貴方の記憶が戻るまで

cyaru

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持参金の使い道

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翌朝、目が覚めたオフィーリアは温かい寝具に別れを告げて動きやすいドレスを身に纏う。
手伝ってくれるのは王都から一緒にきた侯爵家の使用人達である。

「お嬢様‥‥悔しいっ」
「メイ。泣かないで。これも何かの業なのよ」
「そんなっ!お嬢様は悪い事なんか何にもしてないじゃないですか」
「きっと前世が悪かったのよ。でもね3年の辛抱よ。3年で色々と覚えるわ」
「ずっと私もお供しますから!嫌だって言ってもついていきますから!」

この地に残るのは侍女のメイだた一人。残りは王都に帰っていく。

「夜会用のドレスなどは要らないわ。これも…これも…」

運び込んだ一人では着られない豪奢なドレスを次々に箱に入れていく。
王都から持ってきたドレスは全て自分で脱着が出来るものにした。

王妃様やエリザベッタ様から貰った宝飾品などを売れば急ぎのドレスが必要になっても何とかなるし大金貨は三年後に使う用事が出来た。
それまでにする事は技術を身につける事と、荷を軽くすることである。



「おはようございます」

声を掛けると伯爵家の使用人達が驚いている。
ここでは朝の挨拶はしないのだろうかと思いつつも笑顔は忘れない。

「あのっ奥様、今日は遅いと思っていましたので…」

まぁ、今日に限らず夫婦の閨についての座学の教本には数日は寝室から出ない事が多々あると書かれていたため使用人が何故驚いたのかをすぐに理解する。

「ところで、旦那様のお食事はいつもどうなさっているのかしら」

一同が顔を見合わせて言い難そうにしている。その様子から昨夜聞いた【キャス】という女性と一緒に取っているという事だろうとあたりをつける。

「わたくしは、朝、昼、夜ともに旦那様とは食事を致しません。わたくしの食事は皆さまと同じものを同じ部屋で頂きますわ。仲間に入れてくださいませ」

少々19歳、もうすぐ20歳という年齢では無理があるか?と思いつつも首を少し傾げてお願いをしてみる。使用人達はそれはどうかと言いつつも、日頃の主人の食事については悩んでいたようでオフィーリアからあり得ない妥協案が出た事に驚きつつも受けいれてくれた。

薄めのスープに少しのサラダ。そして固めのパン。それが使用人達の食事である。
オフィーリアの狙いは例え3年という期間であっても夫となったサミュエルより遥かに長く接する使用人達との関係は良くしておく必要がある。
そして情報の収集も。不要に鉢合わせしないようにしなければならない。
ガルディスのように在りもしないでっち上げをされてはたまらない。

名も知らぬシルヴィアとの確執がさもあったかのように言われたのは面倒以外何者でもなかった。今回も【キャス】という恋人がいると判ったのだ。3年いれば接触は避けられないが、回数は減らしたい。


どうやら2人はサミュエルの任務がない間は朝食は9時前、昼は13時頃、夕食は19時頃にしていると判るとその時間をどうやってやり過ごすかを考える。
時計を見ると間もなく7時である。オフィーリアは厩舎に行くと一頭の馬を用意してもらった。もう年を取っているので若い頃のように早く走る事は出来ないがゆっくりと歩く事は出来ると言う馬である。元は軍馬だったらしくしっかりとしているが現役を引退して余生を過ごしていると言う。

誰か供をつけるという声を、笑顔で遮り、王都からついてきた使用人達を見送るだけだと伝えて乗馬服に着替えてくると颯爽と馬に跨った。

「男装の麗人のようですねぇ」
「ふふっありがとう。王都では陰で深層の破落戸と呼ばれてましたの」
「まさかっ?!」
「そのまさかよ。ねぇこの子の名前は何というの?」
「これはメビウス号です。牡馬です」
「そう。とっても乗り心地が良いわ。ちゃんと世話をしてもらってる証拠ね」


