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VOL.11  その味、軽く兵器

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「どこに行こうかな~」

ポルトー侯爵家を追い出されたオリビアに悲壮感はない。
全てが考えていた通りの事。

見ていないのではっきりとは言えないけれど王宮内は大変な事になっているだろうなとは思う。悪いのだがもう他人事だ。婚約を解消することを強い口調で凄まれて、許諾しただけ。

婚約は家同士の取り決めではあるけれど、父だったポルトー侯爵も大事なことを忘れていた。
それは相手がレスモンド。王家なので婚約や婚姻には家よりも正教会が大きく絡むということ。

正教会と真正面から勝ち目のない喧嘩をしたいなら別だが、正教会が認めてしまえば国王だって異を唱えることはできない。

オリビアにだってまさか、まさかの出来事だった。

教皇が来訪していたのもレスモンドは上手く利用したつもりかもしれないが、オリビアだって利用できるのだ。そこをレスモンドは考えていなかった。

「きっと教皇に会う事も出来ないって踏んでたんだろうな~ふふん♪」

こうなってみてつくづく感じるのは、辛くても、嫌でも真面目にやって来て良かったということ。

語学だって苦手だし、算術もどちらかと言えば嫌い。
外交とか頭を抱える事ばかりで何度逃げ出そう、官僚たちに丸投げにしようと思った事か。

結果的には「もしも」に備えて考え方そのものを変えた事も功を奏した。


鼻歌まで出てしまう軽い足取り。この先に不安などオリビアは全く感じなかった。

「さて、取り敢えず換金しようかな」

金になりそうなのは祖母の形見のイヤリングくらい。

先に現金化しておくとあとで父親が「新しい嫁ぎ先を用意してやった」と探し始めた時に、当面はどこかに潜んでいても金が尽き、さてどうするかとなれば換金所の存在を誰かに教えられ、利用するだろうと直ぐに考えつくから連れ戻される可能性も高い。

それなら先に換金をして近寄らなければいいだけ。

以前のままなら品物を買い取ってくれるシステムがある事も知らなかったし、買い取るという概念もオリビアにはなかった。

手持ちを工夫して使う。そう思っていたのに市井の者たちが買値にはならなくても売って別のものを買う資金の一部にしているのを知った時は驚いたものだ。

オリビアは王都でそこそこ大きな看板を挙げて商売をしている買取所に行き、形見を金に換えた。

手にした金を見てまた思う。

「前のままだったら物を買うのにお金と交換とか、銀貨と銅貨は価値が違うとか知る事もなかったわね」

貴族の令嬢が自分で支払いを直接する事など先ずない。

屋敷に商会から請求書が来て、それを支払う事は知っていても物々交換のように物と金をその場で交換する、それが買い物だと名がある事を知りもしなかったしオリビアが動かしていた金は巨額で書面上のやり取りで済んでいたのだから紙幣や硬貨を14歳になるまで見た事もなかった。

ただ、宿屋で泊まれる事は解っていても相場も解らなければ、宿泊の仕方も解らない。
残念ながら未だに未経験だからである。

知らない事には危険が潜む。危険には近寄らないのがベターだ。

「取り敢えず…聖マリア教会に行ってみようかな」

レスモンドの婚約者として一番回数多く慰問や視察に行った事のあるのが聖マリア教会。
父親の怒りが冷めるまではまだしばらく時間もあるし、その間に神父に相談し地方の教会を紹介してもらうのもありだ。行き方も教えて貰えるだろう。

市井で暮らすのも修道女として暮らすのもオリビアには初めての事だし、それまでの生活を考えればどちらにも自由があるようにオリビアには見える。どっちでも良かった。


聖マリア教会に辿り着くと、真っ先に礼拝堂でオリビアは祈りを捧げた。

「神様、ありがとう。身分も立場も廃棄処分したら自由を手に入れました」

声に出ていたのか、後ろで「ぷっ」失笑する声が聞こえた。
祈りの手を解き、振り返ると神父が笑っていた。

「神父様!」

「オリビア様、今日はどうされました?御つきの方が見えませんが」

「いません。神父様、不躾で申し訳ございませんが、どこか地方の教会で修道女を募集していませんか?」

「これは突然で御座いますね。殿下とのご縁はどうされたのです?ご実家もあるでしょうに」

「婚約が無くなったので殿下とはもう縁が切れました。父も出て行けと。ふふっ」

「織り込み済みですか。貴女と言う人は全く…。取り敢えず奥で話を伺いましょう」

神父と共に奥の部屋に向かっていると「神父様ぁ!!」男性が半泣きの声をあげて礼拝堂に走り込んできた。


手に何やら袋を持って走って来た男性は「もう駄目ですぅ」神父の袖を掴んでポロポロ涙を零す。

「今日も売れませんでしたか」

「全部売れ残りました。もうこれで…スッカラカンです。卵もミルクも…買えません」

「落ち着いて。先ずは座りましょうか」

礼拝に来た者が腰かける長椅子に座るように促した神父。男性は言葉に従って腰を下ろし「もうだめだ」と何度も繰り返した。

オリビアはきょとんと男性を見ていたが神父が「この先にある菓子店を経営しているクーヘンさん」と紹介してくれる。しかしクーヘンは「もう廃業でずがらぁ」と泣きながら天井を見上げた。

話を聞いてみれば、8歳の時からパン屋に奉公に行き、20歳になった昨年、のれん分けをしてもらえる事になった。しかしクーヘンはパン屋ではなく長年の夢だった菓子店を開きたかった。

のれん分けではなく、新規開業で借金をして菓子店をオープンしたのだが品が売れたのは開業して4日目まで。なんと5日目に店にやって来た客はゼロだったという。

「何がいけないのかしら」

「わからねぇんだ。聞いても誰も教えてくれないし…。不味いって話を聞いたけど知り合いは味の好みは人に寄るって言うし…俺はイケると思うんだけど」

男性が持ってきた袋に入ってるのは今日焼いたばかりの菓子だというので、1つ分けて貰った。

見た目は…上品な形ではないが普通と言えば普通だった。
カリリと一口齧ってみて、原因が分かった気がした。

「どう?旨い?」

「・・・・(もぐもぐ、もぐもぐ)」

その菓子は飲み込むのに水が必要…いや、それ以前に飲み込むことを体が全力で拒否するパッサパサのエグ味が際立つ味。

オリビアは思った。

――よくこれで開業しようと思えたわね――

軽く兵器になるんじゃ?そんな味だった。
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