幸せは「あたる」とやって来る

cyaru

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第31-1話  幸せは「あたる」とやって来る③―①

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本格的に侯爵家の行う全てを話してしまえばロッティーナにはドン引きされてしまうだろう。

「ドン引きならまだいいよな」

ジャックはロッティーナに軽蔑をされるのが怖かった。
とはいっても、出会ってまだ1か月半にもならない。

好きだなんだと言っても社交辞令にしか受け取られないないだろうし、言葉を口にするとこちらも「気持ち悪い」「そのために雇うと言ったのか」と思われそうで怖い。

美丈夫と言われても仕事が仕事。
実際の所、侯爵家や辺境伯家に生まれると子息も令嬢も将来の伴侶を見つけるのは難しいのだ。

嫌われるのは慣れているけれど、ロッティーナには軽蔑をされたくなかった。

「心の内に秘めておけばいいかな」

ジャックの執務机。一番上の引き出しには渡せなかったロールパンのブローチが置かれている。

「ジャック様、今宜しいでしょうか?」

ロッティーナの声がしてジャックは急いで引き出しを押し込んだ。

「どうしたんだ?」

「紛争地での医薬品についてご提案があるんです」

ロッティーナなりに考えて纏めて来たであろう手製の資料をロッティーナはジャックに説明していく。

「――なんです。だから調剤も必要ですが薬草を…ジャック様?」

「ん?あ、あぁ何だったかな。紛争地には配給も現状では行き届いていない、だったか?」

「それ、ほぼ最初です。やっぱり…出過ぎた事でしたか?」

「それは違う!(ガタタン!!)フォグアゥッ!!くぅぅ…」

ショボンと肩を落としたロッティーナにジャックは勢いよく立ち上がったものだから執務机の中央の引き出し部分に思いっきり太ももとその中央にある突起の根元を打ち付けてしまった。

不意な打撃に悶絶する痛みは一定年齢に達した男性なら1度は経験する痛み。
冷や汗が噴き出て腹の底にとてつもない錘を捻じ込まれる例えようのない痛みがジャックを襲う。

「大丈夫ですか?!見せてください!」

執務机の横を回りロッティーナが心配そうに駆け寄るが「ここが痛いです」なんて曝け出してしまったら本物の変態だ。

「だっ…だいじょ…くぅぅ…いいんだ…暫くするとぉぉぉ‥スゥゥー…落ち着く」

「打ったんですね?庭にオトギリソウがあるので採ってきます。葉っぱを揉んで出た汁を患部に塗ると効きますので」

==ニャンだって!それ不味いだろ!==

患部になんか塗られたら違う意味でいろいろと「痛い」じゃないか。

「ま、待て…ハァハァ…違うぞ?これはスゥゥー!!!痛みを逃す呼吸…」

「解ってますよ?何を間違うと言うんです」

==変態だよ。変態の呼吸==

「とにっ兎に角ッ!大丈夫だからっ。もう少しで…治まるからッ‥スゥゥー!!」

「本当に大丈夫ですか?誰か呼んできたほうが」

「いいっ!誰にも…言わないでくれ…」

――もしや不治の病?!皆に気づかれちゃいけない痛みなの?――

ロッティーナは強い痛みからなのか額に脂汗を浮かべ痛みに耐えるジャックの背を撫でるしかなかった。それがこの痛みには何の効果も生み出さないばかりか、部分的な隆起を引き起こし更に痛み倍増となる事を知らない。


やっと痛みが引き、部屋の中は微妙な空気が漂う。

ロッティーナはジャックが不治の病若しくは難病で時折襲ってくる痛みを使用人たちに必死に隠しているのに、自分が偶然居合わせてしまったのだと思い、ジャックの体調を本気で心配している。

ジャックは男性ならではの痛みを2人きりの時に、しかもロッティーナに隠し通せたかどうか。心配で心臓がバクバクしている。

空気を変えようとジャックはロッティーナに「街に行かないか?」と誘った。

特に行きたいところがある訳でもなく、女性が喜びそうなスポットを知っている訳でもない。ただ場の空気を変えようと思い付きで言ってみた。

「街ですか?そうですね…あ、そうだ!さっきの話なんですけどモートン様が裏路地にあるので女性だけで行くのはダメだと止められたんですが、腕のいい薬師のいる薬草店があるそうなんです。行ってみませんか?」

「裏路地?確かに女性だけでは危険だな。良いよ。行ってみよう」

翌日に出かける事を約束し、ジャックはロッティーナの持ってきた資料を「読んでおくよ」と言ってその場はお開きとなった。



翌日。空を見上げると白い雪がはらはらと舞っていた。

「ジャック様。お待たせしました」

馬車の前で待つジャックの元にロッティーナが言葉と一緒に白い息を吐きながら駆け寄ってきた。

「あ、そうか…防寒着がなかったな」

「大丈夫ですよ。私、寒さには強いんです」

「女性は我慢をするものじゃない。僕ので申し訳ないがこれを着ると良い」


ジャックは着ていた防寒着を脱ぐとロッティーナに着せた。
代わりの防寒着を執事が持ってきてくれる。

体温で温まっていた防寒着はロッティーナにしっかりと着せる。新しい防寒着に袖を通すとひんやりしていたが「行こうか」と声を掛けるとロッティーナは襟元をギュッと閉じながら「えへっ」と笑った。

「あったかいです。なんだか…スンスン…ジャック様の香り…なのかな?」

「っっっ!!!」

スンスンと防寒着に付いたジャックの体臭なのか。嗅いで微笑むロッティーナにジャックの体温は急上昇し理性は崩壊寸前だった。

執事を筆頭に使用人たちが心で盛大にエールを送っている声が聞こえる気がする。
皆に見送られて乗り込んだ馬車にも問題がある。

キッ!と執事を見るとサムズアップしていた。

通常は向かい合わせで腰かける馬車の庫内。今日の馬車の座席は1か所しかなく御者を含めて3人乗りの小ぶりな馬車で並んで座るしかない。しかも横幅も狭いので密着状態で座らねばならなかった。

体の片方にロッティーナの温もりを感じ、ジャックは思った。

==今日1日。僕は耐えられるだろうか==

そんなジャックの心を他所に、ロッティーナは手袋でモコモコの手で懸命に紙を広げて「このカフェのスィーツをお土産に欲しいって言ってました」揺れる馬車の中でジャックに説明をする。

==あ~だめだ。もう重傷だ==

目線から少し下にあるロッティーナの赤くなった頬。至近距離過ぎて揺れでジャックの頬に触れるロッティーナの頭。出発したばかりなのに限界点はもう超えている気がした。
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