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VOL.40 クーヘンの失言
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「おーい!出すぞー!」
西地区では後片付けが行われていた。
全焼してしまったのは3棟。半焼が7棟。半焼にもならないが住むにはちょっと問題のでた2棟。家主も「仕方ない」と取り壊しを決め解体、一画は瓦礫の山になった。
12棟が無くなりぽっかりと更地になってしまった場所には住民も手伝って瓦礫の運び出しが行われていた。
オリビアから相談を受けたスピア伯爵は所有者の家主と交渉をしてくれてこの場所はスピア伯爵が買い取り、集合住宅を建設することになった。
「困った時はお互い様」と商店街は食材を提供し、瓦礫撤去をする者に食事を提供する。調理をするのはクーヘン。オリビアもクーヘンを手伝って大きな鍋を掻き混ぜていた。
そこに大きくて豪奢な馬車がやって来て、炊き出しをしている広場の出入り口を塞ぐように停車した。
「こんなところにいたのか!オリビア!」
馬車から降りて来たのはポルトー侯爵。オリビアの父親だった。
「オリビア…あれ、親父さん?」
「さぁ?他人よ。ほら!焦げちゃうでしょう?混ぜて。混ぜて」
「でも…こっちに来るぞ」
「来たって分けてあげないわ。人数分しか作ってないもの」
「そういう事じゃなくてさ」
もう他人だと名を呼ばれても顔を向ける事はないし、返事もしない。
「オリビア!」何度も大声で呼び、ポルトー侯爵は近寄って来た。
「何度も呼んでるだろう!何故返事をしない!」
ポルトー侯爵は鍋を掻き混ぜるオリビアの手を掴んで捩じりあげた。
のだが‥‥。
「うぁっち!!熱っ!熱いじゃないか!」
イラっとしたオリビアは鍋を掻き混ぜていたオタマにアツアツのスープを掬ったままバシャッと引っかけた。
「あら?ごめんなさいね?突然手を掴むものだから。スープだからまだいいけど油だったら危険ですわよ」
「何を言ってるんだ!こっちは金も使って散々に探したんだぞ!」
「まぁ、大変でしたね。で?失せ物が見つかりましたの?」
「オリビア!ふざけるのも大概にしろ!お前を探したと言ってるんだっ!」
またオリビアの手を掴もうとしたが、オリビアがオタマでまたスープを掬ったのを見てポルトー侯爵は怯んだ。諦めた訳ではないだろうが、取り付く島もない。
まるっきりポルトー侯爵を無視するオリビアに声のトーンを落とした。
「いつ終わるんだ」
ポルトー侯爵は問いかけた。
「クーヘンさん!そっち出来ましたの?」
「あ、あぁ…もう出してもいいけど…その…親父さん…」
「じゃぁ順番に盛り付けて運んでもらいましょうか」
クーヘンも居た堪れない。オリビアは本気でポルトー侯爵をガン無視しているのである。オリビアの後ろでもう一度声を掛けようとしているようだが、オリビアはクーヘンに「盛り付け!!皆が待ってるわよ?」と急かす。
炊き出しをしているのはポルトー侯爵も解る。
全く振り向くこともないオリビアに「馬車で待っている」と声を掛けて馬車に戻って行った。
のだが‥‥。
炊き出しが行き渡り、片付けが始まってもオリビアはポルトー侯爵の事を忘れているのか、それとも敢えて無視をしているのか、木箱に調理器具を詰め込んで荷馬車に載せると「帰りましょう」と言い出した。
「オリビア。ちゃんと話をした方がいい。心配なら俺も行くからさ」
「何のこと?今夜のメニューを話するの?」
「オリビアっ!解ってるだろう?親父さんの事だよ」
声を荒げてしまったクーヘンはオリビアと目が合うと「しまった!」と感じた。
「私に父親はいません。姓も、身分もない。その事は出会った日にお伝えしたと思いますが?」
「意地になるなよ。来てくれてるんだから話くらいしてやってもさ」
「クーヘンさん。本気で言ってるの?」
「え?うん…まぁ」
クーヘンも両親が存命中は何度も親子喧嘩をした事がある。
10歳になる前、8歳でパン屋に奉公に出たクーヘンは接客がまるでダメで両親に注意ばかりされて、キレたこともある。
だが、両親が亡くなってしまった今は親子なんだから。親なんだから子供の事を心配しているのだと思うところがあった。
