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盾になった日

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神父が連行されて行き、不安そうに見ているおそらくパートで雇われている御婦人方。
少なくても、現金収入となるパートがなくなるのでは?とビクビクしているのだ。

「皆さまには、して頂く事が御座いますわ」

力仕事などを担当する者や、調理や洗濯を担当する者を集めてもらい、ついでに子供たちにも集まってもらう。ハインリヒには「お黙り」と小田真理さんも驚きの指名通告。

「この孤児院は正教会から我がイヴェル侯爵家が正式に買取を致しました。もうすぐ使用人達がやってきますが、皆さんとはわたくしと雇用契約をして頂きますわ」

「そのまま雇ってもらえるんですか?」

「えぇ。日払い、週払い、月払いと御座いますので賃金については個別相談応!ついでに福利厚生もございますから判らないことは判らない!とはっきり仰ってくださいまし」

「あのぅ…福利厚生ってなんですか?」

「働いている方を守る保険なんかの事ですわ。

まず健康保険。少し遠いですがケガをした時、病気をした時に医者に支払う金額の1割を負担すれば王都にある病院で診察や治療、投薬が受けられます。
馬車代については任意ですが損害保険を別途用意しますので、ケガの通院についてもそれでペイできるでしょう。入院となれば日数分、日帰り入院もOKですから給付金が出るタイプもあります。

次に雇用保険。勤続1年以上経過したあと、退職をすると王都にあるハロージョブで失業保険が受け取れます。倒産などの場合は翌月、自主都合による退職は30~90日経過後に基本給の6割が支給されますわ

そして労災保険。仕事中にケガをした時に無償で治療、投薬、手術などが受けられます。

他には厚生年金、子育て支援金、介護保険とありますがこちらは労働組合を作って頂いて話し合いましょう」


「保険料はどうなるんだ?」
「基本、こちらとあなた方で折半ですわ」
「保険料引かれたら手元に残らないよ」

「それはあなた方の基本給が不当に下げられていたのです。違法だったのですよ?12万8千キジが基本給ですがおそらく…そんなになかったと思います。最低時給は1時間950キジ。どうです?」

「そ、そんなに貰ってないよ」

「そうでしょうね。ですが前任者の分を肩代わりする事は出来ませんから彼の私財から出来るだけ支払えるように手は打ってあります。基本給については個別設定になりますから各々が侯爵家から来る使用人の責任者と面接をして納得できるのであればそのまま働いて頂いて構いません」

「っていうか…12万8千キジは保証されるのか?」

「1カ月、週休2日ですが休みなく働けば!です。そこから保険料が引かれますが、家族手当、通勤手当、役職手当が付きますので一番少ない方で支給額18万キジの手取り13~14万キジ前後でしょうか」

「えっ?休みなく毎日働いても6万キジが限界だったよ?嘘じゃないのか」
「それは彼が不当に詐取していたからです。わたくしは真っ当に判断します」

途端にガヤガヤし始める労働者たち。
だが、それだけでは終わらなかった。

ドタドタと音がしたと思えば、破落戸のような男達が数人教会に入ってきて大声で怒鳴っている。この辺りを「シマ」と呼んでいる反社会勢力の労働者たちである。

「ハインリヒ様、出番ですわ」
「うっそ…マジで?あれ…本物じゃないか」
「パチモンは掴んでも仕方ありません。本物だから価値があるのです」
「そりゃそうだけど…」


ヒョォォォっと冷たい風が吹き抜けていったような気がするハインリヒ。
ジト目でトーティシェルがハインリヒを見ている‥‥見ている…見ている。

「判った…行ってくる」
「それでこそ、わたくしの大好きな聖帝サウザー様ですわ」
「え?僕ハインリヒ…」
「いいえ!今、この時だけ憑依するのです。いいですか?南斗五車星のヒューイではありません。サウザー様が憑依。判りましたか?」

「いや、うん…なんとなく?」
「さぁ、破落戸の前に立ち、言うのです!」
「な、なんて言うんだ?」

【退かぬ! 媚びぬ、省みぬ! ですわっ!!】

一応剣の心得と魔導士としても十分にやっていける魔力と魔法は使えても破落戸と対峙した経験はないハインリヒ。ちなみにハインリヒは北斗の拳を読んだ事がないのでサウザーの強さを知らない。

だが、愛読書とも言えるトーティシェルはハインリヒの膨大な魔力と類を見ない魔法の切れ味はサウザーに匹敵するんじゃないか?と思っていたりもする。


「おいおい、誰の許しを得てこんなシノギをしようとしてんだ?あぁん?」

凄んでくる破落戸の前に護衛の騎士たちと立ちはだかるハインリヒ。
後ろでそーっとトーティシェルが臨戦態勢に入ったのに気が付かない。
夫となる王子を盾に攻撃を仕掛けるつもりのようである。

「ここはお前たちの来る場所ではないっ」

威勢よく見栄を切った!切ったのだが…

ゴツン!! 「あ、痛っ!てめぇ何しやがる!」

トーティシェルが破落戸に向かって、テェイ!っと花瓶を投げつけたのだった。

「だっダメだって、これじゃケンカになってしまうよ」
「何をヌルイ事を言ってますの!破落戸相手に綺麗事は通用しませんわ」
「いや、でも危ないって!」

驚いたハインリヒが飛び掛かろうとするトーティシェルを必死で止める。

――僕はサウザーで前を斬るんじゃなかったのか?――

そう思うのも無理はない。あぁでも忘れていた。「シャァァ!」っと毛を逆立てて怒るとトーティシェルはネコパンチのような先制攻撃を仕掛けるタイプだった!
だもんで目の前の破落戸は本気で怒ってしまった。

「何やっとんじゃ。ゴルァ!」

逃げまどう人たちでごった返す教会の孤児院。

「返り討ちにしてくれますわ!かかってきなさい!」
「わぁっ!ダメだって。トーティ危ないから下がって!」
「ナンデスッテ?わたくしに引けと?!退けと仰るの?!」
「君がサウザーになってどうするんだ?!ここは僕と騎士たちで何とかするから、下がってるんだっ」

しかし戦闘態勢になっているトーティシェル。ウィスカーパッドがブイっと膨らんでいる。
やる気満々で破落戸に言い放つ!

「旅の風下に立ったことは一遍もないんでっ」

――いつのまに広島弁をマスターしたんだ?――

「ビデオテープが擦り切れるほど見た仁義なき戦い~頂上作戦~まさかここで役に立つとは」

「いや、全然役に立ってないから!下がるんだ」

「テェェェイッ!!」

何時の間に身につけたのか素早い身のこなしで破落戸たちに一太刀、一太刀が綺麗に決まっていく。

「このアマァ!!」
「出家しておりませんので尼さんでは御座いませんわッ!トゥ!」

バシッ!ドゴッ!!ものの数分で部屋に転がる破落戸たち。

「ハインリヒ様っ捕縛魔法をお願いいたしますわ」
「あ、…はい、今すぐ~」

「さてと…」っと呟いたトーティシェルは破落戸の中でもひと際良い服を着ている男に近寄るとにっこりと微笑んだ。

「下っ端じゃなくて、上の人とお話がしたいわ。平和的に」
「何を言ってやがるッ」
「もう一度言うわね?平和的に話がしたい…聞こえた?」

夜目になったトーティシェル。さりげなく回復魔法を後ろからかけてあげるハインリヒ。
物理的なケンカはやめよう‥‥心に誓ったのだった。
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