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退位と即位
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「議長。よろしいか」
国王は手を上げる。しばしの間をおいて議長は許可をだした。
国王が何を言うのか議長は理解をしているからである。
「先程の王太子妃フランセアの発言を私は支持する。そして…」
言葉が途切れ、国王を見る者全てが固唾をのんで次の発言を待つ。
「国王として最後の言葉だ。先代より引継ぎ15年の間、愚かな私を支えてくれた全ての者に礼を言う。ありがとう。私はここに退位を宣言する。引継ぎはあるだろうが本日をもってこの座をハロルドに譲る」
議員の全員が一斉に立ち上がり、国王に向かって手を胸にあて臣下の礼を取る。
そして、体の向きを変え、全員がフランセアに向かって臣下の礼をした。
国王は、最後まで己の安泰を選択したのである。
何もかもを欲しがった国王は最後までその先の生活の安寧を選んだのだ。
君主制が崩壊すればおそらく2人の弟は自分を見てくれることはない。
5人の妃と5人の王女を連れていてはどこも生涯面倒を見てくれる家はない。
ならば、先程全権を握るのがフランセアになったと議員や貴族たちの共通認識となった今、国王と言う座を辞してフランセアの慈悲に縋った方が得策だと判断をしたのだ。
「では、私が国王なのですか!父上っ!」
ガタンと音を立てて立ち上がった愚息を見て目を細める。
過去に、唯一愛した妻を父に進言した際は、自分もこうだったのだろうと思うと羞恥しか感じられない。だが父としてそんな息子に残す最後の愛情をかける。
「己の発言の重さをこの先、よく噛み締めて生きていくのだ。新国王ハロルド」
「あっありがとう!父上っ。判ってくれると思っていたんだ」
父子を囲むのは円弧を書いたような視線ばかりの中、ハロルドはそれに気がつくことはない。
国王はその目を見て、この先はそれに晒されなくて済むと安堵した。
「フランセア王妃殿下。後で私の執務室に寄って頂けるだろうか」
「勿論ですわ。今からでもご一緒致しましょうか」
「では、思い出にエスコートをさせて欲しい」
手を差し出すと、その手にフランセアは微笑みながら手を乗せる。
退室していく一行の背が見えなくなると、ハロルドはビーチェを抱きしめる。
「良かった!どうなる事かと思ったけど。ね?フランセアは認めてくれただろう?」
「え、えぇそうだけど…私、王様の側妃になるってこと?」
「そうだよ。側妃として城に上がる前に私は国王になるからね」
「ヒャァァ!本当?嘘みたい!」
「嘘じゃないよ!王妃にはしてあげられないけど王の側妃だ」
はしゃぐハロルドと娘ビーチェを見て伯爵はこの先が見通せない事に嘆いた。
娘は確かに国王の側妃となるだろう。だがそれ以外はどうだ。
ノフォビア伯爵も馬鹿ではない。バカは目の前にいる娘の夫になる男だ。
隣にいながら、「お飾り」「腰振り人形」がお前の仕事だと宣言をされ満場一致で可決された事に未だに気がついていないのである。
振り向くと、長女、三女の姿もない。その夫も、嫁ぎ先の伯爵夫妻も消えていた。
領地と言う資産があるうちにそれを現金化して他国に移住するしか生きる道がない。
この国ではもう相手をしてくれる家は何処にもないと言う事だ。
問題は、このタイミングである。側妃となるまであと4か月弱。それまで耐力があるかどうかもであるが、婚儀の礼まではこの国に居なければならない。
その後、国外に脱出できる見込みはおそらく1割以下の確率である。
願わくば、他の2人を嫁がせた家から離縁をされない事を祈るのみである。
「ビーチェ。儂は先に戻るがお前はどうする?」
「どうしよう?ハロ、何か用事あるかな?」
「君の部屋に居ればいいよ。泊って行けばいい」
この男は何処までバカなのか。側妃になるまであの部屋は使用は禁止されている。
近い将来その部屋をビーチェが使うと言ってもまだ愛人なのだ。
夜間に居る所でも見つかれば侵入者とされてもおかしくないのだ。
何故それに気がつかないのだ。
やはり連れ帰ろうとしたが、2人は仲良く体を密着させて歩き始める。
ノフォビア伯爵は慌てて駆け寄り、ビーチェを引きはがすと適当な理由を付ける。
「親戚にもお前の事を披露せねばならんだろう?本人がいなくてどうする」
「えぇぇ?面倒よ。そのうち知るでしょう?」
「皆、祝儀を持ってくる。それでドレスでも買えばいいだろう」
「えっ?貰えるの?私が?」
「あぁ、お前の婚儀だからな。だから今は戻ろう」
あっさりとハロルドの手を放すビーチェ。側妃の座は手に入れた。
