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かつての師に叱責される国王

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「これは伯爵、よく参られた。さぁ座ってくれ」

「陛下、わたくしはもう伯爵ではありませんよ。現役を退いてもう40年以上。ただのお節介な年寄りです」

「何を言うか。タンバラー伯爵家あってこその王家だ。今は孫のオルソン卿だったか」

「えぇ。息子も悠々自適な隠居生活15年目で御座います」

「今日はどうされた?」

「えぇ。陛下がどちらの方向を向いているか確かめに参りました」

「参ったな。及第点が頂けるだろうか」


アブレド国の最高位、国王ヴェルハイドの元を訪れたのはエルシーが訪問してチェスの相手をしていたタンバラー元伯爵。現役を引退をして40年以上経った今でも彼を崇拝する者は多く、その前の代から度々陞爵しょうしゃくの打診は来ていたものの首を縦に振らなかった王家の懐刀とも呼ばれる家門を支えた男である。

息子、孫と代替わりしたが、タンバラーと言えばこの男と誰もが真っ先に思い浮かべる。残念なのは彼ほどに息子も孫も発言力がなくなってしまい久しいという事である。


ソファに向かい合い、臣下と言えど彼を師と仰ぐ国王ヴェルハイド。
老いてなお眼光は鋭く、教えを乞うていた頃のように「やり直し」と一刀両断されそうで国王の威厳はどこへやら。姿勢を正し、師の言葉に聞き入った。


「回りくどい事を言って考えさせる時間はもうない。陛下はレオパス子爵家を存じておりますかな」

「レオパス…レオパス…。おそらくは国内にある子爵家かと思いますが、不穏な動きがあるのでしょうか」

「なるほど。陛下、5年前に孫のオルソンが再調査を申請した第三王子殿下の婚約破棄の件を覚えておいでですかな」

「あ!思い出しました。先生。あの投獄をした令嬢がレオパス子爵家の娘でした」

「先生ではない、記録に残る会話は注意せよと何度申し上げた事か」

「す、すみません…つい癖で」


申し訳なさそうに頭を掻き、国王ヴェルハイドは書記官に一部修正を求めた。


「ベルファンと共にブランセ侯爵令嬢を陥れた令嬢で、鞭打ちの刑で釈放をしたはずです。お恥ずかしながらベルファンは事もあろうか他の女と駆け落ちをしてしまい、王家の面目を保つために事後調査は行いませんでした」

「なるほど。ではもう一つ別件をお聞きしたいが、陛下はアブレド国、ルレイザ国、トマフィー国の3つの国に共通する事項を覚えておいでか?」

「それは勿論。3か国の生命線であるそれぞれの河川の源流を管理し、水の供給配分を決定する水の神への保護と不可侵を結ぶ国。それがどうか?」

「水の神と言えど人間。寿命があるという話をしませんでしたかな?」

「はい…かれこれ…ひぃふぅ…25年ほど前に。それが何かあったのです‥いえあったのか?」

「ワードルとの国境の諍いも相手の資金不足故に些細な物。その年で平和ボケをするとなればこのアブレド国も行く末は暗澹たるものですな」

「なっ!幾ら師と仰ぐと言うても言葉を選ぶべきではないか?!」


バンッ!! 「ヒゥッ!!」

テーブルに思い切りタンバラー元伯爵が拳を落とせば、茶器の茶が跳ね上がるように国王ヴェルハイドの体も跳ねた。


「申し上げたはず。人には寿命があると。25年前、水の神となったニレイナ殿が40歳だとすれば今は65歳。50歳だとすれば今は75歳。この意味が判るか」

「は、はい…継承の時期に…まさか!?」

「そのまさかを勘違いしていると問題が拗れる。レオパス子爵家の投獄したという令嬢がその人だ。ニレイナ夫人には子が居らん。一旦家系を遡り調べても男児ばかり。唯一の女児がそのエルシー・レオパスだ」

