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VOL.13 全てが最悪
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教会から歩くこと25分。
大通りから路地を曲がり、抜けた先の通りを少し歩いてまた路地に入る。それを繰り返し「ここだよ」とクーヘンがドヤ顔で案内をしてくれた店は‥‥。
一言で言えば「最悪」だった。
店の両側には飲み屋があって酒の香りの他に酔っぱらいの残した危険な残骸物の香りもする。
唯一の道は道幅が両手を広げたくらいの狭い道で人がすれ違うのも難しい。蓋もない排水溝には怪しいトロミを持った汚水が流れることなく澱んでいるし、鼻をバカにしそうな香りを漂わせている。
店構えもクーヘンなりに一生懸命直したのだろうが、菓子屋には見えない。
最大限に良く言って、あばら家。
建付けの悪い扉を慣れた手つきで一度持ち上げて押し込み、店の中に入る。コツを知らないと開ける事も困難な出入り口。もうこの時点で店の周囲というハードルを越えた客に「帰れ」と言っているようなもの。
今日作ったばかりの菓子は袋に詰め込んだという通り売り物の菓子は並んでいないが、不衛生にも程がある。
売り場も一言で言って「最悪」だ。
黒い怪しげな輝きをもつ「不法侵入の帝王」通称コードネームGが人をせせら笑うように平気で走っているし、おそらく菓子を並べていただろう腰の高さに積んだ木箱の上で触角を揺らして寛いでいる。
売り場でこれなのだから菓子を作る調理場も最悪だろうなと案内をされてみると、意外に調理場は片付けられていた。
床は水洗いがし易いように平らな石が敷き詰められていて、多少の凹凸はあるものの躓くほどではない。調理器具もお手製の扉が付いた棚に整然と並べられている。
が‥‥。それだけだ。
「取り敢えず、荷物を置けば?奥の部屋は2つあるから空いてる部屋を使っていいよ」
「住んでもいいの?」
「菓子作りを舐めたアンタには大変さを知って貰わないといけないからな。通いを出来るのは売り子だけ。作るとなると通ってくる時間も惜しいくらいだよ」
そういうので、奥の住居部分に行く途中で見てはならないものを見てしまった。
「これは何?」
「何って。見ればわかるだろう?ゴミだよ」
そこには菓子作りに使った小麦が入っていた袋やバターの詰められていた瓶、卵の殻などがごちゃ混ぜにゴミ箱としている木箱に放り込まれていてコバエが飛び回っていた。
――あり得ないわ。調理場だけ綺麗にしてもこれじゃダメよ――
クーヘンとしては片付けているつもりなのだ。
しかし、見えない所にゴミを押し込むのは片付けとは言わないし、こういう小さな事の積み重ねを客は敏感に感じ取りやって来なくなる。
そして、荷物を置くために住居部分に入ったが…。
「道を作るからそこで待ってて」
「道って…ここ、家の中よね」
そこは通称ゴミ屋敷の汚部屋だった。
「その辺に鍵が置いてあるんだ。使ってない方の部屋の鍵。施錠出来た方がアンタも安心するだろう?」
――施錠以前にこの状況が安心できないんだけど――
見渡す限りゴミは見えてもこの中から鍵を探すのは大海に放り込んだ小石を探すようなもの。
日常的に通る部分が腰の高さまで積みあがったゴミ。両脇はゴミの壁だ。
クーヘンの使っている部屋の扉は開閉することも出来なくて空きっぱなし。尤も、その扉は丁番が外れて下部はゴミで見えないが見える部分は傾いているのでもしかすると開閉はできるかも知れない。
オリビアに貸してくれるという部屋の扉は外開き。
クーヘンは扉と格闘していた。
「くっそ…開かねぇ。なんでだよっ」
――ゴミが腰まで積みあがってるから内開きじゃないと開くわけないわ――
ゴミが邪魔して開くはずがなかった。
「あの、クーヘンさん。ちょっと宜しいかしら」
「なんだ?今、扉を開けるのに忙しいんだ。質問なら後にしてくれないか」
――質問?ごめん、質問を思いつかないわ――
オリビアは扉と格闘するクーヘンの元に行くためにゴミの上に「よいしょ」と飛び乗ると四つん這いになって近づいていく。立って行きたいが足元が悪すぎて立てない。慣れているクーヘンのようには歩けなかったのだ。
「あのですね。部屋はありがたいんですけども、ここをどうにかしませんこと?」
「どうにかって、どう?」
慣れているとコレが当たり前と思ってしまうのだろうか。
オリビアはふと思った。
突然この状態に連れて来られれば「片付けろ!」と思うが、毎日少しづつ積み重なっていったのなら本人にとってはこれが日常。
生れたばかりの赤子も、毎日見ていると昨日と今日の成長は解り難いが2年ぶり、3年ぶりにみると「こんなに大きくなって!」と思うもの。
赤子をゴミと置き換えれば前者がクーヘンで後者がオリビアだ。
オリビアはクーヘンの元に辿り着くと、姿勢を整え、クーヘンの肩に手を置いた。
「クーヘンさん。この最悪な環境から先ず抜け出しましょう」
「抜け出すって?え?どういう意味?」
「片付けろって言ってるのです!!」
この期に及んで何が悪いか解っていないクーヘンの肩に置いた手に力がこもり、オリビアは腰が浮いたものだから一気にバランスが崩れた。
足場のバランスが。
ドサササー!!
