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28:王都に流れる妙な噂

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アフロディルテのめいを受け一足先に王都にやって来た執事モルツ。

国王への謁見はアフロディルテが到着をしてからとなるが、使用人総出で作成したブ厚い資料を持って先に「新規事業受付」と「災害対策局」にやって来た。

第一関門を通過すれば認可され、国から補助金が交付される確率は70%になる。
関門はその後4つあるが後半の宰相認可、国王認可はほぼ通過と考えて良いとアフロディルテは言っていた。問題は第一関門を突破できるか。突破できれば先ず補助金の一部が「調査費」として交付される。

第二関門、第三関門はその「調査」によって通過するのだが、役人を領に来させる事が出来れば決壊寸前の「詰め物」を見せるだけでクリアできる。
それだけ切羽詰まった状況にあったともいえる。

書類を出すのはいいが、安宿にしか宿泊できない。しかも宿泊費は2週間の滞在なのに4日分しかない。懐事情を考えアフロディルテは「ここに泊まりなさい」と手紙を書いてくれた。

予算削減の為、アフロディルテが指定した場所。間違いじゃないか?と高い塀を横目に見ながら屋敷の周りを一行は何周もした。

「あの…フィクリス様のお屋敷ってどこですか?」

間違いであってくれと思いながら、門番に声を掛けたモルツ。
門番は首を傾げながら「ここですが?」と返事を返した。

――やっぱり――

冷や汗が流れる。同姓同名であってほしいと心のどこかで思っていたのだが、期待は砕けた。滞在する2週間。モルツは自分だけではなく共にやって来た領民の精神上の健康を憂いた。

フィクリス・ルースノー・フロムティ。
フロムティ王国の第一王子であり王太子。
次期国王の宮である。平民がおいそれと門を潜れる場所ではない。

「両陛下、頑張ったな~」と民からも言われてはいるが末妹のアフロディルテとは18歳の年の差がある。アフロディルテを連れ出し、2つの無条件降伏の内1つを調印させたフィクリス。

「お兄様には貸しがあるから大丈夫」と簡単に言ったアフロディルテだがモルツは冷や汗が止まらない。ブルブルに震えながら屋敷の中に入るとそこは異世界かと思うくらい花が咲き乱れていた。

――無理を言っても旦那様にご実家に融通利かせて貰う方が――

そう進言した方が良かったかも知れないと今更ながらの後悔の嵐。
だが、あるじであるルシードよりも腰が低く、気さくな王太子フィクリスにモルツは顎が外れそうになった。

「疲れただろう。自分の家だと思ってゆっくりしてくれ。手狭に感じたら遠慮なく言ってくれ。直ぐに用意させる。それはそうとアリーが迷惑をかけていないか?」

「とんでも御座いません。奥方様には大変なご迷惑をおかけしているばかりか毎日領地を駆けまわりご尽力頂いております」

「迷惑をかけていないか心配だった。昔からお転婆で…ルシード殿も手を焼いているのではと思っていたからな」

――手を焼かせているのは旦那様なので――

本当の事を言っていいのか悪いのか。
「政務があるので」とフィクリスが部屋を出て行くとモルツは先ず心臓が動いているか心配で脈をとったほどだ。

だが、与えられた1部屋。
数軒の家が集まった面積よりも広い部屋である。
あまりに広いと人は落ち着かない。

部屋の隅っこに一塊になっていると、茶菓子を持ってきた侍女が悲鳴を上げた。

「人、一人のスペースがあれば十分です。厩舎でもいいんですけど」

「何を仰るのです。姫様からのお客人なので御座います。この部屋で不十分でしたらもっと広くて良いお部屋をご用意致しますので!」

「まっ。待ってください!ここより広いって?!」

「殿下は皆様に白の離宮を使ってもらうと仰ったのですが、それですと屋敷の端から端に行くだけで4,5時間かかりますので王太子妃殿下がこちらの方が動きやすいだろうと…狭いお部屋となり申し訳ございませんっ!」

「ニャァァ!十分です。はいっ!この広さが丁度ですぅぅ~!!」

色々と心臓に良くないな。モルツ正直な感想である。

屋敷にいても暇だろうと王太子直属の近衛騎士を従えて市井に繰り出すモルツ一行。
自分たちを襲うような奴はいないと固辞したのだが、「王太子殿下から国賓級のもてなしをするようにと」と言われたと告げられ、一行全員が呼吸の仕方を忘れた。

代表であるモルツも身分は平民。なのに護衛をしてくれる近衛騎士は一番下の身分でも侯爵家子息。それを言えばルシードも侯爵家子息と言う分類になるが、騎士の立ち振る舞いに違いを感じる。

――違いが判る男。俺――

金がないモルツは屋台の薄い珈琲だが飲みながら呟いた。


珈琲を飲み終わる頃、領の家族に土産を買いに行った者がモルツに話しかけた。

「モルツさん、変な話を聞いたんですけど」
「変な話?都市伝説というやつか?いや王都伝説?」
「茶化さないでください。それがね…」

話を聞いたモルツはいに流し込み、そろそろ腸にも到達したのでは?と思った珈琲が逆流し胸やけを通り越し、食道が焦げ付いた。

それはあるじルシードには懇意にしている令嬢が居て、その令嬢と月に数回は逢瀬を繰り返しているというもの。不思議な事にルシードが結婚をしたとは誰も思っておらず、間もなくエバンジェ侯爵家はその令嬢の家に「責任をとるため」に結婚の申し入れをするだろう。そんな噂話である。

ただの貴族の子息なら話題にもならないが、15年ほど前とは言えルシードは王都では破落戸と遊びまわったヤサグレの出来損ない子息。人並ならまだしも超が付くほどのブサメン。
美丈夫なら「あ~ね~」っと言い寄るご令嬢から遂に選んだとも言えるが、ルシードの見た目は「毛虫より悍ましい」と言われたほど。

そんなブサメンの中でも頭一つ、いや飛びぬけたブサメンと逢瀬?!
違う意味でセンセーショナルな話題だ。

――だが、責任をとるとなれば――

執事モルツは顎に手を当てて考えた。貴族で言う「責任」つまり未婚の令嬢が「妊娠」した事を示す。

――旦那様と閨を共にするのは奥方様くらいの強心臓でなければ――

そう思ったのだが世間は自分が思ったよりも広大だったのだろうか。
何となくルシードの態度でアフロディルテとは「最終地点」には到達していないのは察していたが、もしやその令嬢と「そういう関係」だからアフロディルテに手を出さないのか?そんな考えも脳裏を過ぎる。

試しに護衛に付いている騎士に問うてみれば、微妙~な反応を示す。
彼らもまたあるじであるフィクリスに真偽を問うて確かめる事は出来ないが、噂は知っているという事だ。

「王太子殿下はこの事をご存じなのですか?」

そう問えば「まだ知らないはずだ」と返ってきた。

噂が流れ始めたのはアフロディルテが領地にやって来た頃。
つまり時間経過からすれば「新鮮な話題」だ。

誰がこんな噂を。そう思いつつもモルツは「本当の夫婦」にはなっていないあるじ夫妻を思い浮かべ食道やけが更に酷くなった。

――旦那様がちゃんと「夫」になっていれば!!――

噂が本当ならルシードの事は世界の誰よりも軽蔑をする。アフロディルテに付いて回った数日。王籍は抜けたとは言え王女として育った人間が平民に頭を下げ、罵倒されても言い返しもしない。それがどれほどの事なのか。

モルツは空になった紙の珈琲カップをグシャリと握り潰した。
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