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シャーロットは落ちていった

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走る荷馬車の荷台から顔を出すと、眩しい光に思わず目を閉じたわ。
しかし、直ぐに「顔を出してはダメだ」との声に荷の間に伏せたの。

荷馬車を走らせるのはブランセ侯爵家の下男をしていた男。
屋敷の牢から助け出されたのもつかの間の糠喜びぬかよろこび。今度は騎士団の牢に入れられた。
そんなわたくしに、この男は毎日のように面会に来てくれたの。

「必ず助けてあげますから。僕を信じてください」





その言葉を信用しようとは思わなかったけれど、差し入れをしてくれる品物のおかげでわたくしは牢の中でも酷い目にあわずに済んだわ。
新入りは先にいる者に「貢物」を持って来るか、差し入れの品を「献上」するかしないと粗末な食事すら横取りされてしまったり、ひたすら肩や背中、足を揉まされたり。
時に鬱憤を晴らすためだけに殴ったり蹴られたりもするの。
女同士で体の奉仕をする者もいるらしいけれど、わたくしの入った房のボスは女には興味がなかった。

入った日は酷く顔を張られたの。だけど翌日その男が来て差し入れを手渡してくれた。
果物とかタバコだったけれど、「タバコは喜ばれるから」と噛みタバコをボスに渡すと、他の女から取り上げた食事だったり、寝る時のシーツがわたくしに与えられたの。
ここでは弱肉強食が当たり前。貴族の世界にも似ているけれど違うのは実質的な力関係。回りくどい事を言うだけで頬を張られ、腹を蹴られてしまうの。

こんな所でよく1か月近くも生きられたのは、蜥蜴のような顔をした下男ビルのおかげ。

「明日、ここから出してあげます」

「ここから?無理よ」

「火事の騒ぎに乗じて、お嬢様をここから逃がします。その後、王都から離れましょう。また捕まってしまいますから」

嘘だと思っていたの。だって火事が起こったのは昼間だったもの。
でもどうしてその日だったのか知ったのは王都の郊外まで逃げた時だったの。

「国王陛下、2人の王子殿下、妃殿下がトマフィー国に出立したので護衛に回る騎士も多かったんです。火を放ったのでここが手薄になる上に牢からも火が出れば囚人は一旦出されますから」

確かに牢からも火が出たけれど、それ以上に王宮のゴミなどを纏めている場所からも火が出ていたの。そちらは燃えるものが多いし、王宮の建物にも近かったから牢番に牢の外に出された時には火が見えたもの。


牢の中なら少人数で分けられていても、一旦出されればごちゃごちゃになる。
当然このチャンスを使って脱走しようとする者も現れるもの。
そんな時、グイっと腕が引かれて連れていかれた先は王宮に食材などを運び入れる荷馬車が集まる場だった。


「お嬢様、窮屈ですがこれに入ってください」


大きな麻袋に入れられて、口を結ぶとビルは袋に入ったわたくしを肩に担ぎ荷馬車に載せたの。馬車が動き出すまで門番の声がしたけれど、怖くて動けなかった。息をするのも我慢したくらい。

