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VOL.35 隠し味は「愛」なのか
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「おぉっ。ありがてぇ。恒例のアレかい?」
クーヘンが準備を始めると壁の隅にいた人たちが立ち上がって部屋の中央に向かっていく。
「ありがたい」という事は何時も差し入れをしているのか、それとも冬場だけなのか。
寸胴の蓋を取ると、クーヘンは寸胴の中をオタマでグルグルと掻き混ぜて「最後の仕上げ~!」と何やらポケットの中から瓶に入った液体を注ぎ込んだ。
更に軽く混ぜてオタマで2回。コップに注ぐと集まってきた人に手渡していく。
「これはなんなの?」
「なんていうんだろうな…名前は知らねぇんだよ」
クーヘンに問うオリビアだが、近くに居た住人が笑いながら教えてくれた。
「ジンジャースープだよ。お前、名前も知らずに今まで作ってたのか?」
「うっせぇ。名前知らなくても作り方知ってりゃいいんだよっ!」
「ジンジャースープ…生姜のスープ?入ってないように見えるけど…」
「作り方は簡単なんだよ。水、砂糖、今回は甜菜糖だけどな。で、片栗粉に生姜。生姜の独特な風味が苦手って人は…えーっと…あの人みたいに蜂蜜持参だ」
クーヘンの言う方向を見れば、小さな瓶に蜂蜜だろうか。受け取ったカップに垂らしている住民がいた。
「へぇ…そうなのね」
「冬場は寄り合い所も冷えるからな。ちょっとでも温かくなれば話も進むだろ?」
クーヘンは冬場には無料で提供するのが恒例になっているようで、よく見れば給湯室から持ってきたカップには自分のモノ!と皆がマークを入れている。
クーヘンの祖母が始めたらしく、親の代を飛ばしてクーヘンが引き継いでいた。
「生姜は繊維が歯に引っかかるって人もいるから摩り下ろした汁だけを入れるんだ。飲んでみるか?」
「えぇ。少し頂くわ」
「生姜は喉にも良いし、体も温まる。風邪を引いちゃったかなって時にもいいんだよ」
――やっぱり菓子職人より調理人よね――
クーヘンから手渡されたカップにはクッキーのつもりなのか不格好な円が幾つか書かれていた。
「俺のカップだし洗ってるから。そこのジジィは使ってないから安心していいよ」
「そういう心配はしてないわよ」
一口飲んでみると、トロッとした食感で甜菜糖だからかほんのりと甘い。
生姜もパンチがあるほどは入っていなくて味よりも香りの中に生姜を感じる。
「美味しいわ。この味、好きかも」
「そりゃそうだよ!姉ちゃんが飲んでるのは愛って隠し味が隠しきれてねぇからな!」
「五月蝿ぇ!ジジィ!黙って飲め!」
「照れるなって。だってさ、俺たちのには隠し味の愛、入れてくれてねぇだろ?」
「ジジィに入れるか!入れるならこれだけ…ハッ!!」
クーヘンは隠し味は入れてはいないけれど…失言に真っ赤になった。
「一丁前に赤くなってやがる。ひゃ~今日の寄り合い所はアツいねぇ」
「いいじゃねぇか。恋女房なんだからよ。言ってやるなよ。アッハッハ」
「今夜は店の前の雪が国で一番先に雪解け水になっちまうな。ガッハッハ」
「そりゃそうさ。あのクーヘンが恋女房のために毎日料理作るんだからな。胃袋を掴むのも大変だよなっ」
「そうそう。嫁さんには旨いモン食わせたいよな。ってか他のやつが作ったモンなんか食わせられねぇよな」
住民たちに揶揄われてクーヘンは更に真っ赤になって行く。
オリビアはクーヘンが怒っているのかと思ったが、どうやら違うらしい、なんなら…「だから餌付けされた?」と気が付くとオリビアもジュボっと火が点いたように赤くなってしまった。
「ありゃりゃ、嫁さんも赤くなっちまったよ。ごめんな?おじさん、もう言わないからさ」
ジンジャースープの寸胴が空になるとクーヘンと給湯室に運ぶ。
空の寸胴をオリビア、クーヘンは台にしていた木箱を運ぶ。
「ごめんな…嫌な気分になっただろ」
「ううん…そんな事ないわ。だけど‥私、餌付けされてたのかしら?」
「してねぇよ。ただ…まぁ‥オリビアには旨いもの食わせたいなとは思ったけど」
「クーヘンさんの作ってくれる食事は全部美味しいわ。大好きよ」
「えっ‥‥あ、えーっと…俺も好きだ」
「ふふっ。良かった」
「ん?あれ?んんん??」
クーヘンは考えた。どさくさに紛れた訳ではないが「好き」と言ってしまった。
けれど、オリビアの返事。これは自分の作る料理が好きという意味であって、クーヘンの思う告白とは次元の違う「好き」だったのではないかと思ってしまう。
「あのオリビア?その…だな、好きって‥」
「好きは、好きよ?」
「いや、だから、なんて言うか…ジャンル?」
「ふふっ。そうね…全ジャンルかしら?」
「っっっ!!」
いや待て。またもクーヘンは考えた。
全ジャンル。それは料理の種類を言ってるんじゃないだろうか。
料理だって煮込み料理、焼き料理、蒸し料理…いろんなジャンルがあるではないか。
うーん、うーんと悩むクーヘンにオリビアはクスっと笑った。
クーヘンだけに向けられる笑み。理性が飛ぶ寸前だった。
「(うわぁ…やべぇ。破壊力が半端ねぇ)」
「行くわよ。みんな待ってるわ」
「イ、イク?あ、そ、そうだな。うん。そうだ」