焦らなくてもそれはもう自分のものなのだ。だが祝儀は今行かねば手に入らない。
ビーチェの天秤はいとも簡単に傾いただけだった。
「フランセア。何から何まですまない」
「いいえ。退位されるのはもう少し先かと思いましたがよろしかったのですか」
「あぁ。今を逃せばもう好機は訪れない。そんな気がしたのだ」
「賢明な判断…と言って良いのでしょうか」
「是非そうしてくれ。私はこの先、この選択だけは後悔しない自信がある」
執務室で王印を引き出しから取り出すと、前国王はそれをフランセアに手渡す。
「書面での手続きはまだ続くだろうが全てにサインをしよう」
「ペンだこが出来そうですわね」
「それも務めの一つだ。甘んじて受け入れよう。この先だが…」
「ご心配には及びません。南の温暖な領地に屋敷が御座います」
「あぁ、そんな事まで。余生は緩やかに過ごせそうだ。側妃たちがケンカをせねば良いのだが」
「ご心配は不要かと。側妃様達には選択して頂きますもの」
「選択?どのような選択を…」
「陛下と共に暮らすか、毎月お手当をもらって市井に降りるかですわ」
前国王は、それでも2,3人は側妃が付いてくると思っていた。
だが、その予想に反して5人の側妃は全員が市井に降りる事を選択した。
5人の意見は一致していた。
<<どうして私がそんなところに行かなければならないの>>
側妃たちには【南の領地の屋敷】の事を説明すると即座に荷を纏めだした。
そして、全ての書類にサインをすると宝剣や宝物庫の鍵。
王家に伝わる伝文書など引継ぎを終え、広く国民に退位と即位が周知される。
急ぎ行われた戴冠式は、この国の議員だけが見守る場で行われた。
その場にまだ側妃となっていないビーチェはいない。
議長はここで気がつけばという思いをこめて冠を手にした。
「では、失礼を致します」
そっとハロルドの頭に冠をのせたがハロルドは気がつかなかった。
議長は伴に並んでいて残った冠をフランセアの頭にのせた。
微笑むフランセア。
フランセアの頭にあるのは【戴冠】戴冠式で王となる者がのせる冠である。
ハロルドの頭には通常の冠。戴冠式で見守る王子がのせる冠だった。
気がつかないのであれば、その程度だと議長はハロルドに完全な見切りをつけた。
この先従い、忠誠を誓うのはどちらか。それは明らかだった。
簡単にバルコニーから並んで手を振るハロルドとフランセア。
それを後ろから見守った後、前国王は南の領地に旅立った。
国王は手を上げる。しばしの間をおいて議長は許可をだした。
国王が何を言うのか議長は理解をしているからである。
「先程の王太子妃フランセアの発言を私は支持する。そして…」
言葉が途切れ、国王を見る者全てが固唾をのんで次の発言を待つ。
「国王として最後の言葉だ。先代より引継ぎ15年の間、愚かな私を支えてくれた全ての者に礼を言う。ありがとう。私はここに退位を宣言する。引継ぎはあるだろうが本日をもってこの座をハロルドに譲る」
議員の全員が一斉に立ち上がり、国王に向かって手を胸にあて臣下の礼を取る。
そして、体の向きを変え、全員がフランセアに向かって臣下の礼をした。
国王は、最後まで己の安泰を選択したのである。
何もかもを欲しがった国王は最後までその先の生活の安寧を選んだのだ。
君主制が崩壊すればおそらく2人の弟は自分を見てくれることはない。
5人の妃と5人の王女を連れていてはどこも生涯面倒を見てくれる家はない。
ならば、先程全権を握るのがフランセアになったと議員や貴族たちの共通認識となった今、国王と言う座を辞してフランセアの慈悲に縋った方が得策だと判断をしたのだ。
「では、私が国王なのですか!父上っ!」
ガタンと音を立てて立ち上がった愚息を見て目を細める。
過去に、唯一愛した妻を父に進言した際は、自分もこうだったのだろうと思うと羞恥しか感じられない。だが父としてそんな息子に残す最後の愛情をかける。
「己の発言の重さをこの先、よく噛み締めて生きていくのだ。新国王ハロルド」
「あっありがとう!父上っ。判ってくれると思っていたんだ」
父子を囲むのは円弧を書いたような視線ばかりの中、ハロルドはそれに気がつくことはない。
国王はその目を見て、この先はそれに晒されなくて済むと安堵した。
「フランセア王妃殿下。後で私の執務室に寄って頂けるだろうか」
「勿論ですわ。今からでもご一緒致しましょうか」
「では、思い出にエスコートをさせて欲しい」
手を差し出すと、その手にフランセアは微笑みながら手を乗せる。
退室していく一行の背が見えなくなると、ハロルドはビーチェを抱きしめる。
「良かった!どうなる事かと思ったけど。ね?フランセアは認めてくれただろう?」
「え、えぇそうだけど…私、王様の側妃になるってこと?」
