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トリエという少女

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「お姉さん、こんにちはっ!」

子供たちがやってくる時間はまちまちである。
朝早く夜明けと共に門の前に座って待つ子もいれば、市井の者たちの昼休憩が終わる頃に駆け込んでくる子もいる。「今日はもうだめですか?」と星が瞬き始める時刻に訪れる子もいる。

21時を知らせる鐘が響く頃には数人が連れ立って帰っていくが、雨の日は朝から多くの子供が詰めかける。雨が降れば市場でセリは開かれないので荷運びの仕事はないし、辻馬車も馬がぬかるみに嵌ると大変だし、人よりも馬の方が貴重なのでそもそも雨の日に馬に馬車を引かせることはない。

雨の日は子供たちも仕事がないのだ。
1、2日の雨なら文字を教えもするが、4、5日と雨が続いた時は長兄のアクセルが叔父夫婦の家に荷を運んでくる。領地から持ち込まれる野菜は出発して直ぐに届くわけではない。数日かけて王都までやってくるのだ。

雨が降れば青果市場もセリをしないため荷下ろしが出来ない。
ここに持って来て、子供たちに駄賃を渡す代わりにバネ計りで重さをはかり袋詰めをするのだ。イモ類など芽が出ているものは売り物にならないので子供たちに分け与えられる事がある。

一般の庶民相手の荷であればそれもないが、高位貴族や王宮に納品する物は選別するのだ。

「今日も雨ね。そろそろアクセルの所も荷がなくなるかしら」


売れない野菜の配給の他に、袋詰めの駄賃は子供たちの稼ぎになる。
いつもの仕事よりは貰いは少ないが、それでもないよりはずっといい。以前は雨が10日続けば貧民街には数人の餓死者がでたくらいだ。


「今日は繕い物をしましょう。男の子はドレスの糸を解くの。女の子はその糸で刺繍をしたり、売れそうな小物を端切れを使って作ればいいわ」

時折やって来る主婦の見よう見まねで針仕事もいつの間にか覚えて行く子供たち。
その日の稼ぎにはならなくても繕い物をしない布は買い取って貰えば良いのだ。幸いに教会に寄付するための古着は沢山ある。明日も雨だとしても、選り分けるだけで今日、明日の事にはならない。

木箱4箱分を仕分けして、その後は貰った小麦と少しの砂糖とバターで簡単な焼き菓子を作る事になった。早速、大量の古着をホールに集めて子供たちと先ず選別をし始めて、2時間程経った時だった。


「トリエ!何やってんのよ。ちゃんとしなさいよ!」

1人の少女がバンと大きな音を立ててテーブルの上に古着を置いた。
数人の少女もトリエと呼ばれた少女の方を向いている。

「いいじゃない!どうせ糸を取るんでしょう?!ならその前に最後の役目を果たさせてやってるだけよ」

古着の中から色あせた子供用のドレスを体に当てて、姿見の前でポーズを取る。
トリエという少女はこの学び舎では嫌われ者だった。

年齢は判らない。叔父夫婦が言うには10年前には来ていたし、市場で荷運びで落ちた野菜くずを集めていたというので、その当時が6,7歳だったとすれば今は16歳、17歳だろうか。
だが、見た目が12、13歳に見えるのは明らかに栄養が足りておらず、背も低くて痩せぎすだったのと童顔のせいだろう。


「ね、お姉様、いいでしょう?少しの間だけだもの」

胸の前で指を組み、祈りを捧げるように上目遣いでエリツィアナに駆け寄ってきたトリエは大きな瞳を涙で潤ませた。

「気持ちは解るけれど、する事をしてからにしないと終わらないわ」
「お姉様の意地悪。アタクシにはそうやっていつもキツイ事ばかりっ」
「何言ってるの?エリー姉さんは当たり前の事を言ってるだけよ」
「そうよ!それにアタクシって何?何気取ってんのよ」

トリエはいつも問題を起こしてくれる。
いざこざがあった時、必ずその中心にはトリエがいる。

子供たちの中でエリツィアナの事を「お姉様」と呼ぶのはトリエだけだ。
文字の読み書きを教えている時も、トリエは突然井戸に行き、体を洗い始めてずぶ濡れになってしまう。仕方なく湯殿に湯を張り、体を温めるように言えばアメニティを使い切るまで湯殿から出てこない。

何処にいるのかと探せば、叔父夫婦の部屋にいたり、エリツィアナの部屋でクローゼットを物色している。

「あの子ね、盗み癖もあるから気を付けて」

子供たちはこっそりとエリツィアナに耳打ちをした。
確かに無くなっている小物が幾つかあるが、現場を押さえた訳ではないので疑う事も出来ない。


その日も古着の中から、比較的良い布を使っていたドレスを選んで戦利品とばかりにトリエは意気揚々と帰って行った。叔父夫婦もトリエ1人に物を持ち帰ることを許せば他の子に示しがつかないと肩を落とす。

「おじいちゃん先生。私達は要らないよ?だってこれが売れれば皆で分けるし」
「そんな事よりほら見て!綺麗に袖の糸を外せたよ」

嫌な空気を変えようと子供たちが気を使う。
エリツィアナは叔父とともに苦笑いで仕分けを切り上げ、焼き菓子を焼いた。
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