深層の破落戸と呼んでいたのは王太子や騎士団の面々である。
女性と言っても夫となる王太子や王子の隣にいる事になる立場だったエリザベッタとオフィーリアは剣術や馬術も訓練をされている。手加減があったかも知れないが勲章のかかったトーナメントではいつも上位にいた事から王太子が勝手に名付けたのである。


馬車からの景色と違って馬上からの景色は率直に言えば【貧相】だった。
田畑はとりあえず植えている状態で雑草が生え放題。水路の整備はされていない。
桶を天秤棒にぶら下げて貯水している溜池を何度も往復している親子連れが見える。
そこまでは水が届かないのだろう。

川も鉄砲水が通り過ぎた痕跡がそのままで手付かずの状態。
結婚式の前、つまりオフィーリアがこの地に来る1か月以上前には持参金は届けられていたはずである。それを使って何かをしたのか、しようとしているのか。その様なものは全く見られなかった。

ここから先は峠に入ると言う道で侯爵家の使用人達と最後の別れをする。
念のため、父の侯爵に土木に明るい技術者と職人を2か月後に派遣をして欲しいが可能か返事が欲しいと言づけるとオフィーリアは一人来た道を引き返した。


その日から1カ月半。オフィーリアは朝食後に昼用のパンを1つもらうと馬で出かけた。
紙とペンを持ち、領地をくまなく老馬と歩いていく。
領民を見つければ、畑、水路の他に困っている事などを聞き取りしていくのである。

サミュエルが食事をしているであろう時間に、裏口から入り使用人達と夕食を取る。
一人部屋に持って湯あみをして、メイと共に聞き取った事をまとめ、地図を仕上げていく。
その作業は毎晩夜遅くまで続いた。



「あれはどうしているんだ?姿を全く見かけないが」

外を見れば小雨が降っている。あと4カ月もすればこの雨も雪に変わる。
そんな窓の外を見ながらサミュエルは執事に問いかけた。

「あれ‥‥と申しますと奥様でございますか?」
「あぁ。食事にも顔を出さんとは…昼まで寝ているのか?」
「いいえ。奥様は7時前には領地のほうにお出かけになります。昼食用のパン…と言っても使用人が食べるものと全く同じですが1つだけ持って、お帰りは19時頃で御座います」

「なんだって?」

「ちなみに言っておきますが、奥様の食事は使用人と全く同じ。いえそれ以下ですね。昼はパン1個。使用人は昼もスープが付きますから。それから本日のウサギ肉と野菜の一部はその折に奥様がお持ち帰りになったもの。先日はイノシシを仕留めたからと領民に奥様が直々に捌き、ボタン肉を分けられたそうです。どなたかと違ってちゃんと食扶持以上の事はなさっておりますよ」

「そうか。今日は部屋にいるのか?」
「旦那様。わたくしの話を聞いておりましたか?」
「聞いていたが」
「奥様は19時頃までお帰りにはなりません。今は視察中です」
「視察って!?この雨に?夕方にかけて酷くなるぞ?」
「関係御座いません。過日の朝から大雨の日もお出かけになりましたから」

廊下が騒がしくなる。オフィーリアの持参金が入ってからは連日昼間には仕立て屋などがやってくる。欲しいと強請られればダメだとは言えない。惚れた弱みなのであろうか。

「奥様の持参金。ちゃんと使っていれば橋が7カ所。3年分の農作物の種が買えてお釣りもあったと思いますが、橋は1カ所も架かっておらず種も1年分のみの購入。このドレスの仕立て分を払ったら、いえ払えないかも知れません。残高はないとお考え下さい。これが国王、侯爵家に知られたらとんでもない事になります。妻の持参金を愛人が全部使ったという事に他なりませんからね」

「嘘だろう?5憶はあっただろうが」

「嫁がれる前の2カ月、嫁がれてからの2か月。3日と空けずに1着200~300万のドレスを数着に宝飾品を買いまくってますからね。約4か月。よく持った方です」

手にしていたペンを落としてしまうサミュエル。
さっと拾い上げ、ペン先を指ではじきインクが出るかを確認した執事は机にそっと戻した。
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