28 / 41
2回目の人生
第28話 言えないパワーワード
しおりを挟む
ジークフリッドとジークフリッドの母の会話を聞き、声もかけずに帰ってもう1週間ほどになる。
その間は1度もジークフリッドの家に行かなかったからか、ジークフリッドがやってきた。理由は考えなくても解る。
ジークフリッドは騎士になりたくて募集があれば申し込んでいるのでアレグロのように正規で雇ってもらうことが出来ず、口入屋が早朝に日雇いの労働者を集めている場に行って日銭の仕事をしているのだ。
仕事は毎日ある訳ではないし、労働の内容と賃金が合わないと思えばその荷馬車の前には人は集まらない。
少々過酷な内容であっても賃金が良ければ人は集まって荷馬車に乗せられて仕事先に連れて行かれる。
ジークフリッドが仕事にありつけるのは1か月、30日の内で半分の14、15日程度。
日払いの賃金は一番手元に残りにくい。
仕事の終わりには金を持っているのでついつい使ってしまうからである。
ジークフリッドは騎士に採用をされれば防具などは自前で揃えねばならないので僅かだが貯めている。貯めているのだが採用試験に落ちると「剣が良くなかった」「バイザーが悪かった」とそれまで使っていたのを下取りに入れて中古だが買い替えてしまうのでほとんど金は貯まっていない。
食べる物にも困る日があるので、オデットが青果店や魚屋、肉屋で貰える「おまけ」を分けていたのだ。
扉が開いた先にヴァルスがいたからか、ジークフリッドは怒鳴るチャンスを失ってしまっていた。
「家人に用か?」
「誰だ?お前」
――え?知らないの?――
オデットは驚きでもあった。流石にジークフリッドでもヴァルスは知っていると思ったのだ。
ジークフリッドは平民なので王太子が出席をする茶会や夜会に出向くことはないけれど、騎士の花形と言えば近衛隊。おまけにヴァルスは令嬢たちの間では人気NO.1なのだ。
騎士を目指しているのだから当然知っているものだと思ったのにジークフリッドはヴァルスを知らなかった。
「どうでもいいけど、ちょっとオデットに話があるんだ」
「オデット嬢に?」
ヴァルスがちらりとオデットを見て「どうする?」と、目で問いかけているように見えた。
どうせやってきたのは1週間も顔を見せないので、家の中を掃除しろ、若しくは洗濯物が溜まったので洗え、ついでに食料を調達してこいだろうかと見当をつけた。
「ガッティネ公爵子息様。すみません。知り合いです」
「知り合い?こんな乱暴な物言いをする奴が?」
――えぇ、知り合いに格下げになったばかりですけどね――
オデットとしてはもう話をすることもない。
直接断った方がジークフリッドも解りやすいだろうと玄関扉の近くに歩いて行った。
「なにかしら」
「なにかしら?じゃなくてさ。母さんがオデットは来ないのかって聞いてるんだ」
「あらそう。なら行かないと答えておいて」
「行かなっ…え?なんで?」
「行く必要がないからよ。私はお手伝いさんでも使用人でもないの。今までは善意で行ってたけど…よく考えたら貴方の家の家事全般を他家の人間である私がする必要ってないと思うのよね」
「今までしてたじゃないか!」
「そうね。でもやめたの。さっきも言ったでしょう?私は貴方や貴方の家に雇われている訳じゃないの。今まではボランティアよ。だけど無償奉仕をしなくなっても問題ないでしょう?私も働かないといけないし都合よくつかわれている場合じゃないって気が付いたからもう行くのをやめたのよ」
日頃から付き合いのあるご近所さんなどであれば「ちょっと手伝って」と言われて金をくれないならやらないとはほとんどの人は言わないだろうが、労働力をアテにされてしまうとそれはもう「ちょっと手伝って」ではない。
ジークフリッドもオデットを雇っている訳ではないし、好意でしてもらっていただけであって当たり前ではない。今までは「結婚」という将来の家族なんだというニンジンをオデットの前にぶら下げていただけだ。
