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噂は5年経っても消えない

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「こんにちは。シマネコハウスのエルシーです」

「来てくれたか。早速飯を作ってくれないか。腹が減って仕方がない」


ご住人様は月契約をしてくださって、わたくしは毎日お食事を作りに来ているのですが不思議な方です。どこかにお勤めかと思えば食事を作っている最中もずっと居られますし、出かける様子が御座いません。

お名前は【クリス】さんと仰るので、クリス様とお呼びしております。

時折どなたかがお見えになっているようで、お茶を淹れた形跡はあるのですが、クリス様は茶葉を茶器に入れてしまわれていたのにお茶を淹れられるのでしょうか?

夜はしっかりお休みになられているようですし、この頃ではワインの空き瓶は見なくなりました。


「クリスって…クゥゥ~!!」

「どうされました?」

「いや、どうもしない。えぇっと…今日は2人分を頼むな」

「お客様が来られるのですか?ですが、クリス様のお客様に出せるような料理ではないので外にお食事に行かれてはどうでしょうか?」

「いや、ここで一緒に食いたいんだ」

「はぁ…。ですが味は保障できませんがよろしいですか?」

「味なら俺が保証するから大丈夫。今日はなにかなぁ?」


お召しになられている服はかなり上質な布地ですし縫製もしっかりされています。
初日は気が付かなかったのですが、何度か洗濯をしているうちに縫い方がこの国の物ではないと気が付いたのです。しかしお客様の事を詮索するのは禁止をされておりますので深く考えるのはやめました。


「では、ご用意出来ましたので、また夕食の時間に参りますね」

「えぇっ?!」


何を驚いていらっしゃるのでしょう。
お客様はクリス様だけでは御座いません。今日は王都公園の噴水前の石畳を掃除するのです。鳩が粗相をしておりますのでデッキブラシと桶を持ってごしごしと洗うのです。

「わたくしは夕食をお作りするまでに1つ仕事が入っておりますので一旦失礼をさせて頂きます」

「わっ!待って。待って。いや…その…昼食は君と食べようと思ってたんだ」

「クリス様、お気持ちだけで結構です。本日は別の業務が御座いますのでそこを抜ける事は出来ません。かといってそれがなくとも、お客様に個人的な施しをして頂く事は禁止されているのです。申し訳ございません」

「施しっ…施しなんてそんなつもりではない。ただいつも掃除も調理も…数日に1回は洗髪もしてもらっているし、誘うのはダメなようだからと思って…」

「クリス様、お掃除をするのもお洗濯をするのもお料理をするのも仕事なのです。なので特に何もして頂く事はないのです。夜のお食事のお誘いをお断りしていますのは、わたくしは父が家で待っておりますのでお断りをさせて頂いております」

「父上と…そうか。あっと‥‥次の仕事って何処?」

「王都公園です。鳩も沢山いて食後の散歩にはもってこいですよ」

「じゃ、じゃぁさっき作ってくれた料理を詰めてくれないかな。公園で食べる事にするよ」


仕方が御座いません。大急ぎで携帯できる入れ物に詰めねばなりません。
ですが、お客様の中には突然食事室ではなく部屋に持ってきてほしい、テラスで食べたいと言い出す方もおられますし、クリス様のように今日は外でピクニック気分を味わいたいと仰る方もおられます。

クリス様は前金で月契約料を払って頂いておりますし、多少の融通は必要でしょう。
わたくしは数か月前に繁華街にある飲み屋さんの特別女性給仕の方に頂いた使い捨てのバスケットに詰めていきます。本来なら使い捨てで御座いますが、わたくしは【使い倒し捨て】をしております。

――大丈夫です。洗った後、乾かしてエタノ草で除菌しております――

本当は公園にある木の実を拾っていこうと思って持ってきたのです。
木を揺すったりして落とすのは禁止をされていますが、落ちている木の実を拾うのは構わないのです。

「クリス様、こちらが昼食になります。ではわたくしは急ぎますので、また夕食の調理の時間に参ります」

「え?あ…一緒に――」


何かを言いかけたようで御座いますが時間が御座いません。
わたくしは人よりも走るのが遅く、慌ててしまうと転ぶので移動は所要時間を少し長めに取っているのです。



★:★

「エルシーちゃん!ここよ!!」

お掃除隊のおば様たちが手を振って居場所を教えてくださいます。
公園の掃除は先に大きなゴミを拾って籠に入れた後、落ち葉を集める係と鳩の粗相を掃除する係に分かれるのです。鳩の粗相係は2人1組。如雨露に水を入れて、1人が撒き、その後ろを1人がデッキブラシで擦るのです。


しかし、あの日から5年経ち23歳になったわたくしでも、そうそう顔が変わる訳では御座いません。誰でも利用できる王都公園には見知った方も多く訪れるのです。


「あら?ねぇ、あなた…レオパス様では御座いません事?」

「すみません。あの看板からこちらは足元が濡れていますので立ち入らない様お願いいたします」

「やだぁ。お聞きになりまして?わたくし達に公園に来るななどと仰っていますわ」

「そうでは御座いません。この区画は清掃中ですのでお召し物が汚れて――」

「清掃中?!わたくし耳がおかしくなったのかしら?ねぇもう一度仰ってくださる?」

「この区画は清掃中で――」

「キャハハハ!!皆様、お聞きになりまして?第三王子殿下の愛しの姫君が清掃中ですって」

「まぁ…もしや庶民のように労働?まさか子爵令嬢ともあろうエルシー様が?クックック」


お掃除隊のおば様たちも、相手は貴族。
ヘタに突っかかってしまおうものなら憲兵の御厄介になってしまいます。
この手の嫌味は言わせたいだけ言わせておくしかないのです。

ややこしいのはわたくしが何もせずに立って、彼女たちの気のすむまで付き合わないと他の方の作業の手が止まります。いつもの事だとわたくしはお掃除隊のおば様たちに小さく頷くと、わたくし抜きで作業を進めてくださいます。


「ねぇエルシー様、こんな汚い作業をされるより、そのお身体を使われた方が人目にも付かずよろしいのではなくて?」

「そうね。銅貨一枚二枚のために汗を流すなんて…殿下とは違う汗を流されたのでしょう?」


彼女たちはわたくしよりも1、2歳年下であの場にはいなくても噂を聞いたのでしょう。人の噂も七十五日と申しますが、5年経っても噂は消えません。面白おかしく囃し立てる中でいつの間にかわたくしは殿下の愛妾扱い。
あの場で殿下は一言もわたくしに対し【真実の愛】だのとは言いませんでしたが、流行の小説に則ったような茶番劇でしたので、彼女たちの都合の良いように着色されているのです。


「なんとか言ったらどうなんですの!」

「・・・・」

「その口はもう開く事はないのかしら?ねぇもう一度聞かせてくださらない?この区画はなんでしたかしら?」

「・・・・」


彼女たちはしつこく、満足のいく終わり方をせねば立ち去ってくれそうにはありません。おそらくは裕福な平民の方か、騎士爵、男爵家の方なのでしょう。名前しかなくとも子爵家のわたくしが膝をついて謝罪をするのを待っているのです。何のための謝罪か。それは【彼女たちの虚栄心を満足させるためだけの謝罪】です。

長引いても仕方御座いません。わたくしはギュっと手を握りました。

その時で御座いました。

「何をしているんだ!」

わたくしと令嬢たちの間に駆け込んできて、立ちはだかったのはクリス様でした。
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