旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru

文字の大きさ
上 下
10 / 56

言えない言葉

しおりを挟む
看護師に付き添われて診察室を出ると、シリウスが待っていた。
先程までほぐれていた心がまたこわばってしまう。

「どうだった?傷跡が残るとかそういう事か?」
「いいえ、そんなお話は御座いませんでした」
「残らないのか。良かった」

安堵の表情を浮かべるシリウスをシャロンはどこか遠くを見ているような
そんな気持ちで見ていた。
シリウスの言葉もどこか遠くのほうで誰かが何かを言っている。
そのくらいにしか頭の中に入ってこない。

「シャロン?」

ふいに両肩を掴まれて、目の前にシリウスの顔がうつる。

「はっ、はい」

「どうしたんだ?このところずっと変だぞ?」
「ごめんなさい」
「いや、謝らなくてもいいんだ。何かあったのなら言ってくれ」
「‥‥はい…」

心の中では、何かあったどころではないほどの事態があったのに
言葉に出してシリウスに問う事が出来ない。

ーー何故なのかしらーー

軍医の元には、慌てたシリウスが馬で来てしまったので
帰りは歩こうと思った。
シリウスには先に帰ってもらおうと。

「あの、シリウス」
「どうした?」
「先に・・先に帰ってて」
「何故だ?今日は久しぶりに休みが一緒なんだ。手の事があるから
無理はさせたくないし、何か食ってから帰ろうか?」
「手はもう大丈夫だから」

馬の元まで来るとシリウスは、一つため息を吐いて
シャロンを先に馬の背に横向きに乗せて、続いて自分もまたがった。
馬の鞍を押さえていたシャロンの手を手綱を持ったまま握り

「俺の背に手を回せ」

そう言いながら背のほうに手を引く。
シャロンの手が背中に回ったのを感じるとシリウスはゆっくりと
馬を歩かせぽつりと懇願するような声で呟いた。

「なぁ、シャロン。本当の事を言ってくれないか」

ーー本当の事?貴方の不貞をわたくしに断罪しろと?ーー

沈黙の中ゆっくりと馬が進む。
商店街の賑やかな声が小さくなり、アパートメントが並ぶ
住宅街にそろそろ差し掛かろうとした時、シリウスは馬を止めた。
ゆっくり進んでいたが、馬が歩みを止めた事にシャロンは
シリウスを見上げる。

シリウスは手綱を片手で持つと、空いた手でシャロンの髪を撫でる。
その手は髪から顔、顎、肩と降りて背中を撫でて引き寄せる。
シリウスの胸に押し付けられてシャロンの体がビクっとする。

「シャロン、痩せたな」

ポツリと一言呟くシリウスにシャロンは俯いて答える。

「いいえ、さほど変わらないと思いますわ」
「ごめんな。俺の稼ぎが良くないから苦労ばかりだ」

心の中でシャロンの黒い気持ちが渦を巻き始めた。

ーー2つの家庭を養っていればそれは少ない稼ぎではないわーー

言葉に出来ない想いが心の中を占領していくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】愛されたい異世界の番と溺愛する貴公子達

ゆきむら さり
恋愛
稚拙ながらもこの作品📝も(8/25)HOTランキングに入れて頂けました🤗 (9/1には26位にまで上がり、私にとっては有り難く、とても嬉しい順位です🎶) これも読んで下さる皆様のおかげです✨ 本当にありがとうございます🧡 〔あらすじ〕📝現実世界に生きる身寄りのない雨花(うか)は、ある時「誰か」に呼ばれるように異世界へと転移する。まるでお伽話のような異世界転移。その異世界の者達の「番(つがい)」として呼ばれた雨花は、現実世界のいっさいの記憶を失くし、誰かの腕の中で目覚めては、そのまま甘く激しく抱かれ番う。 設定などは独自の世界観でご都合主義。R作品。ハピエン💗 只今📝不定期更新。 稚拙な私の作品📝を読んで下さる全ての皆様に、改めて感謝致します🧡

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

(完結)私の夫を奪う姉

青空一夏
恋愛
私(ポージ)は爵位はないが、王宮に勤める文官(セオドア)の妻だ。姉(メイヴ)は老男爵に嫁ぎ最近、未亡人になったばかりだ。暇な姉は度々、私を呼び出すが、私の夫を一人で寄越すように言ったことから不倫が始まる。私は・・・・・・ すっきり?ざまぁあり。短いゆるふわ設定なお話のつもりです。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

もう終わりにしましょう、その愛は永遠ですから…

矢野りと
恋愛
婚約者だった夫と結婚して半年が経っても私に対する周りの評価は変わらない。 『愛し合う二人を無理矢理別れさせた悪女』 『身分を笠に着る嫌な女』 貴族社会では噂が真実かどうかは関係ない、信じたいことが真実になる。 誰も庇ってはくれない、夫でさえも…。だから私はあなたを嫌いになりたい。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

処理中です...