貴方が側妃を望んだのです

cyaru

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満場一致

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最後の1人が会場内に入ってくると思わず感嘆の声が漏れる。
一人一人は小さくても、まとまれば会場がどよめく。

「妃殿下、こちらでございます」
「ありがとう」

椅子を引いてもらい、着席するその仕草に傍聴席からはオペラグラスを持ち出す夫人や令嬢がいるほどである。過去にリゼラ夫人も傾国の美女と名を馳せていたがそれに並ぶ、いやそれ以上だと年配の男達は呟いた。

それはハロルドとて同じである。お互いが手を伸ばせば指先が触れる位置にいる。
だが、フランセアは真っ直ぐに前を向きハロルドの方を見る事はない。
着席をする前に、国王には挨拶をしていたがハロルドには視線すら向けなかったのだ。

小さな仕草でも貴族たちはよく見ている。
それだけで【なるほど】とこの議題の結果がどうなろうと王家の先が決まったのである。

「時間になりました。それでは特別議会を開催いたします」

議長の声が響くと水を打ったように静まりかえる会場内。空気すら頬を切るかと思うほど張り詰めている。そんな中国王が先ずは挨拶をする。本来であればどの領も農産物の収穫期で忙しい時期である。そんな繁忙期を外してまで行った結婚式であったのに、【つまらない事】で呼び出した謝罪をせねばならないのだ。

国王は立ち上がった。

「この時期に時間を割いて集まってくれて感謝する。そして尽力してくれた皆に詫びたい。すまなかった」

会場が先程よりもどよめく。議題については周知されているが挨拶以前に国王が頭を下げたのである。たとえそれがパフォーマンスであったとしても、国王にはもう後ろに下がれない事情がある。

この議題。3代に渡っての不祥事である事は言うまでもない。
議会の出方次第で今でさえお飾りの王である。君主制が共和制になる可能性も無きにしも非ず。
靴を舐めろと言われればその立場を守るために靴でも素足でも舐めるかも知れない。
それほどまでに国王は追い込まれている現実を理解していた。

残念なのは、そこまで読めていない息子だった。
チラチラと妻のフランセアの横顔を見つつもこれから提言する資料のページを捲っている。
育て方以前に、全てが間違っていたのかも知れないと国王は心で嘆いた。

国王が着席をすると議長が一つ咳ばらいをした。

「では、ハロルド殿下、本日の議題をお願いいたします」

――今なら引き返せる。すまなかったと一言で良い!――

国王を始めとして、幼い頃からハロルドの側にいた従者たちは祈った。
ハロルドは緊張の中にも、少し紅潮した頬で堂々と提言をした。

「今日は議員全員が来てくれたと聞く!御足労だった」

――あぁ…ダメだ。選んだ言葉も崩壊をしている――

従者はもうその場に倒れられるのなら倒れてそのまま天に召されたい気分だった。
学園に上がる前に講師をしていた者も、学園で言葉使いを教えていた者も頭を抱えた。

「私は、このフランセアと共にこの国を統べる者だ。そしてその立場となる上で、人として大事な事に気がついた。それは【誠の愛】だ。それを教えてくれたのはノフォビア伯爵家のビーチェ嬢である。あと3カ月と少しした後に私はビーチェ嬢を側妃として召し上げたい。彼女の素晴らしさは手元にある資料に記載をしてあるので目を通してもらえれば大いに共感してもらえるはずだ。彼女ほど私の妃に相応しい者はいないと自負している。是非許可をして頂きたい」


そして、会場の中央にノフォビア伯爵にエスコートをされたビーチェが入場してくる。
ピンクのドレスは胸元が大きく開き、谷間を必要以上に強調する。腰から裾にかけてはレースがふんだんにあしらわれこの日の為に特注で仕立てたのは夫人達の間で有名である。

頭の天辺にはこれも特注で作ったティアラが乗っており、差し込む日に反射して光っている。
こちらも金額が折り合わず光っている石はガラス玉である事は夫人達の共通認識である。

失笑と嘲笑が入り混じる会場だが、それでも堂々としているのは注目をされている喜びだろうか。うっすらと頬を染めて、ハロルドに向かって小さく手を振る。
それに応えて手を振り返すハロルドに国王は全てが終わったと諦めを付けた。


ざわつく中、フランセアが発言を求めるため、議長に手を上げる。

「フランセア王太子妃殿下。発言を許可します」

議員たちも傍聴席も全てがフランセアに注目をする。
立ち上がる事でふわりと鼻腔を擽る甘い香りにハロルドはフランセアに魅入った。

「発言の許可ありがとうございます」

シーンと静まりかえった中、フランセアの発言は非常にウェイトを占める。
妻が許可をする側妃であれば感情論として何も物申す事は出来ない。
ただ、新婚4か月弱。懐妊をしているかどうかの判断も出来るかどうかという時間しか経っていない中、自分が不妊であるという事は誰も信じたりはしない。
数年間、子が出来なかったわけではないのだ。


「王太子妃、そしてゆくゆくはこの国の王妃となる立場での発言を致します」

会場に向かって、フランセアは微笑んだ。

「王太子殿下、そしてそこにいる令嬢との婚姻をわたくしは許します。わたくしはこの件を申し渡された際に王太子殿下と確約をしております。現在わたくしが離宮に居住している事はご承知の通りかと思います。この先もそれを変える事はありません。そして離宮で起こる全ての事象について王太子殿下は容認、許可をするという確約で御座います。その確約が守られる以上、わたくしはこの国の王太子妃、ひいては王妃、国母としてその勤めを果たしましょう」

「妃殿下はそれでよろしいのか?」

「何を反対する事が御座いましょうか。これで王太子殿下には妻が2人。世継ぎに気をもむ事もありませんでしょう?殿下にはこの先余計な事は考えず、子を成す事に尽力を頂ければと思っております。つきましては王太子殿下の行っていた公務も全てわたくしが行いましょう。

陛下もその方がだと思われませんか?」

言葉の裏を理解していないのはハロルドとビーチェくらいである。
ビーチェをエスコートしてきたノフォビア伯爵は顔色が悪くなっている。

「では、王太子殿下に側妃を召し上げる件につき、意見のある者は手をあげよ」

誰一人として手をあげる者はいない。ハロルドはその光景を見て飛び上がりたい程の喜びを必死で抑える。隣のフランセアを横目で見るが、表情に変化はない。

「では、裁決を取る。側妃召し上げの件、反対の者は起立を」

響く議長の声。席を立つ者は誰一人としていない。周りの様子を伺う者もいない。
腕を組んで考える素振りをする者さえいないのである。

「居られぬか。異を唱えたとしてもここは議会。少数の意見について今後の処遇が変わる事などない。己の矜持に賭けて態度で示されよ」

議長再度の呼びかけにも誰一人席を立つ者はいなかった。5分、10分と時間が経過する。

「では、満場一致としてこの議案は可決とする。施行は4カ月後婚儀の礼を持ってその効力を発揮するものとする」

議長の宣言に、1人、2人と拍手が起こり、あっという間に会場全体が拍手の音で一杯になる。フランセアは扇を開き、ハロルドに向かって口元を隠し微笑を浮かべた。

「ありがとう。フランセア。でも君の事も大事にするよ」

ハロルドの言葉にフランセアが返事を返す事はない。
その時。

割れんばかりの拍手が響く中、議長に発言を求めた者がいた。

「議長。よろしいだろうか」
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