貴方が側妃を望んだのです

cyaru

文字の大きさ
上 下
8 / 16

ハロルドの思い込み

しおりを挟む
いつもと変わらない公務を繰り返す日々。一息吐いたハロルドの元に文官が来る。

「明後日、特別議会が開催されます。出席されますか?」
「議会?なんでまたこの時期に」
「この時期だからでしょう。議題は殿下の側妃の件ですから」

フランセアと婚約をする際も、結婚をする際も議会の承認は必要である。
当然迎えようとしている側妃も召し上げたいから、フランセアは良いと言ったからと言ってそのままで良いわけではない。側妃となれば維持費などの割り当ても発生をする。
議会の承認が必要なのである。

「判った。出席をする‥‥フランはどうだろうか」
「妃殿下ですか?そりゃ出席されるでしょう」
「そうか」

ハロルドは言いようのない気持ちで胸がいっぱいになった。
これでいいのかと側妃を迎える事でフランセアが更に遠のく可能性と、これで良いんだというビーチェを迎え入れられる気持ちがせめぎ合うのだ。しかしそれは杞憂だと一笑に付す。

どちらも自分にとっては愛しい女性である。
なんだかんだ言っても父親の側妃たちは共存をしているではないか。
何も心配する事などないとフランセアに久しぶりに会えると心が躍る。

「よろしいんですか」

文官は少々呆れたような顔でハロルドに問う。

「何がだ?」
「いえ、妃殿下は離宮でずっと過ごされてますよね。側妃様をあげれば…」
「大丈夫だ。フランは構わないと言ったんだから」
「本当にいいんですが?殿下、女性は切り替え早いですよ」
「切り替え?なんだそりゃ」

「女性は男性のようにグダグダしないって事です。恋人同士が別れても現実問題として男は別れた後も自分の事をまだ好きだと思っている者が多いですが実際は違います。女性は見切りをつけたらもう前しか見ていませんので振り返る事はないですよ」

「だが、元鞘とか言うじゃないか。まぁ離縁などはしないがな」

「甘いですね。何事も人の噂になるのは珍しい事だからですよ。少数派の意見は珍しいですからね。取り上げられる回数が多い。だからよくある事って誤解するんです。実際は100人いれば90人の女性は次に行って未練なんかこれっポッチもありません」

「10人いるじゃないか」

「10人の内、5人は他に既に男がいる。つまり元々二股で切ってもいい男だったって事です。残り3人は割り切った関係つまり友達とか金づるなら体の関係までは許すでしょう。残り2人が元鞘ですよ」

「意外に少ないな‥‥どこ調べだ」
「文官調べですよ。王宮内は結構くっ付いた、別れた多いんで人事が苦労してます」
「何故人事が苦労するんだ」

「男が未練タラタラだからですよ。何時までも俺の女気取り。だから刃傷沙汰も男が多いでしょう?飲み屋やキャバクラの姉ちゃんに入れ上げて、俺の事好きって言っただろう!って。金の切れ目が縁の切れ目。商売女はもっと厳しいですよ」

「女だってホストに入れ上げて事件おこすだろうが」

「それが少数派です。女性はシビアなんですよ。金を使ってまで男にチヤホヤされても本気じゃないって遊びと割り切ってます。割り切れてないのが事件を起こすんですが、殺るにしてもセンセーショナルだから注目されるんです」

「だが‥‥フランは構わないと言ったんだ」

「で、離宮に居るんでしょう?多分妃殿下の性格からしてもう見切りつけてると思いますけど、まだ側妃様を上げる前なら泣き落としは通用するかも知れませんよ。召し上げた後はもう何やってもダメでしょうけど」

「フランはそんな女じゃない。何年婚約者だったと思ってるんだ」

「5年でしょう?たった5年です。それに今18歳。同じ5年経っても23歳。これが38とか45ってならまだ見込みはありますけど23じゃ無理ですね」

ハロルドは文官と言い合いになってしまったが、大丈夫だと思い込む。
書類を持って文官が出て行ったあと、議会でフランセアに会ってちゃんと話せばビーチェの良さも判ってくれて、離宮生活は寂しかったと言ってくると信じて疑わない。

「そうだ、フランはケーキが好きだったな。シェフに頼んでおくか」

そう思い、厨房に出向くと議会の日に何でもいいからケーキを焼いてくれと伝える。
仕入れの関係もあると伝票を確認するシェフだが、残念そうにハロルドに言った。

「今からですと飾り付けのフルーツを取り寄せになると思いますよ」
「そこを何とかするのがお前たちの仕事だろうが」
「そりゃ国賓の方を招いていれば無理もしますが妃殿下ですよね」
「何だと?フランをバカにしているのか」
「バカになんかしていませんよ。馬鹿にしてるのは殿下でしょう」
「どうして私が!」

