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母の死
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静けさを打ち破るような知らせが乱暴に扉が開けられた事でもたらされた。
駆け込んできたのは五男のベルムントだった。
「エリー!叔父上!大変だ。母上が倒れたッ」
「なんですって?!」
その知らせは、伯爵領と王都の中間地点に住んでいるエリツィアナの母親が倒れたと言うものだった。
「ルルド子爵家で茶会があって、そこで突然苦しみだして倒れたそうだ。兄上の屋敷に運び込んで医者に来てもらっていると!」
「エリー。先に行きなさい。後で私達も向かう」
「は、はいっ」
ベルムントの乗ってきた馬にエリツィアナは先に跨った。エリツィアナを両腕で囲うように後ろにベルムントが跨る。鞭の入った馬は一声嘶くと駆けだした。
「ベル兄様、お母様は…」
「もっと飛ばすぞ。舌を噛むから喋るな」
ベルムントもエリツィアナも祈るような気持ちでマルレイ伯爵家に向かった。
マルレイ伯爵家の前には数日前から王宮への予算陳情に訪れていた次兄のイグナス、三男のブルースの馬車が停車していた。エリツィアナとベルムントが馬から降り従者に手綱を手渡した時、四男のサルバスが玄関の扉を開けて出てきた。
「兄上ッ!母上の容態はどうだ!」
ベルムントがサルバスに声を掛けるが、2人を見て俯いた。
「エリー。行くぞ」
「はいっ」
心臓が嫌な拍動をし始める。廊下を走る2人の足音も耳に聞えない。
まるで、静寂の中を走っているような気分だった。
廊下の途中、使用人が開いた扉の前でゆっくりとエリツィアナとベルムントに頭を下げた。
飛び込んだ部屋。大きな寝台に横たわっているのは母。
寝台のわきで母の手を握っているのは父。
アクセルとイグナスは母を見て立ち尽くし、ブルースは力なく椅子に座り込んでいた。
――間に合わなかった――
診察に駆け付けてくれた医者が助手を伴って部屋を後にする。
ポツリとアクセルが呟いた。
「ここに来た時はもう‥‥爺様と同じだ」
穏かに過ごしていた母は、いつもなら「また今度にするわ」と不参加だったにも関わらず、突然「王都の茶会に行く」と言い出し、子爵家の茶会に出席をした。
数十年ぶりに会う学園生時代の友人と歓談をして、そろそろお開きとなった時に胸を押さえ「背中が痛い」と倒れた。急ぎ医者が呼ばれたが手足を暫くばたつかせ、なんとか受け答えが出来る状態を過ぎたあとは処置をしようにも心臓が動きを止めた後だった。
「いつもなら…この時期でもエリーだけは領地にいるからな。突然茶会に行きたいっ‥なんて…」
イグナスがエリツィアナの方を向いて震える声を出し、指で鼻を抓んで涙を堪えた。
「お母様ぁ!!」
母の頬に手を当てれば、温かみがある。手も、首も温かくて瞼は閉じているが呼べば目を覚ますのではとエリツィアナは何度も名を呼んで体を揺する。
「起きて、起きてよ。お母様っ。エリーよ?判る?お母様っ!」
だが、母の手は握ったエリツィアナの手を握り返す事も、瞼を開ける事も、「エリー」と名を呼ぶ事もなかった。
国教の教えに従い、亡くなった日を入れて3日目には神の御許に旅立つために埋葬をされる。
マルレイ伯爵家は葬儀の準備に取り掛かり、アクセルは書面では間に合わないため母親やマルレイ伯爵家と遠戚関係のある家に従者を走らせた。
当日の夕方、叔父夫婦がやってきた。
「3日、お休みをするよと子供たちの家を回ってきた。エリー。ゆっくりお母さんとお別れをしておいで」
「ありがとう。叔父様。義叔母様」
エリツィアナの両親は既に60歳を超えている。
