上 下
40 / 45

VOL.40  クーヘンの失言

しおりを挟む
「おーい!出すぞー!」

西地区では後片付けが行われていた。
全焼してしまったのは3棟。半焼が7棟。半焼にもならないが住むにはちょっと問題のでた2棟。家主も「仕方ない」と取り壊しを決め解体、一画は瓦礫の山になった。

12棟が無くなりぽっかりと更地になってしまった場所には住民も手伝って瓦礫の運び出しが行われていた。

オリビアから相談を受けたスピア伯爵は所有者の家主と交渉をしてくれてこの場所はスピア伯爵が買い取り、集合住宅を建設することになった。

「困った時はお互い様」と商店街は食材を提供し、瓦礫撤去をする者に食事を提供する。調理をするのはクーヘン。オリビアもクーヘンを手伝って大きな鍋を掻き混ぜていた。


そこに大きくて豪奢な馬車がやって来て、炊き出しをしている広場の出入り口を塞ぐように停車した。

「こんなところにいたのか!オリビア!」

馬車から降りて来たのはポルトー侯爵。オリビアの父親だった。

「オリビア…あれ、親父さん?」

「さぁ?他人よ。ほら!焦げちゃうでしょう?混ぜて。混ぜて」

「でも…こっちに来るぞ」

「来たって分けてあげないわ。人数分しか作ってないもの」

「そういう事じゃなくてさ」

もう他人だと名を呼ばれても顔を向ける事はないし、返事もしない。
「オリビア!」何度も大声で呼び、ポルトー侯爵は近寄って来た。


「何度も呼んでるだろう!何故返事をしない!」

ポルトー侯爵は鍋を掻き混ぜるオリビアの手を掴んで捩じりあげた。
のだが‥‥。

「うぁっち!!熱っ!熱いじゃないか!」

イラっとしたオリビアは鍋を掻き混ぜていたオタマにアツアツのスープを掬ったままバシャッと引っかけた。

「あら?ごめんなさいね?突然手を掴むものだから。スープだからまだいいけど油だったら危険ですわよ」

「何を言ってるんだ!こっちは金も使って散々に探したんだぞ!」

「まぁ、大変でしたね。で?失せ物が見つかりましたの?」

「オリビア!ふざけるのも大概にしろ!お前を探したと言ってるんだっ!」

またオリビアの手を掴もうとしたが、オリビアがオタマでまたスープを掬ったのを見てポルトー侯爵は怯んだ。諦めた訳ではないだろうが、取り付く島もない。

まるっきりポルトー侯爵を無視するオリビアに声のトーンを落とした。

「いつ終わるんだ」

ポルトー侯爵は問いかけた。


「クーヘンさん!そっち出来ましたの?」

「あ、あぁ…もう出してもいいけど…その…親父さん…」

「じゃぁ順番に盛り付けて運んでもらいましょうか」


クーヘンも居た堪れない。オリビアは本気でポルトー侯爵をガン無視しているのである。オリビアの後ろでもう一度声を掛けようとしているようだが、オリビアはクーヘンに「盛り付け!!皆が待ってるわよ?」と急かす。

炊き出しをしているのはポルトー侯爵も解る。
全く振り向くこともないオリビアに「馬車で待っている」と声を掛けて馬車に戻って行った。

のだが‥‥。

炊き出しが行き渡り、片付けが始まってもオリビアはポルトー侯爵の事を忘れているのか、それとも敢えて無視をしているのか、木箱に調理器具を詰め込んで荷馬車に載せると「帰りましょう」と言い出した。

「オリビア。ちゃんと話をした方がいい。心配なら俺も行くからさ」

「何のこと?今夜のメニューを話するの?」

「オリビアっ!解ってるだろう?親父さんの事だよ」

声を荒げてしまったクーヘンはオリビアと目が合うと「しまった!」と感じた。

「私に父親はいません。姓も、身分もない。その事は出会った日にお伝えしたと思いますが?」

「意地になるなよ。来てくれてるんだから話くらいしてやってもさ」

「クーヘンさん。本気で言ってるの?」

「え?うん…まぁ」


クーヘンも両親が存命中は何度も親子喧嘩をした事がある。
10歳になる前、8歳でパン屋に奉公に出たクーヘンは接客がまるでダメで両親に注意ばかりされて、キレたこともある。

だが、両親が亡くなってしまった今は親子なんだから。親なんだから子供の事を心配しているのだと思うところがあった。

あくまでもそれが普通の親子。その環境下でしか育っていないクーヘンは高位貴族の家族の在り方を知らなかった。

だからポルトー侯爵と話をしろとオリビアに行ってしまった事がとんでもないことになるとは思わなかったのだ。

「判ったわ。行ってくる」

「うん。話せば判ってくれるさ」

「そう…」

フっとオリビアは寂しそうな顔をした。
その表情がクーヘンの心の中に焦燥感を生み出す。

「俺も行く」と言おうとしたが、先に歩き出したオリビアをポルトー侯爵の従者が取り囲み、侯爵が馬車に乗ったまま二言三言、なにか話をしているなと思ったらオリビアは馬車の中に乗せられてしまった。

馬車の中で込み入った話をするんだろう。
そう思ったクーヘンだったが馬車は動き出しあっという間に西地区から去って行ってしまった。


「え?え?なんでだ?え?」

突然の事に慌てたクーヘンは走り出して馬車を追いかけようとしたが、走り出した馬車と入れ違うように残りの炊き出し食器を回収して来た飲み屋ミナミの女将に叱り飛ばされた。

「なにやってんだい!!なんで行かせた!」

「親父さんと話するだけ…」

「そんなわけないだろう!連れ戻しに来たんだよッ!」

「で、でも、親子喧嘩…」

「何甘い事言ってんだい!こっちに来なっ!」

飲み屋ミナミの女将に強引に引っ張られて店に戻ると、そろそろ傷口も瘡蓋になってきたシェイラとロゼッタの元に連れて行かれた。

「な。なんだよ…」

「聞いてみなっ!」

「え?聞くって何を…」

「さっきの状況!貴族ならどういう意味か聞いてみろと言ってんだよッ!」

女将が搔い摘んで話をするとシェイラとロゼッタはクーヘンの考えとは全く違う答えを返してくれた。

「オリビア様は多分どこかの貴族か…王族かに嫁がされるのだと思います」

「貴族って親子というより、子供は親の道具なんです。道具の話なんか聞いてくれる親はいません」

そして2人は言った。

「侯爵と話をしろと仰ったの?それは…オリビア様はクーヘンさんに捨てられたと感じたと思いますよ」

「その言葉は…家に帰れと同義ですから」

「そんなつもり…じゃなかった」

その場に崩れ落ちたクーヘンに女将もシェイラとロゼッタもかける言葉はなかった。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

婚約破棄したので、元の自分に戻ります

しあ
恋愛
この国の王子の誕生日パーティで、私の婚約者であるショーン=ブリガルドは見知らぬ女の子をパートナーにしていた。 そして、ショーンはこう言った。 「可愛げのないお前が悪いんだから!お前みたいな地味で不細工なやつと結婚なんて悪夢だ!今すぐ婚約を破棄してくれ!」 王子の誕生日パーティで何してるんだ…。と呆れるけど、こんな大勢の前で婚約破棄を要求してくれてありがとうございます。 今すぐ婚約破棄して本来の自分の姿に戻ります!

処理中です...