貴方が側妃を望んだのです

cyaru

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公務

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結婚式が終わり、1か月後からは公務が舞い込んでくる。

フランセアは王妃が不在のこの国で、王太子妃としてだけではなく王妃としても公務をする。勿論、何かに出席する折に国王にエスコートをしてもらうという事ではない。
この国の事情、決め事は諸国も周知の上である。
息子の妻をエスコートなどという事を強要したりはしない。

大量に持ち込まれた書類に順番を付けて次々に片付けていく。
王太子であるハロルドも当然分担をしているだろう事は、書類をみればわかる。
書類だけが夫婦の間を行き来するのであるから、ハロルドが目を通したものを確認する事もあればその逆も当然にある事だ。

数日の内にそれをハロルドも気がついたのだろう。
書類の間に【夕食を一緒にどうだろうか】というメモ書きが挟まっている。
フランセアは何事もなかったかのようにそのメモを丸めて屑籠に捨てる。

「この後の予定はどうだったかしら?」
「本日はルゼベルグ公爵様との会食となっております」
「そう、ではあと2刻ほどしたら支度を始めるわ。待たせるのは悪いから」
「承知致しました」

フランセアの住む離宮の使用人は全て3大公爵家から派遣をされたものである。
国王やハロルドの息がかかったものは一人としていない。それは門番、馬番、材料搬入の業者に至るまで徹底をして排除をしている。面倒ごとしか起こらないからである。

高く積まれた書類の山はどんどんと低くなっていく。
アゼントン公爵家にいた頃からフランセアは父の領地についての業務は手伝っていたし、婚約者期間においては今後の為と自ら率先して支障のない範囲で公務を行っていた。

「このフレア王国との輸入関税については陛下に直接戻してくださる?」
「殿下ではなく陛下にですか?」
「えぇ。忖度が丸見え。えげつないわね」

従者が数枚ページをめくると見知った名前が出てくる。ノフォビア伯爵家である。
側妃となる女の家だから特別に厳しいわけではない。
基準となる数値を大幅に超えて輸入関税をかけ、自領の農産物には優遇課税とする内容に思わず従者も眉を顰める。提出者の名を見ればやはりノフォビア伯爵家当主の名前である。

娘が側妃に数カ月もすれば召し上げられる事から、この程度ならばとなかなかに思い切った事をしたものだと鼻で笑ってしまった。

「取り潰しにでもしてくれればいいんでしょうかねぇ」
「まさか。青色吐息でも存続して頂くわ」
「お嬢様もなかなかですね」
「ふふっ。誉め言葉としておくわ。でもそれを抜きにしてもその数値はアウトよ」
「ごもっとも。ですがハロルド殿下は…印を押されてますね」
「くだらないメモを挟むのにいっぱいいっぱいだったんでしょうねぇ」

そう言ってフランセアが屑籠に視線を落とすと、先に検閲をしていた従者はプっと吹き出した。敢えて抜き取らずに挟んだままにしておいたが屑籠直行とはハロルドが聞いたらどんな顔をするだろうと想像をすると吹き出さずにはいられなかったのである。

「あと、貴方の仕事!ちゃんとなさいな。ゴミが挟まってたわ」
「これは、失礼を致しました」
「同じことを繰り返さないようにね。次はないわ」
「心しておきます」

フランセアが会食の準備のために自室に着替えに戻っていく。
すっかり片付いた公務書類を抱えて従者は王宮に向かった。





同じ頃、ハロルドも公務を行っていた。
フランセアが王太子妃と王妃の公務を一人で背負っているのに比べ、ハロルドは王太子の公務のみである。国王の公務を引き受ける事はまだなかった。
だが、目の前でフランセアの仕事量を見る事もない事から午前中で全てが片付くハロルドは時計を見て夕食にフランセアを誘う事を考えた。

勿論ビーチェの事も考えるが、ビーチェが召し上げられる前までになんとかフランセアと一度きちんと話をせねばならない。何を置いてもハロルドの緊急課題は初夜が済んでいない事だ。

――どれだけ待ったと思っているんだ――

何事もなければ、初夜も終わっていた筈なのに、こうなった原因を作った張本人が誰なのかを気がつかないハロルドを諫める者は誰もない。
公爵家の息がかかっていないはずの王宮の使用人達ですら、結婚前に側妃と言い出した王太子を見る目は厳しいのである。何故それが今なのかと勘繰る者は多い。

午後になり、3時の茶を嗜んでいると離宮から公務書類が届く。

ノフォビア伯爵家の書類は確かにハロルドは決済印を押したが、実のところフランセアの読み通り内容については覚えていない。夕食に誘う事、そしてどんなことを話そうかと考えていた時に手元にあっただけである。
ただ、それがノフォビア伯爵家当主が提出した物で、きちんと目を通していれば差し戻さねばならない内容であったのに決済印を押したことは大きな過ちであった。

が、それにもまだ気がつかない。
ハロルドの元に帰ってきた書類のフランセアのサインを指でなぞりながらも返事が挟まっていないか。それだけがハロルドの興味をかきたてる。

誤った決裁印を押した書類がそこにはなく、父の元に行った事にも気がつかない。
何度も書類を丁寧にめくり調べるが、フランセアからの返事はない。
小さな紙だったからすり抜けて落ちてしまったんだろうかと肩を落とすハロルド。

「確認頂けましたでしょうか?」

声を掛けられて、目の前の従者に視線を移す。フランセア付の従者だ。

「今夜、フランを夕食に誘いたいのだが、どうだろうか」

ハロルドの問に従者は事務的に答える。

「妃殿下は本日、離宮にて会食の予定となっております」
「えっ?聞いていないな…なら私も出向かねばならんだろう」
「いいえ。殿下は会食の参加者には入っておりません」
「何故だ?妻だけが会食などとおかしいだろう!」
「いいえ。公務ではなく私的な会食です」
「誰と!誰と食うんだ?」
「私的な事ゆえ、お名前まではお教え出来ません。ではわたくしはこれにて」

一礼をして去っていく従者。彼の言動に不備はない。
ハロルドとて、ビーチェと街に行った際に仮にフランセアが聞いたとしても「街を視察に行った」とは答えてくれるだろうが【誰と】という事までは教えないからだ。

王宮に居ないフランセアに会えるのは、重要な議会の時と夜会くらいである。
カレンダーを見ると今月はその予定がない。
結婚式を終えたばかりで、夜会を開く予定は早くて3か月後である。
最も、貴族たちの開く夜会は週に何度か行われているから誘う事は出来るが理由がない。

議会の開催はビーチェを迎える2週間前に開催になる。現在は閉会時なのだ。

今になって少し後悔の想いが湧き出たハロルドだった。
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