両脇からゴミが崩れて2人は埋もれた。
――もう!最悪!!――
大通りから路地を曲がり、抜けた先の通りを少し歩いてまた路地に入る。それを繰り返し「ここだよ」とクーヘンがドヤ顔で案内をしてくれた店は‥‥。
一言で言えば「最悪」だった。
店の両側には飲み屋があって酒の香りの他に酔っぱらいの残した危険な残骸物の香りもする。
唯一の道は道幅が両手を広げたくらいの狭い道で人がすれ違うのも難しい。蓋もない排水溝には怪しいトロミを持った汚水が流れることなく澱んでいるし、鼻をバカにしそうな香りを漂わせている。
店構えもクーヘンなりに一生懸命直したのだろうが、菓子屋には見えない。
最大限に良く言って、あばら家。
建付けの悪い扉を慣れた手つきで一度持ち上げて押し込み、店の中に入る。コツを知らないと開ける事も困難な出入り口。もうこの時点で店の周囲というハードルを越えた客に「帰れ」と言っているようなもの。
今日作ったばかりの菓子は袋に詰め込んだという通り売り物の菓子は並んでいないが、不衛生にも程がある。
売り場も一言で言って「最悪」だ。
黒い怪しげな輝きをもつ「不法侵入の帝王」通称コードネームGが人をせせら笑うように平気で走っているし、おそらく菓子を並べていただろう腰の高さに積んだ木箱の上で触角を揺らして寛いでいる。
売り場でこれなのだから菓子を作る調理場も最悪だろうなと案内をされてみると、意外に調理場は片付けられていた。
床は水洗いがし易いように平らな石が敷き詰められていて、多少の凹凸はあるものの躓くほどではない。調理器具もお手製の扉が付いた棚に整然と並べられている。
が‥‥。それだけだ。
「取り敢えず、荷物を置けば?奥の部屋は2つあるから空いてる部屋を使っていいよ」
「住んでもいいの?」
「菓子作りを舐めたアンタには大変さを知って貰わないといけないからな。通いを出来るのは売り子だけ。作るとなると通ってくる時間も惜しいくらいだよ」
そういうので、奥の住居部分に行く途中で見てはならないものを見てしまった。
「これは何?」
「何って。見ればわかるだろう?ゴミだよ」
そこには菓子作りに使った小麦が入っていた袋やバターの詰められていた瓶、卵の殻などがごちゃ混ぜにゴミ箱としている木箱に放り込まれていてコバエが飛び回っていた。
――あり得ないわ。調理場だけ綺麗にしてもこれじゃダメよ――
クーヘンとしては片付けているつもりなのだ。
しかし、見えない所にゴミを押し込むのは片付けとは言わないし、こういう小さな事の積み重ねを客は敏感に感じ取りやって来なくなる。
そして、荷物を置くために住居部分に入ったが…。
「道を作るからそこで待ってて」
「道って…ここ、家の中よね」
そこは通称ゴミ屋敷の汚部屋だった。
「その辺に鍵が置いてあるんだ。使ってない方の部屋の鍵。施錠出来た方がアンタも安心するだろう?」
――施錠以前にこの状況が安心できないんだけど――
見渡す限りゴミは見えてもこの中から鍵を探すのは大海に放り込んだ小石を探すようなもの。
日常的に通る部分が腰の高さまで積みあがったゴミ。両脇はゴミの壁だ。
クーヘンの使っている部屋の扉は開閉することも出来なくて空きっぱなし。尤も、その扉は丁番が外れて下部はゴミで見えないが見える部分は傾いているのでもしかすると開閉はできるかも知れない。
オリビアに貸してくれるという部屋の扉は外開き。
クーヘンは扉と格闘していた。
「くっそ…開かねぇ。なんでだよっ」
――ゴミが腰まで積みあがってるから内開きじゃないと開くわけないわ――
ゴミが邪魔して開くはずがなかった。
「あの、クーヘンさん。ちょっと宜しいかしら」
「なんだ?今、扉を開けるのに忙しいんだ。質問なら後にしてくれないか」
――質問?ごめん、質問を思いつかないわ――
オリビアは扉と格闘するクーヘンの元に行くためにゴミの上に「よいしょ」と飛び乗ると四つん這いになって近づいていく。立って行きたいが足元が悪すぎて立てない。慣れているクーヘンのようには歩けなかったのだ。
「あのですね。部屋はありがたいんですけども、ここをどうにかしませんこと?」
「どうにかって、どう?」
慣れているとコレが当たり前と思ってしまうのだろうか。
オリビアはふと思った。
突然この状態に連れて来られれば「片付けろ!」と思うが、毎日少しづつ積み重なっていったのなら本人にとってはこれが日常。
生れたばかりの赤子も、毎日見ていると昨日と今日の成長は解り難いが2年ぶり、3年ぶりにみると「こんなに大きくなって!」と思うもの。
赤子をゴミと置き換えれば前者がクーヘンで後者がオリビアだ。
オリビアはクーヘンの元に辿り着くと、姿勢を整え、クーヘンの肩に手を置いた。
「クーヘンさん。この最悪な環境から先ず抜け出しましょう」
「抜け出すって?え?どういう意味?」
「片付けろって言ってるのです!!」
この期に及んで何が悪いか解っていないクーヘンの肩に置いた手に力がこもり、オリビアは腰が浮いたものだから一気にバランスが崩れた。
足場のバランスが。
ドサササー!!
両脇からゴミが崩れて2人は埋もれた。
――もう!最悪!!――
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