いてカルロの話に耳だけを傾けた。
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