しかもそのニンジンが疑似餌だったのだからオデットとして見れば「一昨日きやがれ」である。
「困るよ。オデットが来ないと家の中も片付かないし、洗濯もしてもらわないと着る物もないんだ」
「貴方の家でしょう?貴方なり貴方のお母様がすればいいんじゃないの?」
「そうだけどさ。俺は忙しいし、母さんも具合が悪いしさ」
「ならここに来る前に貴方の妹さんに頼めば?妹さんがダメなら官庁の出先機関に相談するとか、他人でいいならご近所さんでも良いわけでしょう?」
「どうしてそんな事言うんだよ。俺たちの仲じゃないか」
「どんな仲?ただの友達、ううん。知り合いかしら。結婚の約束をしたわけではないし。わざわざ時間を割いてまで行く必要がある?」
思えばジークフリッドは「結婚」と言うパワーワードを使ったことがない。匂わせるだけで決定的な事は言わなかったのだ。
今ここで言ってしまうとヴァルスが証人になってしまうので、ジークフリッドもその先を踏み込んでは来ない。
「解ったよ…じゃぁ時間が出来たら来てくれ」
「そうね。時間が出来たら!!行く事も考えるわ」
――行かないけどね?考えるだけで直ぐ答えは出るけどね?――
ジークフリッドはヴァルスに視線を移し、値踏みするように数回上下に視線を走らせたあとすごすごと帰っていった。
――きっとまた来るわね。次は早くて3日後かしら――
ジークフリッドが帰っていったあと、オデットはヴァルスを見た。
「あ、うん…帰るよ。明日は夜勤明けになるけど顔を見せるようにするよ」
――何故に?――
オデットには明日も夜勤明けでただ顔を見せに来るというヴァルスの真意が解らなかった。
★~★
次は14時10分です(=^・^=)
その間は1度もジークフリッドの家に行かなかったからか、ジークフリッドがやってきた。理由は考えなくても解る。
ジークフリッドは騎士になりたくて募集があれば申し込んでいるのでアレグロのように正規で雇ってもらうことが出来ず、口入屋が早朝に日雇いの労働者を集めている場に行って日銭の仕事をしているのだ。
仕事は毎日ある訳ではないし、労働の内容と賃金が合わないと思えばその荷馬車の前には人は集まらない。
少々過酷な内容であっても賃金が良ければ人は集まって荷馬車に乗せられて仕事先に連れて行かれる。
ジークフリッドが仕事にありつけるのは1か月、30日の内で半分の14、15日程度。
日払いの賃金は一番手元に残りにくい。
仕事の終わりには金を持っているのでついつい使ってしまうからである。
ジークフリッドは騎士に採用をされれば防具などは自前で揃えねばならないので僅かだが貯めている。貯めているのだが採用試験に落ちると「剣が良くなかった」「バイザーが悪かった」とそれまで使っていたのを下取りに入れて中古だが買い替えてしまうのでほとんど金は貯まっていない。
食べる物にも困る日があるので、オデットが青果店や魚屋、肉屋で貰える「おまけ」を分けていたのだ。
扉が開いた先にヴァルスがいたからか、ジークフリッドは怒鳴るチャンスを失ってしまっていた。
「家人に用か?」
「誰だ?お前」
――え?知らないの?――
オデットは驚きでもあった。流石にジークフリッドでもヴァルスは知っていると思ったのだ。
ジークフリッドは平民なので王太子が出席をする茶会や夜会に出向くことはないけれど、騎士の花形と言えば近衛隊。おまけにヴァルスは令嬢たちの間では人気NO.1なのだ。
騎士を目指しているのだから当然知っているものだと思ったのにジークフリッドはヴァルスを知らなかった。
「どうでもいいけど、ちょっとオデットに話があるんだ」
「オデット嬢に?」
ヴァルスがちらりとオデットを見て「どうする?」と、目で問いかけているように見えた。
どうせやってきたのは1週間も顔を見せないので、家の中を掃除しろ、若しくは洗濯物が溜まったので洗え、ついでに食料を調達してこいだろうかと見当をつけた。
「ガッティネ公爵子息様。すみません。知り合いです」