給湯室から堂々と出て来るオリビアに続いて出て来たクーヘンが内股になっていたことをオリビアは知らない。
クーヘンが準備を始めると壁の隅にいた人たちが立ち上がって部屋の中央に向かっていく。
「ありがたい」という事は何時も差し入れをしているのか、それとも冬場だけなのか。
寸胴の蓋を取ると、クーヘンは寸胴の中をオタマでグルグルと掻き混ぜて「最後の仕上げ~!」と何やらポケットの中から瓶に入った液体を注ぎ込んだ。
更に軽く混ぜてオタマで2回。コップに注ぐと集まってきた人に手渡していく。
「これはなんなの?」
「なんていうんだろうな…名前は知らねぇんだよ」
クーヘンに問うオリビアだが、近くに居た住人が笑いながら教えてくれた。
「ジンジャースープだよ。お前、名前も知らずに今まで作ってたのか?」
「うっせぇ。名前知らなくても作り方知ってりゃいいんだよっ!」
「ジンジャースープ…生姜のスープ?入ってないように見えるけど…」
「作り方は簡単なんだよ。水、砂糖、今回は甜菜糖だけどな。で、片栗粉に生姜。生姜の独特な風味が苦手って人は…えーっと…あの人みたいに蜂蜜持参だ」
クーヘンの言う方向を見れば、小さな瓶に蜂蜜だろうか。受け取ったカップに垂らしている住民がいた。
「へぇ…そうなのね」
「冬場は寄り合い所も冷えるからな。ちょっとでも温かくなれば話も進むだろ?」
クーヘンは冬場には無料で提供するのが恒例になっているようで、よく見れば給湯室から持ってきたカップには自分のモノ!と皆がマークを入れている。
クーヘンの祖母が始めたらしく、親の代を飛ばしてクーヘンが引き継いでいた。
「生姜は繊維が歯に引っかかるって人もいるから摩り下ろした汁だけを入れるんだ。飲んでみるか?」
「えぇ。少し頂くわ」
「生姜は喉にも良いし、体も温まる。風邪を引いちゃったかなって時にもいいんだよ」
――やっぱり菓子職人より調理人よね――
クーヘンから手渡されたカップにはクッキーのつもりなのか不格好な円が幾つか書かれていた。
「俺のカップだし洗ってるから。そこのジジィは使ってないから安心していいよ」
「そういう心配はしてないわよ」
一口飲んでみると、トロッとした食感で甜菜糖だからかほんのりと甘い。
生姜もパンチがあるほどは入っていなくて味よりも香りの中に生姜を感じる。
「美味しいわ。この味、好きかも」
「そりゃそうだよ!姉ちゃんが飲んでるのは愛って隠し味が隠しきれてねぇからな!」
「五月蝿ぇ!ジジィ!黙って飲め!」
「照れるなって。だってさ、俺たちのには隠し味の愛、入れてくれてねぇだろ?」
「ジジィに入れるか!入れるならこれだけ…ハッ!!」
クーヘンは隠し味は入れてはいないけれど…失言に真っ赤になった。
「一丁前に赤くなってやがる。ひゃ~今日の寄り合い所はアツいねぇ」
「いいじゃねぇか。恋女房なんだからよ。言ってやるなよ。アッハッハ」
「今夜は店の前の雪が国で一番先に雪解け水になっちまうな。ガッハッハ」
「そりゃそうさ。あのクーヘンが恋女房のために毎日料理作るんだからな。胃袋を掴むのも大変だよなっ」
「そうそう。嫁さんには旨いモン食わせたいよな。ってか他のやつが作ったモンなんか食わせられねぇよな」
住民たちに揶揄われてクーヘンは更に真っ赤になって行く。
オリビアはクーヘンが怒っているのかと思ったが、どうやら違うらしい、なんなら…「だから餌付けされた?」と気が付くとオリビアもジュボっと火が点いたように赤くなってしまった。
「ありゃりゃ、嫁さんも赤くなっちまったよ。ごめんな?おじさん、もう言わないからさ」
ジンジャースープの寸胴が空になるとクーヘンと給湯室に運ぶ。
空の寸胴をオリビア、クーヘンは台にしていた木箱を運ぶ。
「ごめんな…嫌な気分になっただろ」
「ううん…そんな事ないわ。だけど‥私、餌付けされてたのかしら?」
「してねぇよ。ただ…まぁ‥オリビアには旨いもの食わせたいなとは思ったけど」
「クーヘンさんの作ってくれる食事は全部美味しいわ。大好きよ」
「えっ‥‥あ、えーっと…俺も好きだ」
「ふふっ。良かった」
「ん?あれ?んんん??」
クーヘンは考えた。どさくさに紛れた訳ではないが「好き」と言ってしまった。
けれど、オリビアの返事。これは自分の作る料理が好きという意味であって、クーヘンの思う告白とは次元の違う「好き」だったのではないかと思ってしまう。
「あのオリビア?その…だな、好きって‥」
「好きは、好きよ?」
「いや、だから、なんて言うか…ジャンル?」
「ふふっ。そうね…全ジャンルかしら?」
「っっっ!!」
いや待て。またもクーヘンは考えた。
全ジャンル。それは料理の種類を言ってるんじゃないだろうか。
料理だって煮込み料理、焼き料理、蒸し料理…いろんなジャンルがあるではないか。
うーん、うーんと悩むクーヘンにオリビアはクスっと笑った。
クーヘンだけに向けられる笑み。理性が飛ぶ寸前だった。
「(うわぁ…やべぇ。破壊力が半端ねぇ)」
「行くわよ。みんな待ってるわ」
「イ、イク?あ、そ、そうだな。うん。そうだ」
給湯室から堂々と出て来るオリビアに続いて出て来たクーヘンが内股になっていたことをオリビアは知らない。
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