「そうだよ。側妃として城に上がる前に私は国王になるからね」
「ヒャァァ!本当?嘘みたい!」
「嘘じゃないよ!王妃にはしてあげられないけど王の側妃だ」
はしゃぐハロルドと娘ビーチェを見て伯爵はこの先が見通せない事に嘆いた。
娘は確かに国王の側妃となるだろう。だがそれ以外はどうだ。
ノフォビア伯爵も馬鹿ではない。バカは目の前にいる娘の夫になる男だ。
隣にいながら、「お飾り」「腰振り人形」がお前の仕事だと宣言をされ満場一致で可決された事に未だに気がついていないのである。
振り向くと、長女、三女の姿もない。その夫も、嫁ぎ先の伯爵夫妻も消えていた。
領地と言う資産があるうちにそれを現金化して他国に移住するしか生きる道がない。
この国ではもう相手をしてくれる家は何処にもないと言う事だ。
問題は、このタイミングである。側妃となるまであと4か月弱。それまで耐力があるかどうかもであるが、婚儀の礼まではこの国に居なければならない。
その後、国外に脱出できる見込みはおそらく1割以下の確率である。
願わくば、他の2人を嫁がせた家から離縁をされない事を祈るのみである。
「ビーチェ。儂は先に戻るがお前はどうする?」
「どうしよう?ハロ、何か用事あるかな?」
「君の部屋に居ればいいよ。泊って行けばいい」
この男は何処までバカなのか。側妃になるまであの部屋は使用は禁止されている。
近い将来その部屋をビーチェが使うと言ってもまだ愛人なのだ。
夜間に居る所でも見つかれば侵入者とされてもおかしくないのだ。
何故それに気がつかないのだ。
やはり連れ帰ろうとしたが、2人は仲良く体を密着させて歩き始める。
ノフォビア伯爵は慌てて駆け寄り、ビーチェを引きはがすと適当な理由を付ける。
「親戚にもお前の事を披露せねばならんだろう?本人がいなくてどうする」
「えぇぇ?面倒よ。そのうち知るでしょう?」
「皆、祝儀を持ってくる。それでドレスでも買えばいいだろう」
「えっ?貰えるの?私が?」
「あぁ、お前の婚儀だからな。だから今は戻ろう」
あっさりとハロルドの手を放すビーチェ。側妃の座は手に入れた。
焦らなくてもそれはもう自分のものなのだ。だが祝儀は今行かねば手に入らない。
ビーチェの天秤はいとも簡単に傾いただけだった。
「フランセア。何から何まですまない」
「いいえ。退位されるのはもう少し先かと思いましたがよろしかったのですか」
「あぁ。今を逃せばもう好機は訪れない。そんな気がしたのだ」
「賢明な判断…と言って良いのでしょうか」
「是非そうしてくれ。私はこの先、この選択だけは後悔しない自信がある」
執務室で王印を引き出しから取り出すと、前国王はそれをフランセアに手渡す。
「書面での手続きはまだ続くだろうが全てにサインをしよう」
「ペンだこが出来そうですわね」
「それも務めの一つだ。甘んじて受け入れよう。この先だが…」
「ご心配には及びません。南の温暖な領地に屋敷が御座います」
「あぁ、そんな事まで。余生は緩やかに過ごせそうだ。側妃たちがケンカをせねば良いのだが」
「ご心配は不要かと。側妃様達には選択して頂きますもの」
「選択?どのような選択を…」
「陛下と共に暮らすか、毎月お手当をもらって市井に降りるかですわ」
前国王は、それでも2,3人は側妃が付いてくると思っていた。
だが、その予想に反して5人の側妃は全員が市井に降りる事を選択した。
5人の意見は一致していた。
<<どうして私がそんなところに行かなければならないの>>
側妃たちには【南の領地の屋敷】の事を説明すると即座に荷を纏めだした。
そして、全ての書類にサインをすると宝剣や宝物庫の鍵。
王家に伝わる伝文書など引継ぎを終え、広く国民に退位と即位が周知される。
急ぎ行われた戴冠式は、この国の議員だけが見守る場で行われた。
その場にまだ側妃となっていないビーチェはいない。
議長はここで気がつけばという思いをこめて冠を手にした。
「では、失礼を致します」
そっとハロルドの頭に冠をのせたがハロルドは気がつかなかった。
議長は伴に並んでいて残った冠をフランセアの頭にのせた。
微笑むフランセア。
フランセアの頭にあるのは【戴冠】戴冠式で王となる者がのせる冠である。
ハロルドの頭には通常の冠。戴冠式で見守る王子がのせる冠だった。
気がつかないのであれば、その程度だと議長はハロルドに完全な見切りをつけた。
この先従い、忠誠を誓うのはどちらか。それは明らかだった。
簡単にバルコニーから並んで手を振るハロルドとフランセア。
それを後ろから見守った後、前国王は南の領地に旅立った。
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