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年下の大男は練乳より甘い

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嵐が過ぎ去ったようなマルレイ伯爵家では葬儀が厳かに行われた。

その1週間後、1人の大柄な男が王都に住まう長兄アクセルの元を訪れた。
エガント公爵家の筆頭執事カインドルから「知らせを受けてこちらに向かっているはず」と言われていた男である。まだ王都に滞在していた三男のブルースは、馬から降りた男に駆け寄って声を掛けた。

「デカくなるとは思っていたが…また伸びたなぁ」

自分の頭と男の頭の上に交互に手のひらを乗せるが、目線の高さは当時から逆転してしまった。バルと呼ばれていた少年は馬を乗り継いでノースノア帝国からイーストノア王国までやって来たのだ。

「ブルースさん。ご無沙汰をしておりました」
「いやぁ、バルも来てくれるとは…。母上も喜ぶ。父上も中にいるぞ」
「えぇっと…あの…」
「どうした?」
「ツィアナは…その…ぇっと…」

言葉が尻すぼみになるバティウスは、狭い範囲で目線を動かしエリツィアナを探す。
ブルースはそんなバティウスの広い背中をバンバンと叩いて「まぁ、入れ」と屋敷の中に案内をした。


「これは…帝国の…」

サロンに入ると一番の年配者である先代伯爵が立ち上がり、バティウスに礼を取る。

「や、やめてください。私はまだ見習いの身なんですから」
「いやいや。話はこのイーストノアにも聞こえていますよ。次期皇帝の最有力候補だとね」

もうすぐ15歳になるバティウスは昨年社交界に再登場すると一躍有名人となった。
若いのに知識もあり、武に長け、それでいて腰が低い。
見た目は20代、30代の当主たちに引けを取らないのに柔らかい物言い。

声の大きな面倒な者達もバティウスの出自には文句のつけどころがない。
断っても断っても寄せられる山のような釣り書き。
下は2歳、上は54歳。未婚も寡婦も、中には現在の夫とは離縁するからと釣り書きを寄せる猛者もいる。


「あのっ…この度は…先代伯爵夫人の知らせに急ぎ馬を走らせたのですが…葬儀にも間に合わず。マルレイ伯爵家の皆さんにはただ、ただ感謝をするだけの世話になっておきながら申し訳ございません」

バティウスは深く頭を下げた。
ノースノア帝国からは早馬の伝令兵でも区間、区間をバトン形式で馬を走らせても10日はかかる。馬を乗り継いで来たと言っても1週間と言う事は夜道も駆け抜けてきたのだろう。
幼さも残る精悍な顔は、土埃で顔も髪も汚れたまま。本来なら一旦部屋を貸してもらい持参した服に着替えるのだが、到着してそのままブルースに案内をされてしまった。

「ありがとう。妻も喜ぶ。長い道中でお疲れでしょう。先ずは湯で疲れと汗を流してください。夕食には弟も…娘も呼んでおきましょう」

「ツ、ツィアナも?です‥‥よね?」
「アッハッハ。勿論ですよ。まだ全員王都にいますので。今日は一層賑やかな夕食になりそうだ。妻も…子供たち全員が両翼揃った姿を…見せた‥かっ…」

妻を思い出し言葉が詰まる先代伯爵に次兄のイグナスがハンカチを差し出した。
バティウスは、軽く頭を下げ、使用人に別室へ案内されると早速湯殿で遠い道のりを走り抜けて来た汚れを流した。


夕刻近くなり、サロンで5人の兄弟と談笑をするバティウス。
先代伯爵の弟とエリツィアナが到着したとの知らせが使用人によって告げられた。

「お待ちかねだな。さぁて。義弟が増えた挨拶でも我が家の姫君に致しますかね」

ブルースとサルバスに「気合は入ったか」と問われ、耳まで真っ赤になったバティウスはソファから立ち上がった。玄関ホールではエリツィアナが使用人と笑い合っている声が聞こえてくる。

「あら?サルバスお兄様、わたくしが最後?」
「あぁ。おっとっと。叔父上、義叔母上。いらっしゃいませ。叔父上?義叔母上を私がエスコートしても?」
「あぁ、頼むよ。先日から馬車の揺れで腰が痛くてね」
「そうなの。一昨日はステップを踏み外して咄嗟にバーを掴んだは良いけれど手首を捻ったのよ」
「それはいけない。騎士団で打ち身や捻挫に効く薬草の貼り薬がありますから明日にでもお持ちしますよ」
「それは助かる。兄上は奥に?」
「えぇ、父も待っていますよ。叔父上の好きなローストチキンも待ってます」
「それは楽しみだ」

叔父夫婦と兄たちが奥に引けた後、そこに残ったのはエリツィアナとバティウス。
使用人達も、口元に軽く手を当てて、「お嬢様のエスコート、お願いいたします」と奥に引けていった。

ズっとバティウスは鼻を一つ啜った後、一歩、また一歩とエリツィアナに歩み寄った。
当時もエリツィアナよりも背が高かったが、今は見上げるほどになったバティウス。

「ツィアナ。あの…ひ、ひ、ひ、久しぶりっ」

声が上ずってしまったバティウスは、昔のように手を繋ごうと手を差し出した。
だが、何時まで経ってもバティウスの手に触れるものがない。

「知りません。愛称を気安く呼ばないでくださいませ」

ぷいっと横を向いたエリツィアナにバティウスは跪いた。

「ごめん…あの時の言葉を…1年待っていてくれたと聞いた。言葉足らずで…さらに待たせた。俺が15歳になるまでと自分だけが判った気になってしまっていて…その…兎に角ごめん。ごめんなさいっ」

「え?どういう事ですの?15歳になるまで待っていたのはわたくしで…」
「あの、俺はもうすぐ、と言っても再来週なんだけど15歳になるんだ」
「えっ…ん??‥‥えぇぇっ?!」
「だから、その…結果的に4年も待たせてしまって…」

エリツィアナは、両手の指を折って数えた。
1、2、3、いや13だったから…とブツブツ独り言ちて指を折る。
その指をバティウスの大きな手のひらが包んだ。

「再来週、15歳になる。もう一度…言ってもいい?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ?バルは…バルは…まさかわたくしより年下?!」
「そうだけど?ツィアナの方が俺より2つ年上だけど…まさか?!」
「嘘でしょ?わたくしより背が高いのに?わたくしより足も大きいのに?」

エリツィアナはバティウスの事を「年の近い兄」のように思っていたため、領地を去った時点ではとっくにバティウスは15歳になっているものだとばかり思っていたのだ。

年下だとやっと理解すると、眩暈を覚えた。


「ツィアナ。いやエリツィアナ・マルレイ様。再来週、私が15歳になった時、貴女を妻に迎えに来ても宜しいですか?ずっと…9歳の時、出会った日から愛しています。完熟のリップルよりも甘い未来を…君と過ごしたい」


過去にも求婚はされたが、突然の求婚にエリツィアナは更に混乱を極めた。


「わっ、わっ、わぁたくしっ!リップルよりメープルバニャニャの方が好きですわ!」


バティウスはにっこり笑った。


「では、メープルバニャニャの練乳がけよりも甘く」
「虫歯になっちゃう…(きゅぅぅ)」
「えっ?ツィアナ?!ツィアナ?!」

エリツィアナは頭が真っ白になり、ついでに視界も真っ白になって卒倒してしまった。
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