あくまでもそれが普通の親子。その環境下でしか育っていないクーヘンは高位貴族の家族の在り方を知らなかった。
だからポルトー侯爵と話をしろとオリビアに行ってしまった事がとんでもないことになるとは思わなかったのだ。
「判ったわ。行ってくる」
「うん。話せば判ってくれるさ」
「そう…」
フっとオリビアは寂しそうな顔をした。
その表情がクーヘンの心の中に焦燥感を生み出す。
「俺も行く」と言おうとしたが、先に歩き出したオリビアをポルトー侯爵の従者が取り囲み、侯爵が馬車に乗ったまま二言三言、なにか話をしているなと思ったらオリビアは馬車の中に乗せられてしまった。
馬車の中で込み入った話をするんだろう。
そう思ったクーヘンだったが馬車は動き出しあっという間に西地区から去って行ってしまった。
「え?え?なんでだ?え?」
突然の事に慌てたクーヘンは走り出して馬車を追いかけようとしたが、走り出した馬車と入れ違うように残りの炊き出し食器を回収して来た飲み屋ミナミの女将に叱り飛ばされた。
「なにやってんだい!!なんで行かせた!」
「親父さんと話するだけ…」
「そんなわけないだろう!連れ戻しに来たんだよッ!」
「で、でも、親子喧嘩…」
「何甘い事言ってんだい!こっちに来なっ!」
飲み屋ミナミの女将に強引に引っ張られて店に戻ると、そろそろ傷口も瘡蓋になってきたシェイラとロゼッタの元に連れて行かれた。
「な。なんだよ…」
「聞いてみなっ!」
「え?聞くって何を…」
「さっきの状況!貴族ならどういう意味か聞いてみろと言ってんだよッ!」
女将が搔い摘んで話をするとシェイラとロゼッタはクーヘンの考えとは全く違う答えを返してくれた。
「オリビア様は多分どこかの貴族か…王族かに嫁がされるのだと思います」
「貴族って親子というより、子供は親の道具なんです。道具の話なんか聞いてくれる親はいません」
そして2人は言った。
「侯爵と話をしろと仰ったの?それは…オリビア様はクーヘンさんに捨てられたと感じたと思いますよ」
「その言葉は…家に帰れと同義ですから」
「そんなつもり…じゃなかった」
その場に崩れ落ちたクーヘンに女将もシェイラとロゼッタもかける言葉はなかった。
西地区では後片付けが行われていた。
全焼してしまったのは3棟。半焼が7棟。半焼にもならないが住むにはちょっと問題のでた2棟。家主も「仕方ない」と取り壊しを決め解体、一画は瓦礫の山になった。
12棟が無くなりぽっかりと更地になってしまった場所には住民も手伝って瓦礫の運び出しが行われていた。
オリビアから相談を受けたスピア伯爵は所有者の家主と交渉をしてくれてこの場所はスピア伯爵が買い取り、集合住宅を建設することになった。
「困った時はお互い様」と商店街は食材を提供し、瓦礫撤去をする者に食事を提供する。調理をするのはクーヘン。オリビアもクーヘンを手伝って大きな鍋を掻き混ぜていた。
そこに大きくて豪奢な馬車がやって来て、炊き出しをしている広場の出入り口を塞ぐように停車した。
「こんなところにいたのか!オリビア!」
馬車から降りて来たのはポルトー侯爵。オリビアの父親だった。
「オリビア…あれ、親父さん?」
「さぁ?他人よ。ほら!焦げちゃうでしょう?混ぜて。混ぜて」
「でも…こっちに来るぞ」
「来たって分けてあげないわ。人数分しか作ってないもの」
「そういう事じゃなくてさ」
もう他人だと名を呼ばれても顔を向ける事はないし、返事もしない。
「オリビア!」何度も大声で呼び、ポルトー侯爵は近寄って来た。
「何度も呼んでるだろう!何故返事をしない!」
ポルトー侯爵は鍋を掻き混ぜるオリビアの手を掴んで捩じりあげた。
のだが‥‥。
「うぁっち!!熱っ!熱いじゃないか!」
イラっとしたオリビアは鍋を掻き混ぜていたオタマにアツアツのスープを掬ったままバシャッと引っかけた。
「あら?ごめんなさいね?突然手を掴むものだから。スープだからまだいいけど油だったら危険ですわよ」
「何を言ってるんだ!こっちは金も使って散々に探したんだぞ!」
「まぁ、大変でしたね。で?失せ物が見つかりましたの?」
「オリビア!ふざけるのも大概にしろ!お前を探したと言ってるんだっ!」