70代まで生きているものは少なく、突然の事ではあったがイーストノア王国では平均的な寿命だったとも言える。苦しんだとは聞いたが、母の表情は穏やかで兄弟妹、そしてエリツィアナの父にもそれだけは救いに思えた。
厳かな葬儀になるはずだった。
まさかの弔問客が訪れ、悲しみの気持ちさえ掻き乱すとは誰も考えもしなかった。
駆け込んできたのは五男のベルムントだった。
「エリー!叔父上!大変だ。母上が倒れたッ」
「なんですって?!」
その知らせは、伯爵領と王都の中間地点に住んでいるエリツィアナの母親が倒れたと言うものだった。
「ルルド子爵家で茶会があって、そこで突然苦しみだして倒れたそうだ。兄上の屋敷に運び込んで医者に来てもらっていると!」
「エリー。先に行きなさい。後で私達も向かう」
「は、はいっ」
ベルムントの乗ってきた馬にエリツィアナは先に跨った。エリツィアナを両腕で囲うように後ろにベルムントが跨る。鞭の入った馬は一声嘶くと駆けだした。
「ベル兄様、お母様は…」
「もっと飛ばすぞ。舌を噛むから喋るな」
ベルムントもエリツィアナも祈るような気持ちでマルレイ伯爵家に向かった。
マルレイ伯爵家の前には数日前から王宮への予算陳情に訪れていた次兄のイグナス、三男のブルースの馬車が停車していた。エリツィアナとベルムントが馬から降り従者に手綱を手渡した時、四男のサルバスが玄関の扉を開けて出てきた。
「兄上ッ!母上の容態はどうだ!」
ベルムントがサルバスに声を掛けるが、2人を見て俯いた。
「エリー。行くぞ」
「はいっ」
心臓が嫌な拍動をし始める。廊下を走る2人の足音も耳に聞えない。
まるで、静寂の中を走っているような気分だった。
廊下の途中、使用人が開いた扉の前でゆっくりとエリツィアナとベルムントに頭を下げた。
飛び込んだ部屋。大きな寝台に横たわっているのは母。
寝台のわきで母の手を握っているのは父。
アクセルとイグナスは母を見て立ち尽くし、ブルースは力なく椅子に座り込んでいた。
――間に合わなかった――
診察に駆け付けてくれた医者が助手を伴って部屋を後にする。
ポツリとアクセルが呟いた。
「ここに来た時はもう‥‥爺様と同じだ」
穏かに過ごしていた母は、いつもなら「また今度にするわ」と不参加だったにも関わらず、突然「王都の茶会に行く」と言い出し、子爵家の茶会に出席をした。
数十年ぶりに会う学園生時代の友人と歓談をして、そろそろお開きとなった時に胸を押さえ「背中が痛い」と倒れた。急ぎ医者が呼ばれたが手足を暫くばたつかせ、なんとか受け答えが出来る状態を過ぎたあとは処置をしようにも心臓が動きを止めた後だった。
「いつもなら…この時期でもエリーだけは領地にいるからな。突然茶会に行きたいっ‥なんて…」
イグナスがエリツィアナの方を向いて震える声を出し、指で鼻を抓んで涙を堪えた。
「お母様ぁ!!」
母の頬に手を当てれば、温かみがある。手も、首も温かくて瞼は閉じているが呼べば目を覚ますのではとエリツィアナは何度も名を呼んで体を揺する。
「起きて、起きてよ。お母様っ。エリーよ?判る?お母様っ!」
だが、母の手は握ったエリツィアナの手を握り返す事も、瞼を開ける事も、「エリー」と名を呼ぶ事もなかった。
国教の教えに従い、亡くなった日を入れて3日目には神の御許に旅立つために埋葬をされる。
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「ありがとう。叔父様。義叔母様」
エリツィアナの両親は既に60歳を超えている。
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厳かな葬儀になるはずだった。
まさかの弔問客が訪れ、悲しみの気持ちさえ掻き乱すとは誰も考えもしなかった。
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