「ではすぐに、恩赦を出し名誉の回復を――」

「馬鹿モンがッ!!」

「ヒッヒィィ!‥‥ですがそうしなければ‥」

「5年前、オルソンの申請に従い再調査を念入りにすれば見えてきたはずだ。ベルファン殿下とブランセ侯爵令嬢の企みにな。調べもせずにご丁寧にブランセ侯爵家には慰謝料を支払ったそうだが、そのブランセ侯爵令嬢と結婚をしたのが誰だか解るか?」

「確か・・・功績を上げて侯爵にしたベッカリー家の嫡男だったと…」

「その嫡男がレオパス子爵令嬢の元婚約者だとすればそこから何が見える」


大街道の整備が終わったのは5年前。国王ヴェルハイドも記憶に新しい。
金額も巨額だったが、整備をする事で各領の流通による経済効果は大きく、国の税収も飛躍的に上がった。民への税率には手を付けずに資金を賄えたのはひとえにベッカリー家の功績…功績?国王は首を傾げた。

事業計画が持ち上がった時、ベッカリー侯爵家はまだ伯爵家で資産など僅かだった。資金面で頓挫すると何人もの貴族が申し立ててきたが、事業が始まれば順調に資金を投入していくベッカリー家に誰も何も言わなくなった。

同時にコバルトの産出量があがったにも関わらず、国内にその恩恵は循環しなかった。
何故か。コバルトで得た利益はベッカリー家に融資をされたからである。
そして事業が終わる年にはもうコバルトは堀り尽くし廃山となった。


「先生…確かベッカリー家はレオパス子爵家から融資を受け・・・事業を…」

「そう、融資を受けていたはずだが大街道の整備に10年以上。巨額な融資額を返済してもらっているとすれば今頃レオパス子爵家はレの一文字を聞いただけで知らぬ者は居らんほどになっているだろう。なんせこの国なら軽く2、3個は即金で買える金額だからな。なのにお前はレオパスとは?と考えた。それは何故だ?」

「先生。申し訳ございません。順風満帆に揉め事はワードル国だけだと胡坐をかいておりました。早速に当事者を集め、レオパス子爵家の無罪を広く周知し、ご令嬢にも格段の――」

「もうおらん」

「は?」

「ワシのチェスフレンドだったエルシー嬢はもう居らん。トマフィー国の民となった。そうなる原因を作ったのもベッカリー家。陛下に出来ることは出される条件を飲む事だけだ。先日起こったトマフィー国の王弟従者致傷事件もだが、王弟暗殺未遂を絡めて交渉してくるだろう」

「まさかそれにもベッカリー家やブランセ侯爵が絡んでいると?」

「嫁いだ者が実家に戻っているにも関わらず縁を切らないとなれば繋がりがあると考えるのが筋。碌に調査もせずそのブランセ侯爵家に慰謝料という名目で金を融通した王家にも繋がりがあると誰もが考えるだろう。民の心が離れれば国は立ち行かなくなる。陛下、老いて錆び、なまくらとなった懐刀の最期の仕事チェックメイトとして申し上げる」


タンバラー元伯爵は国王ヴェルハイドにギリリと音がしそうな鋭い眼光を向けた。

「膿を出し切り、その上でどちらに舵を取ればよいか。お判りでしょう」

「うむ…」


考え込む国王ヴェルハイドの顔色は決して迎え入れた時のような物ではない。
しかし、鋭い眼光を放った目尻が下がったタンバラー元伯爵は声色も柔和になった。

「隠居生活が長くなるとチェスのプレイヤー探しも面倒になるものでしてな。そうそう、エルシー嬢が抜けた今ならひと枠が御座いますよ。肩揉みの上手いオネダリが過ぎる小童も陛下にその空き枠は譲るそうです」

「オネダリの過ぎる小童?」

「年寄りには運動と刺激が必要だと。全く大きなお世話ですわぃ」

85歳の高齢とは思えない足取りで部屋を後にした元伯爵。
国王は深く頭を下げて見送り、ブランセ侯爵家、ベッカリー侯爵家について徹底的に調査をするよう従者に指示を出し、トマフィー国のエクリエンス国王宛の書簡を従者に持たせ走らせた。
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