「知り合い?こんな乱暴な物言いをする奴が?」
――えぇ、知り合いに格下げになったばかりですけどね――
オデットとしてはもう話をすることもない。
直接断った方がジークフリッドも解りやすいだろうと玄関扉の近くに歩いて行った。
「なにかしら」
「なにかしら?じゃなくてさ。母さんがオデットは来ないのかって聞いてるんだ」
「あらそう。なら行かないと答えておいて」
「行かなっ…え?なんで?」
「行く必要がないからよ。私はお手伝いさんでも使用人でもないの。今までは善意で行ってたけど…よく考えたら貴方の家の家事全般を他家の人間である私がする必要ってないと思うのよね」
「今までしてたじゃないか!」
「そうね。でもやめたの。さっきも言ったでしょう?私は貴方や貴方の家に雇われている訳じゃないの。今まではボランティアよ。だけど無償奉仕をしなくなっても問題ないでしょう?私も働かないといけないし都合よくつかわれている場合じゃないって気が付いたからもう行くのをやめたのよ」
日頃から付き合いのあるご近所さんなどであれば「ちょっと手伝って」と言われて金をくれないならやらないとはほとんどの人は言わないだろうが、労働力をアテにされてしまうとそれはもう「ちょっと手伝って」ではない。
ジークフリッドもオデットを雇っている訳ではないし、好意でしてもらっていただけであって当たり前ではない。今までは「結婚」という将来の家族なんだというニンジンをオデットの前にぶら下げていただけだ。
しかもそのニンジンが疑似餌だったのだからオデットとして見れば「一昨日きやがれ」である。
「困るよ。オデットが来ないと家の中も片付かないし、洗濯もしてもらわないと着る物もないんだ」
「貴方の家でしょう?貴方なり貴方のお母様がすればいいんじゃないの?」
「そうだけどさ。俺は忙しいし、母さんも具合が悪いしさ」
「ならここに来る前に貴方の妹さんに頼めば?妹さんがダメなら官庁の出先機関に相談するとか、他人でいいならご近所さんでも良いわけでしょう?」
「どうしてそんな事言うんだよ。俺たちの仲じゃないか」
「どんな仲?ただの友達、ううん。知り合いかしら。結婚の約束をしたわけではないし。わざわざ時間を割いてまで行く必要がある?」
思えばジークフリッドは「結婚」と言うパワーワードを使ったことがない。匂わせるだけで決定的な事は言わなかったのだ。
今ここで言ってしまうとヴァルスが証人になってしまうので、ジークフリッドもその先を踏み込んでは来ない。
「解ったよ…じゃぁ時間が出来たら来てくれ」
「そうね。時間が出来たら!!行く事も考えるわ」
――行かないけどね?考えるだけで直ぐ答えは出るけどね?――
ジークフリッドはヴァルスに視線を移し、値踏みするように数回上下に視線を走らせたあとすごすごと帰っていった。
――きっとまた来るわね。次は早くて3日後かしら――
ジークフリッドが帰っていったあと、オデットはヴァルスを見た。
「あ、うん…帰るよ。明日は夜勤明けになるけど顔を見せるようにするよ」
――何故に?――
オデットには明日も夜勤明けでただ顔を見せに来るというヴァルスの真意が解らなかった。
★~★
次は14時10分です(=^・^=)
1,244
お気に入りに追加
2,132
あなたにおすすめの小説
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――
【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
彼が愛した王女はもういない
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。
どちらも叶わない恋をした――はずだった。
※関連作がありますが、これのみで読めます。
※全11話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる