旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru

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隠居したい侯爵②

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「カリナは存在しない、それを理解するのはあなた方には難しいでしょう。
カリナという女性はこの世界でも根っからの性悪でした。
あなた方の言葉に【類は類を呼ぶ】とあります。

冥府神ヘウデスにはリーニャという娘がおりましたが
リーニャの美貌、教養、素質、与えられる愛を妬んだ女がおりました。
残念な事にそれはヘウデスの妻であり、リーニャの母であるリキータ。

リキータはリーニャを手にかけたのです。
妻として愛されていたのに、
リキータはヘウデスの子への愛を誤認し嫉妬に狂い手にかけたのです。

リーニャの死を知ったヘウデスは怒りに狂いました。
それはもう、私達にも抑えられない程の怒りでした。
リキータの仕業だと知るとヘウデスは妻への愛を憎悪に変えました。
向こうの世界では、子殺しは親殺しよりも大罪です。
自分の子とは言え、冥府神の子でもあるリーニャを殺したのですからね。
ヘウデスの怒りを知ったリキータはこちらの世界に逃げ込んだ。

しかし、ゆらぎから妖精にならなかった者は異形の類に変化します。
リキータは器を探したのです。人間の肉体を持つためにね。
器は何でも良いわけではありません。
己に最も近い肉体を器とする必要があったのです。
嫉妬、飽く事のない欲望、醜い執着。当てはまったのがカリナです。

ソティスを宿す前、時期としては子爵の遺産で揉めていた頃です。
不適合なく器に入り込んだリキータは贅沢の限りを尽くし、
肉欲に溺れました。
ソティスを宿した頃はまだヘウデスに見つかってはいなかった。

ですが、カリナは本能で愛を略奪しようと模索をした。
腹の子が彼の子だと思い込んでいたところもありますがね。
だが、相手が悪かった。

この頃です。ヘウデスが血眼になって探しているのがカリナであると
私が気が付いたのはね。
そしてカリナが略奪しようとしている男の妻が、シャロン嬢、貴女だと判った時は
肝を冷やしましたよ。

それでもフーレィリヤ神の加護をもつシャロン嬢の愛を纏っていた貴方は
ぎりぎりのところで危険を幾度も回避してきた。
大罪人とは言え、器であるカリナを殺したり、
器となってから宿ったソティスを殺してしまう事は神殺しにあたりますからね。

ですが、フーレィリヤ神の加護を持つシャロン嬢の愛が砕けた時
貴方に纏う加護には供給源がなくなったのです。
そして器であるカリナを殺めてしまった。
大変でしたよ。
貴方の仕業である事を隠すのに急ぎ刺し傷を隠すために心臓を溶かし、
器となったカリナを冥府の番人に渡すまでは私も寿命が縮まる思いでした。

ヘウデスの怒りがリキータ、そして器のカリナの消滅に向いている間に
ソティスの改名をして、保護下に置く必要がありましたのでね。
貴方が連れて逃げてくれて良かったです。
冥府神ヘウデスは水を嫌いますから川べりを選んで逃げたのは良い選択でしたが
貴方は色々と厄介ごとを引き付けるようです。
ソティスを守ろうと剣を振っていた時、戦いの神オディーンに魅入られた。

弱きものを守ろうとするその心に引き付けられたのだと思いますが
完全に断ち切れる前でしたから貴方を慕うフーレィリヤ神の加護も少しは残っていたのでしょう。
オディーン神はフーレィリヤ神の盾でもある神。
フーレィリヤ神の加護が感じられる貴方にオディーン神が引き付けられたのも必然です。

貴方とソティスを保護するには問題はなかったのですがその後です。
シャロン嬢を病的に愛するあなたが血縁者ではないのに
妖精となりシャロン嬢を守護するのは目に見えていた。
フーレィリヤ神と言えど、守護を目的とする妖精は拒めませんから。

妖精となればその成り立ちも冥府神ヘウデスに知られてしまうのです。
愛を断ち切られた貴方はシャロン嬢を諦めるかとも一抹の希望はしましたが
予想通りシャロン嬢を守護する妖精になろうと揺らぎを纏い始めた。
シャロン嬢の気配を感じればとどまるとだろうと思いきや大誤算です。
見せる顔がないと、ゆらぎに取り込まれようとするものですからなかなかに急ぎました」

「ではソティスはどうなるのです?」

「ニキティスの母はおりませんね。それで良いのです。不要ですから。
だから貴方の手は汚れた事実はなくなったのですよ。
ですがこれもオディーン神の望みなのでしょう。戦い傷つくのを好む神ですしね」

「オディーン神はよくわかりませんが、
僕はこのままで良いと思っています。
片腕、利き手である右腕は無くしましたが
シャロンを追い詰めてしまった自分への反省です」

「そんな…わたくしのせいで…」
「君のせいではないよ。僕の取るべき責任だから」
「そういう事だね。その右手は、あるべき姿。いうなれば適材適所です」

「それで、これからの事なのですが、
シャロン嬢は神殿での離縁調停を進めて頂きます。
無事に離縁となるでしょう。彼は一度も出席しませんので。
君は名を授けるので私の家に養子となり、伯爵家のご令嬢と結婚をして
この侯爵家を切り盛りしてもらうからそのつもりで」

「えっ?離縁成立させる?改名?養子??
あの、それ以前に僕は騎士しかしたことがなくて、
領地経営など経験がないのです」

「判っていますよ。貴方はお馬鹿さんですし見栄っ張りですし
目先の金に心が動く愚か者です。
ですがあの日、貴方は死んだのです。文字通り生まれ変わって
真っ当に生きて頂きます」

散々な言われようであるが、本当の事である。
シリウスは反論が出来ない。

「あなた方はともに大いに反省をしなさい。
気まぐれなオディーン神はもういません。
夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますが、周りには迷惑でしかありません。
愛し合うだけが夫婦ではありません。時に信じがたいと思う事もあるでしょう。
それを乗り越えてこそ夫婦であり番です。
まぁ、間違った権力の使い方をした愚か者が絡んだことと
リキータに冥界からやすやすと逃げられてしまった事もあるので
何もかもが悪いとは申しませんがね」

「はい。心にしっかりと刻んでおきます。
変な見栄や、言わなくても判ってもらえるという慢心は捨てます。
本当にご迷惑をおかけしました。申し訳ございません。
それで、僕たちの今後については大変ありがたいのですが
侯爵様はどうなさるのですか?」

少しだけクスっとドレーユ侯爵は笑う。

「侯爵などという面倒はもう隠居させて頂きます。
わたしとて、愛するヘェレと離れている時間はつらいのでね」

シャロンは思い切ってドレーユ侯爵に問う。

「あの…ドレーユ侯爵様はいったい何者なのです?」

ドレーユ侯爵はソファから立ち上がる。

「私は、ゼシウスの加護を持つ者。そして冥界との狭間に身を置く者。
この世は儚い。儚いがゆえに美しい。その美しさは我妻ヘェレに通じる。

女神の涙と死者の魂。2つを回収するのも私の役目でした。

神が一度人間に渡したもうた宝石を勝手に持ち出す事は出来ません。
人間の手から、自ら引き渡してもらう必要があったのです。
副産物がもれなくついてきましたが、ここまで駒が揃ったのです。
大変に愉快でしたよ」
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