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皇帝からの処分通達

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★この回はアポロンの視点です

◆~◆~◆


カツカツ…カツカツ。

皇帝バッファベルトの指がテーブルにリズムを刻んでいる。
まだ軍師という立場が解かれない俺は、ごくりと生唾を飲んだ。

後ろにはティーを診てくれた女医と、保護してくれたモリナス子爵がいる。
モリナス子爵夫人はティーと共に続きの間で控えている。

「医師リーベル。まずは治療、そして療養をしてくれたことについては礼を言う」
「陛下、勿体ない言葉です。医師として当然の事をしたまで」
「だが、何故届け出をしなかった。確か連携は取っているはずだが」

「彼女については身元ははっきりしておりました。陛下の、いえ王女殿下であらせられた事を当方が知らなかった事については秘匿されていた事も在ってお許しを願いたいと思います。保護連携は先ず身元が判らないもの、話す事も出来ず筆談も不可で監督するものが不明な事、身元引受人がいない事。その3点に於いて該当しないと判断しました」

「なるほどな。制約の抜け穴をついて来たか」

「そういう事では御座いません。では当院で診察する者を全員報告致しましょうか?ただの手間になるのではないでしょうか。抜け穴ではなく制約に該当しない。そう判断をしたまでで御座います」

確かに孤児院や教会、医院などで保護する者はほとんどが名前すら名乗れない程の乳児。
時折話も出来る子供や成人した者、老人もいるがその場合は、身元引受人となる者が拒否をするのだ。
そうなれば保護対象となる。
医院に保護をされた時、モリナス子爵夫人は「元エンデバーグ公爵夫人」で退院後は「モリナス子爵家が引受人となる」と届けてくれていた。

再会して、俺はその身元引受人を自分に書き換えた。爵位はなく平民でも、軍師と言う仕事と金だけはあったから支払いも俺が済ませれば書類上は体裁が整う。


「よく判った。で、医師リーベル。今後の見通しはどうだ」
「申し訳ございません。お答えできかねます」
「何故」

「患者であるシスティアナ様より陛下に病状、見通しについての説明を許可頂いておりません。医師には守秘義務と言うものがあります。急患で他の医師の助けが必要な場合は情報を共有致しますが、陛下の問いはそうではありません。私の一存でシスティアナ様についてお話する事は出来ません」

「固いな。そう言うところは御典医をしていた頃の祖父にそっくりだ」
「お褒めの言葉、恐縮至極です」
「相判った。医師リーベル下がって良い」
「はい、御前失礼を致します」


リーベル医師が下がった後、陛下はモリナス子爵を前に呼んだ。
遠目からでしか見た事のない皇帝陛下にほんの数メートルの距離だからかモリナス子爵は右手と右足が一緒に出るほど酷く緊張をしていた。

「そう固くなるな」
「はっ、はいぃぃ」

「話は聞いている。届け出なかったのも先ずは、あの豪雨の中だった事やそなたが行商で不在だった事、そして夫人の機転により適切な処置で我が妹が一命を取り留めた事。全てにおいて感謝する」

「あっアリガトっありがとうございますっ」

「モリナス子爵家には褒賞を与える。エンデバーグ公爵領の一部、そしてその爵位を伯爵とし、なおかつご夫人には慈善の称号を与える。与える公爵領の場所については後程説明を受けて手続きを済ませよ」

「ありがたき幸せ!」

「下がって良いぞ」

「はいっ!しっしっ失礼をさせていちゃだきましゅっ」


帰りもカチコチになったモリナス子爵が退室をするとおそらくは陛下の大本命だろう。
俺だけが向かい合って残った。
射貫くような視線が突き刺さる。威圧だけで人を殺せそうなのが目の前の男だ。

「さて‥‥この届出だが承認をしておいた」

そう言って出してきたのはエンデバーグ公爵家を離籍するという届け出だった。

「エンデバーグ公爵家はこの届けを承認したこの時点で300年の歴史を閉じた。取り潰しだ。異論は?」

「御座いません。温情に感謝いたします」

「家族の処遇だが、まず前エンデバーグ公爵の弟。爵位財産を剥奪の上、細君の領地にて領民とした。現在はそれに従事している。母方の兄の侯爵家は男爵とし、弟妹については子爵、男爵の爵位を没収。異論は?」

「御座いません。重ねて感謝いたします」

「姉の嫁ぎ先の伯爵家は爵位剥奪と財産没収。離縁をしたようだが遅かったな。現在は小さな商会を立ち上げたと届け出がある。審査中だ。姉は実家の公爵家にて観察中だが‥‥逃げたようだな。

そして妹。こちらは調査が入る前…システィを追い出すという愚行の前日の日付で離縁の届出が出ていた。少々届け出の日付に相違があったが、先代伯爵夫人の実家である公爵家から河川整備についての特許が国に寄贈されたという事で承認をした。先代伯爵夫人の意向もあっての寄贈との事だったからな。妹の身柄については死亡したと届け出があった。異母妹という秘密を守ったと言いたげだったがな」

「そうですか…」

「お前の母親と姉については行き先は判っていたが、処分保留の観察中であるにも関わらず逃亡という事で現在は城の地下牢に収監をしている。システィには養老院で2週間の無償奉仕のあと国外追放と伝えたから話を合わせろ」

「承知致しました。処遇については…」

「断頭台で首を刎ねるのは一瞬だし、何より功績を多数あげている軍師アポロン殿の母親と姉だ。ヴァカンスを用意した。寒い日でも45度を下回らないからには最適の行楽地だ。特別に屋根のない屋敷も用意してある。喉も乾くだろうから時折間欠泉が吹き出す位置に屋敷を建ててやった。逃げ出したい程に皇都が嫌なのだから用意した屋敷からは一歩も出る事もなく楽しめるだろう」

「わ、判りました」

「俺は優しいからな。だから甘いと言われる。皇后にも蜂蜜シロップより甘いと言われたがな。あと一人なら迎え入れる事も出来るだろう。お前もいつでもいいぞ」


ゾクリとするほど冷たい冷気に全身が包まれた気がした。
笑ってはいるが、目は全然笑っていない。

「その目を抉り、耳から脳髄を引きずりだしてやりたいが、システィの腹の子はお前の子だ。なんの咎もない子には罪がない。子供に感謝をしろ。お前が義弟である事は公表する」

「それは…ティーいえ。システィアナを異母妹だと民に…」

「聖教会は反発するだろう。民の支持も失うかもしれない。だが俺はお前とは違う事がある。皇后にも王子王女たちにもちゃんと向き合って話をして、なんなら教えに背いたと全員共に断頭台にあがってもいいと返事をもらっている。俺はどんなに時間がなくとも他を置いてでも大事な話は家族と話をする。皇后ではなく妻、王子王女ではなく子。そして皇帝ではなく夫、父としてだ。家族を大事にしろ」

「心得ました」

椅子を立ちあがり、俺の前に来た皇帝バッファベルトと向き合った。

「殴らせろ、そして俺を殴れ」
「はっ?」
「兄としてお前を殴る。お前は妹としてシスティの代わりに俺を殴れ。システィでは蚊に刺されるより利かぬ」

思い切り振り被られて頬に拳が叩きこまれた。

「殴れ。手加減はするな」
「しかし…」
「殴れないならシスティは生涯王宮で保護をし、一切会わせない」
「そんな…」

グッと拳を握った俺は思い切りファベルを殴った。
ファベルはペッと折れた歯を吐き出すと、俺の肩を2回叩いてシスティを呼んだ。

俺にとって皇帝よりも上の立場にいる妻から処分を受ける時が来たのだ。
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