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叔父夫婦の学び舎

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王都はとても忙しない街だった。
長閑な伯爵領とは違って、誰も彼もが早足で歩き雑踏すら木枯らしにも似ていた。

エリツィアナは長兄のアクセルの住む屋敷を訪れた。

「正式な婚約は半年後になる。侯爵家で仕来たりなどを学んだ結果が加味されるからな。心配はしていないが嫌な事があればすぐに言うんだぞ?エリーは我慢する所があるからな」

「まだ婚約になっていなかったのね。もう婚約してるものだと思ってたわ」

「相手が高位貴族だからな。伯爵位までは平民との結婚でも問題ないし出生証明なども必要はないが、高位貴族となれば王家が降家する場合があるから面倒なんだ。待たせている1年の間に済ませておいてくれたら良かったんだが、ご丁寧にこちらの返事を待っていたようだ」



生まれた頃は兄弟妹6人に両親、そして使用人達と住んでいたが事業拡大をしたアクセルは屋敷の半分を事業所としてしまったため、客間も1室しかなく、アクセルの子供たちもやっとメイジーが嫁いだ事で1人1部屋になった。

「すまないな。住まわせてやりたいんだが」
「いいのよ。でも時々遊びに来る事は許してくださるんでしょう?」
「それは当然だ。エリツィアナの家でもあるんだから」

王都には四男のサルバス、五男のベルムントも住まいはある。
共に結婚をしていて子供もいる。

しかしサルバスは騎士団の家族寮に住んでいてそこに居候することは出来ないし、ベルムントも商会の宿舎住まいのため転がり込む事も出来ない。

両親は王都と領地の中間地点にある元は別荘だった屋敷に住まいを移していて、そこには部屋はあるのだがルマンジュ侯爵家の仕来たりなどを学ぶために往復するのは大変である。
なにせ伯爵領から王都までは馬車を乗り継いで5週間かかる。
その中間地点にあるのだから、王都まで片道どんなに急いでも10日はかかる。往復で20日だ。雨でも降ればその日は馬車がぬかるみに嵌ると大変であるから動かない。

仕方なくエリツィアナは父の弟である叔父の元に身を寄せる事になった。

「部屋を借りてもいいんだが、五月蠅いからな」

15歳の成人をしたばかりでも女性の1人暮らしとなれば心配で年老いた両親は大反対をしたのだ。ルームシェアという方法も領地にいたエリツィアナにはしてくれるような女性はいない。

叔父の家はこじんまりとしている。父よりも3つ年下だが祖母の持っていた子爵家の権利を独立する際に譲ってもらい今はその息子が爵位を継いで、アクセルの事業を一緒に行っている。

既に隠居した身。住まいは決して小さくはないが元はホールだった部屋は改装されて子供用の机と椅子が並んでいる。慈善事業に熱心な叔父夫婦はここで貧しく学ぶ事が出来ない子供たちに文字の読み書きを教えているのだ。

教会でも「無料」で教えてはいるが「無償」ではない。
学ぶためのペンやノートは持参をせねばならないし、教えて貰う事は無料だが暗黙の了解で奉仕が義務のようになっている。

王都は華やかそうに見えて住みにくい街なのだ。
子供たちも学びを終えれば街角や市場に消えていく。その日の日雇い労働をして賃金をもらい生活の足しにする。文字の読み書きが出来れば少しだけ日給が上乗せされるとあって時間を作って子供たちは学びに来る。

「こうなるまでには時間もかかったんだよ」

叔父は「また来ます!」と元気よく走っていく子供に「走ってはダメだよ」と声をかけながら目を細めた。エリツィアナは叔父と義叔母と共に無造作に机の下に突っ込まれた椅子を直した。

「文字の読み書きが出来れば賃金が少し多くなる事は判っていても、学びに来る時間でその日の日当は削られる。だから反対する親が多くてね」

「苦労したの。一軒一軒回って、文字の読み書きが出来ない場合は週に幾ら、月に幾ら。読み書きが出来ればそれがこうなると何度も何度も説明に行ったものよ」

「そうなんですね。読み書きをするにも子供たちは懸命なんですね」

「そうだよ。我々は…いや貴族はそれが当たり前だが、当たり前ではない者がいる。炊き出しや支援物資をするのも大切な事なんだが、与えるものが品物ばかりでは何も変わらないんだ」

「うふふ。思い出すわね。学び舎を始めた頃はペンもノートも持ち帰って売る子もいたの。ノート1冊で2食分の食費になるからって、それ目当てで来る子ばかり。アクセルも王都中のペンやノートを買い占めたんじゃないかしら」



叔父夫婦の行う学び舎では文字の読み書きだけではなく、本の読み聞かせも行う。
その他に生活の足しになればと貴族から古着を集め、リメイクがてらに時間の空いた主婦たちが裁縫をする。それを古着市場で売り、生活費の足しにしたり教会に寄付をしたりするのだ。
本やペン、ノート、そして今片付けた机や椅子は全てマルレイ伯爵家が出資し負担している。貴族から衣類を調達してくるのもマルレイ伯爵家である。

「アクセルが爵位を継いでこの地区の犯罪も減ったんだよ。まだゼロではないがいつか犯罪がなくなる日が来る。その日は誰もが文字を読め、書く事が出来て襤褸ではない衣類を身に纏っている日だ」

慈善事業をしているだけあって、食事も豪華ではない。
元々伯爵領でも豪華な食事の日は特別な日くらいだったエリツィアナには苦にはならない。

その日の夕食は叔父夫婦も「1人増えて賑やかなのが最上のソース」と温かな食卓となった。

エリツィアナはこの慈善事業が思わぬ結果をもたらすとは露とも思わず、旅の道中では、カラスの行水だったがゆっくりと体を湯で温め、寝台では伸ばせなかった足も伸ばしぐっすりと眠った。
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