【だって、妃殿下小麦アレルギーですよ?】


呆れたようにシェフが言う。

「つなぎに使う時も妃殿下だけは別ですし、代わりに米粉など使って作った事はありますけどまだ開発中ですからお出しできるような物にはならないんですよ。あと牛乳も発疹が出るとアゼントン公爵から聞いてますからシチューなどはヤギ乳なんかを代用してますしね。妃殿下を殺す気ですか」

ハロルドは混同している上に思いこんでいるのである。
ケーキなどを美味しそうに頬張っていたのはビーチェなのだ。
そして、カフェでその周りにいたのは年若い女の子たちだった。





時を同じくして伯爵家で苛立つ女がひとり。
ビーチェとて女。浮足立つハロルドに気が付いていない振りをしながらもフランセアの意図が読めず、側妃となったとしても何時かは追い出されるのでないかと美しく赤で塗られた爪を噛んだ。

正妃フランセアにはない絶対的な弱みを持つビーチェはハロルドとの逢瀬に並行して生き残りを模索した。ビーチェとて伯爵令嬢であり、懐に入り込めずとも、いつ何時も己の居場所は死守せねばならない事は物心ついてからは否が応でも身に染みている。には公務をしてもらわねばならないし、即死などとどいう暗殺が即座に疑われるような死に方をされるのは困る。

馬鹿と鋏は使いよう。ハロルドに対しての顔を使い分け馬鹿の真似事をするくらいはである。根っからの馬鹿が王太子に取り入る筈がない。

寄生する花が枯れるか、美味い蜜を吸い尽くすまで貴族令嬢ビーチェは華麗に立ち回るだけ。騙されるハロルドが無能なだけである。


ビーチェは大通りに面した異国雑貨を扱う店に入っていく。
目くばせをすれば直ぐに支配人を名乗る男に取り次いでもらえた。
個室に通されソファに座るや否や、目の前の男を見て口角をあげる。

「頼まれてくれない?」

王宮に入ればおいそれと話をする事も叶わないの伝手を使い、かつて帝国で愛しの正妻甘い制裁と呼ばれた酢酸鉛の混入された赤くて甘いワインを注文した。

「端金じゃコルク栓も手に入らねぇな。時間もかかるしな」

「判ってる。側妃様の御用達‥‥も込みならどう?」


金貨の入った袋をゴトリとテーブルに置くと男は手を差し出してきた。
満足できる買い物が出来たビーチェが店から出ようとした時、1人の男とすれ違った。

漆黒の髪をした男は、ビーチェ同様に支配人を名乗る男に目くばせをする。

「栓を抜きした白ワインが欲しいんだが」

「味も風味も抜けて成分だけになってしまいますが、よろしいんで?」

「その成分が旨味。口の肥えた者が好んでやまぬ水となる」

支配人の男も商人であり、どちらに付いた方がより長くが出来るかを嗅ぎ分ける。ポケットから出したハンカチで手を拭くと漆黒の髪をした男と固い握手を交わした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

浮気の代償~失った絆は戻らない~

矢野りと
恋愛
結婚十年目の愛妻家トーマスはほんの軽い気持ちで浮気をしてしまった。そして浮気が妻イザベラに知られてしまった時にトーマスはなんとか誤魔化そうとして謝る事もせず、逆に家族を味方に付け妻を悪者にしてしまった。何の落ち度もない妻に悪い事をしたとは思っていたが、これで浮気の事はあやふやになり、愛する家族との日常が戻ってくると信じていた。だがそうはならなかった…。 ※設定はゆるいです。

【完結】妹にあげるわ。

たろ
恋愛
なんでも欲しがる妹。だったら要らないからあげるわ。 婚約者だったケリーと妹のキャサリンが我が家で逢瀬をしていた時、妹の紅茶の味がおかしかった。 それだけでわたしが殺そうとしたと両親に責められた。 いやいやわたし出かけていたから!知らないわ。 それに婚約は半年前に解消しているのよ!書類すら見ていないのね?お父様。 なんでも欲しがる妹。可愛い妹が大切な両親。 浮気症のケリーなんて喜んで妹にあげるわ。ついでにわたしのドレスも宝石もどうぞ。 家を追い出されて意気揚々と一人で暮らし始めたアリスティア。 もともと家を出る計画を立てていたので、ここから幸せに………と思ったらまた妹がやってきて、今度はアリスティアの今の生活を欲しがった。 だったら、この生活もあげるわ。 だけどね、キャサリン……わたしの本当に愛する人たちだけはあげられないの。 キャサリン達に痛い目に遭わせて……アリスティアは幸せになります!

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。 しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。 オリバーはエミリアを愛していない。 それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。 子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。 それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。 オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。 一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。

処理中です...