幸せは「あたる」とやって来る

cyaru

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第05話  夢のまた夢

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ルチケット子爵家に戻って来てもロッティーナの居場所はない。
部屋はあてがわれてはいるものの、夏は暑さが真夜中まで籠り、冬は隙間風が吹き抜ける部屋。
陽が当たるのは1年で5月から10月下旬の西日だけ。

そんな部屋でもないよりはいい。
雨や雪は凌げる。

使用人は1人もおらず、何をするにも自分でせねばならないが誰よりも早く竈に火を入れればあかぎれ凍瘡しもやけで傷む手足も温められるし、夜も竈の残り火で湯を沸かせるので清拭も出来る。

物心ついた時から父たちと食事をした事はないけれど、残飯であれば食べる事を咎められることもないし、厨房で1人、隅っこで壁に向かって立って食べれば誰に見られることもない。

ここまで冷遇をされているのはロッティーナの出自が庶子であることが関係している。
父親は間違いなくルチケット子爵家の当主なのだが、元々ルチケット子爵家は裕福な家ではなかった。

そこに嫁いで来たのが現子爵夫人。実家は商家で今は廃業をしているが結婚した当時はそれなりに儲けていたそうだ。

妻の実家からの融資ありきでなんとか爵位を保っていたルチケット子爵家。
貧乏だが爵位のある夫に平民だが金のある実家を持つ妻。

どちらが主導権を握るかなど考えなくても解る。
長兄が生まれても子爵家の人間よりも妻の実家の方に発言権がある。その不満を外で発散をしてしまい生まれたのがロッティーナ。

子爵夫人から見れば確かにロッティーナの生みの母は寝取り女。
そこはロッティーナも子爵夫人が腹を立てても仕方のない事だろうと思う。

だが言わせてもらうのであれば、ロッティーナは生みの母の事を何も知らないに等しい。ロッティーナがルチケット子爵家に引き取られたのは生後12日目の事で、以来生みの母親とは会った事もないのだ。

引き取られた当時はまだ父は子爵家を継いでおらず祖父母が存命中だった。
祖母には毛虫を見るような目でロッティーナを見て「下賤な子」と怒鳴った記憶しかない。

逆に祖父は優しかった。当時はまだ使用人もいて祖父はロッティーナのために専属の使用人を付けてくれた。ただそれも祖父がロッティーナが4歳になった時に亡くなったのを機に解雇されてしまったが。

その時からロッティーナは使用人同様いやそれ以下の生活を強いられてきた。
この部屋をあてがわれたのもその頃だ。


ロッティーナには夢があった。

学問塾で学んだ植物学は楽しかった。
おそらく自分には婚約者も用意はされないだろうと考えていたので寮を出る事になる卒塾後は2、3年親に金を渡しながらも倹しく貯めて成人となる18歳で家を出て王都から離れた遠い領地で珍しい植物を探しながら働ければ。そんな夢があった。

学問塾は国営のため、通っている1年間は学業が優先される。

子供の稼ぎをあてにして生活している親もいるので国は全寮制としており、その1年間だけは親も連絡は出来ても手出しが出来ない。

ロッティーナには学問塾の1年が夢のような時間だった。

寮の決まり事や消灯時間などはあったけれど決まりを守れば自由があった。知りたい事を知ろうと自由に利用できる図書室で本を読んでいるとあっという間に日が暮れた。

消灯時間を過ぎても同室のルームメイトと月明りで本を貪るように読んだ日もあった。

寮を抜け出した誰かが叱られている声が廊下を伝って聞こえてくる事もあったが、誰もが1年間は親に束縛される事もなく自由だったのだ。

卒塾後は研究室に来ないかと御用学者から誘いもあったがロッティーナは断った。

研究室は魅力的だが実状は無給の無休。

手弁当で研究をせねばならない上にスポンサー探しという仕事も加わる。研究をしていれば稼ぐにしても空いた時間に片手間の仕事となるので教授に成れる訳でもなく趣味で生きていくくらいの財がなければ生活が出来ない。

卒塾すれば親に寄生されるであろうロッティーナには夢のまた夢なのが研究者だったが現実を考えれば食べていけないので成人すれば家から籍を抜き、平民として田舎で暮らす。現実的な夢を持った。

そんな小さくて壮大な夢すらシリルからの婚約申し込みで砕け散った。

「支度金を返すことが出来たらなぁ」ロッティーナは窓の外を見て、空高く昇った月に呟いた。
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