またオリビアの手を掴もうとしたが、オリビアがオタマでまたスープを掬ったのを見てポルトー侯爵は怯んだ。諦めた訳ではないだろうが、取り付く島もない。
まるっきりポルトー侯爵を無視するオリビアに声のトーンを落とした。
「いつ終わるんだ」
ポルトー侯爵は問いかけた。
「クーヘンさん!そっち出来ましたの?」
「あ、あぁ…もう出してもいいけど…その…親父さん…」
「じゃぁ順番に盛り付けて運んでもらいましょうか」
クーヘンも居た堪れない。オリビアは本気でポルトー侯爵をガン無視しているのである。オリビアの後ろでもう一度声を掛けようとしているようだが、オリビアはクーヘンに「盛り付け!!皆が待ってるわよ?」と急かす。
炊き出しをしているのはポルトー侯爵も解る。
全く振り向くこともないオリビアに「馬車で待っている」と声を掛けて馬車に戻って行った。
のだが‥‥。
炊き出しが行き渡り、片付けが始まってもオリビアはポルトー侯爵の事を忘れているのか、それとも敢えて無視をしているのか、木箱に調理器具を詰め込んで荷馬車に載せると「帰りましょう」と言い出した。
「オリビア。ちゃんと話をした方がいい。心配なら俺も行くからさ」
「何のこと?今夜のメニューを話するの?」
「オリビアっ!解ってるだろう?親父さんの事だよ」
声を荒げてしまったクーヘンはオリビアと目が合うと「しまった!」と感じた。
「私に父親はいません。姓も、身分もない。その事は出会った日にお伝えしたと思いますが?」
「意地になるなよ。来てくれてるんだから話くらいしてやってもさ」
「クーヘンさん。本気で言ってるの?」
「え?うん…まぁ」
クーヘンも両親が存命中は何度も親子喧嘩をした事がある。
10歳になる前、8歳でパン屋に奉公に出たクーヘンは接客がまるでダメで両親に注意ばかりされて、キレたこともある。
だが、両親が亡くなってしまった今は親子なんだから。親なんだから子供の事を心配しているのだと思うところがあった。
あくまでもそれが普通の親子。その環境下でしか育っていないクーヘンは高位貴族の家族の在り方を知らなかった。
だからポルトー侯爵と話をしろとオリビアに行ってしまった事がとんでもないことになるとは思わなかったのだ。
「判ったわ。行ってくる」
「うん。話せば判ってくれるさ」
「そう…」
フっとオリビアは寂しそうな顔をした。
その表情がクーヘンの心の中に焦燥感を生み出す。
「俺も行く」と言おうとしたが、先に歩き出したオリビアをポルトー侯爵の従者が取り囲み、侯爵が馬車に乗ったまま二言三言、なにか話をしているなと思ったらオリビアは馬車の中に乗せられてしまった。
馬車の中で込み入った話をするんだろう。
そう思ったクーヘンだったが馬車は動き出しあっという間に西地区から去って行ってしまった。
「え?え?なんでだ?え?」
突然の事に慌てたクーヘンは走り出して馬車を追いかけようとしたが、走り出した馬車と入れ違うように残りの炊き出し食器を回収して来た飲み屋ミナミの女将に叱り飛ばされた。
「なにやってんだい!!なんで行かせた!」
「親父さんと話するだけ…」
「そんなわけないだろう!連れ戻しに来たんだよッ!」
「で、でも、親子喧嘩…」
「何甘い事言ってんだい!こっちに来なっ!」
飲み屋ミナミの女将に強引に引っ張られて店に戻ると、そろそろ傷口も瘡蓋になってきたシェイラとロゼッタの元に連れて行かれた。
「な。なんだよ…」
「聞いてみなっ!」
「え?聞くって何を…」
「さっきの状況!貴族ならどういう意味か聞いてみろと言ってんだよッ!」
女将が搔い摘んで話をするとシェイラとロゼッタはクーヘンの考えとは全く違う答えを返してくれた。
「オリビア様は多分どこかの貴族か…王族かに嫁がされるのだと思います」
「貴族って親子というより、子供は親の道具なんです。道具の話なんか聞いてくれる親はいません」
そして2人は言った。
「侯爵と話をしろと仰ったの?それは…オリビア様はクーヘンさんに捨てられたと感じたと思いますよ」
「その言葉は…家に帰れと同義ですから」
「そんなつもり…じゃなかった」
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