しばらく揺られて、馬車が止まってやっと麻袋から出て辺りを見渡すと廃屋になった教会だった。ビルにご褒美をあげないとと思うけれど、わたくしには何もなかった。

体でも要求されるかと思ったら違ったの。


「僕はお嬢様の為なら何でもしますよ。お嬢様の体を?!とんでもない!」

わたくしはその言葉を利用する事にしたわ。

お父様やベッカリーは放っておいても死罪が言い渡される。ルシオンも幾ばくも無い。
わたくしを母とも呼ばないフォースなんてもういらない。

だけど!だけど!こんな屈辱的な思いを受け入れざるを得ないような立場に追い込んだエルシー!お前だけは絶対に許さない。

王弟だってわたくしの美しさには眩暈を覚えるはず。
女なら屋敷に忍び込む事だって男よりは容易に出来るはず。

「ビル…トマフィー国にいるエルシーに復讐したいの。手伝ってくれる?」

「トマフィー…遠いですね。2、3日我慢してくださいね」

そして国境を超えたはずだったの。


「お嬢様、もう麻袋に入らなくてもいいですよ。トマフィーに入りました」


麻袋から抜け出したわたくしは荷台に全身を広げる事が出来たの。
あの日地下牢で誓った思いは忘れていないわ。

生きている事が嬉しいと誰かに思ってもらえる生き方をすると誓ったわたくしはビルに聞いたの。


「ねぇビル。今、嬉しい?」

「勿論。こんな幸せはありません。侯爵家が取り潰しになった後は大変だったんですよ。お嬢様生きてて良かったです。今夜は宿屋に泊まりましょう」


こんなにわたくしの事を思ってくれている者がいたなんて。
宿屋の部屋に入ったわたくしは、久しぶりに湯を浴びて体を洗えたの。
感動に浸るのは束の間だった。


「ありがとう。ビル」

「礼を言うのは僕です。牢に入った貴女が生きていると判った時は飛び上がるほど嬉しかった。こんな大金を手にしたのも全部お嬢様、貴女のおかげです」

「どういうこと?」

「僕はね、侯爵家に来た時、貴女に言われたんです。貧乏人は見るだけで吐き気がするって。でもね僕も思ったんです。見た目だけが美しくて心の醜い貴女を見るだけで吐き気がするって」


ビルの言葉に背中がゾワゾワとした時、部屋に怪しげな男が何人も入って来たの。
よく考えれば解る事だったのに。

下男の貰える給金なんて微々たるもの。
わたくしに毎日のように差し入れしてくれる品はどうやって買っていたの?
こんなに長い間荷馬車を馬ごと誰が貸してくれていたの?

そもそもトマフィーに2、3日で行けるはずがない!


「貴女のような女性を手に入れるのは難しいんです。鼻っ柱に自己顕示欲が強くて、屈する事に慣れていない高位貴族の令嬢はなかなか手に入らなくてね。心折れて懺悔の日々を過ごすと言われたらどうしようかと思いましたが、見当違いの逆恨みをし続けてくれていて助かりました。同じところをグルグル走る間に気づかれやしないかと、ちょっとしたスリルまで味わえました」


ビルは男達から金貨の袋を貰うと、わたくしを振り返りもせずに出て行った。



★:★
「何してんだい!指名が入ってるといっただろう!」

娼館の女将が怒鳴りながらわたくしを客が待つ部屋に追い立てるの。
ここは非合法な娼館。

元々貴族だった令嬢や子息が客の嗜好に合わせて用意をされているの。
滅多にいない高位貴族の令嬢だったわたくしには毎日指名が入る。

ちやほやされるなんて事はない。
屈辱的な事ばかりを要求されてそれに応えなければ鞭で打たれる。

気が済むまで尻を打ち据えるのが今日の客の嗜好。
馬用の鞭は容赦なくわたくしの尻を打つの。



★:★
「大丈夫ですか?」

娼館で生まれた子供たちは生きていくために必死なの。小姓となって娼婦の世話をするの。
鞭で打たれたわたくしの尻にクリームを丁寧に塗り込んでくれる。

「ありがとう…これはお駄賃よ」

客からのチップを貯め込んだ引き出しの中身がわたくしの生命線。
チップが無ければ買い上げられた娼婦、娼夫は食事すらないんだもの。
そこにあった銀貨3枚を渡すと、顔をほころばせて部屋を出ていく。

扉の向こうから聞こえる声。

「いくらもらった?」

「銀貨3枚」

「うわぁ。いいなぁ。かなり貯まったんじゃないのか?」

「まだまだだよ。あのヒトには生きててもらわないと。クリーム塗るだけで稼げるんだよ」

「生きててくれるとヤッタ!って嬉しくなるもんね。次は代わってよ?」


こんなのを望んでた訳じゃなかったのに。
これならルシオンの世話をちゃんとしたほうがずっとマシだった。

何度もここから逃げようとしたけれど無理だった。
夜は客を取らないといけないし、娼館の使用人は明け方まで働いてる。
昼間は破落戸どもが警備をしてる。捕まれば死ぬより辛い目に合う。

「はぁ…」

わたくしは起き上がり、食事を買うために部屋を出たの。

客から貰ったチップが無ければここでは食事すら与えられない。
やっとの思いで買ったパンを抱えて帰りたくもないあの部屋に戻ろうとしていた時、橋の上で酔っ払いとぶつかってよろけたわたくしは、川に落ちてしまった。

誰も助けてくれない。深さはないけれど残飯も汚物も流すような川に嵌った人間を助けてくれるような人はここにはいなかった。

折角塗ってもらったクリームも汚れた体を水で洗い流せば一緒に流れ落ちていく。
流れていく水はさっき嵌った川に戻るだけ。

「ハハハっ…アハハッ…ハハッ」

またクリームを塗ってもらおうと思って部屋に戻ったわたくしは笑うしかなかった。

チップでもらった金を入れていた引き出しの中は空だったんだもの。
痛みを和らげてくれるクリームを塗りたいがためにわたくしは女将に頼んだの。

「チップを弾んでくれるお客・・・回して」
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