16 / 41
2回目の人生
第16話 持病の癪
しおりを挟む
一番会いたくない人に会ってしまった場合はどうしたら良いのだろう。
そのまま立ち去れば相手は王太子。不敬だなんだと面倒くさい事になるのは目に見えて解っている。おまけに王太子の斜め後ろには今世紀最大級の「今、会いたくない人ランキング第1位」のヴァルスがいる。
――目を合わせないようにしなきゃ――
オデットだって美丈夫は大好物だ。
目の保養になる美丈夫なら何時だって拝ませて頂きたいが、何故か今朝から金髪碧眼に限って除外をされてしまっている。
どんなに爽やかな男性であろうと金髪碧眼で身分が王太子だったり、職業が近衛騎士だと体が拒否反応を示してしまうのだ。
喉を締め上げる縄の感触が蘇ってきて吐きそうになる。
あれが夢だったらごめんなさい。
そう思うものの、基本的には関わり合いになる事のない人種なのでここは大人の対応だ。
15歳。本日デヴューしたてのヒヨコにここまで気を遣わせるとは!
「大丈夫か?さっきアマガエルが潰れたような声がしたが?」
気を使ってくれるのは王太子。
それはそうだろう。こんな公衆の面前で本性を出すほど愚かでもない。
訓練をされているのだろうなと思いつつオデットはこの場を父親の急な容態の変化で逃れようとした。
「申し訳ございません。父は持病にリユマチと痛風、そして癪が御座いまして。いずれかの症状が出たのだと思います。隅の方で休ませて頂きます。お心遣いいただきありがとうございます」
「そうか?では運ばせよう。ヴァルス、手伝ってやれ」
――にゃぁんですってぇ?!――
最も関りを持ちたくないのに何でご指名するかな?
少しばかりイラっとしてしまったがオデットは努めて明るく笑顔を返した。
「いいえ。慣れておりますので。それに護衛の方が殿下のお傍を離れるのは良くありませんわ。私共は隅の方で休ませて頂ければ大丈夫ですので」
その間もオデットのヒールはグリグリとダクシオンのつま先を踏みつける。
リンボーダンスと言ったがツイストを追加しておけばよかったか。
「そうか。大事になされよ」
「ありがとうございます」
取り敢えずの急場は凌げたか。
そう思ったのに父を連れて隅に移動しようとした時だった。
「待ってくれ」
――にゃんでぇ?!――
全世界会いたくない人選手権の覇者が声を掛けて来たではないか。
父ではなく自分の方が「持病の癪が」と言いたくなりそうになる。
が、初対面なのだ。そう。初対面。
有名歌劇俳優と同じだ。自分は知っているけれど俳優は1ファンとしか認識していない。
それと同じ。オデットは自分に言い聞かせて挨拶すら交わしたくない男ヴァルスを見た。
「何で御座いましょう?」
オデットの心臓は今にも止まりそうになり、息を飲むのもやっと。
何の用かは知らないがさっさと用件を終わらせてしまいたい。
あれは悪い夢を見たのだと思っても、夢の中で殴られた痛みは今もしっかりと覚えている。視界にヴァルスの手が見えると恐怖で足も竦んでしまう。
「不躾ですまないのだが、私はガッティネ公爵家のヴァルス。貴女の名前を教えて頂けないだろうか」
――知ってるけどね?貴方、自覚あると思うけど有名よ?――
「これはガッティネ公爵家の…左様でございましたか、ですが足を止めさせてこちらこそ申し訳ございません。名乗るほどの者では御座いませんので」
「いや…いきなりで怪しいと思うかも知れないが、どこかで会った事が?」
――今朝、夢でね?――
「とんでも御座いません。本日が初見かと」
「そうか…どこかで貴女を見た記憶があって。名前を聞けば思い出すかと思ったのだが。失礼をした」
「いいえ。こちらこそ。では」
「待ってくれ!」
――まだあるんかいッ!――
「どこかで会ったかは別として、名前を知りたいのだが」
「えぇっと…ダクシオンで御座います」
オデットは手で父を示し、名を告げた。
「え?私?」とダクシオンがキョドってしまったのは仕方がない。
父親なのだからそれくらいは許して欲しい。
「ふはっ。面白い女性だな」
「そうですか?そのような事を言われたのは初めてで御座います」
「初見なら警戒されて当然だ。では次に夜会で会った時は、貴女をダンスに誘ってもいいだろうか」
――やだけどね?絶対に嫌だけどね?――
周囲で令嬢たちがガン見しているのは気にならないんだろうか。あ、そうか。ガン見も凝視も慣れてるのかも知れないな。オデットはそんな事を思いながらにこりと微笑んで返事を返した。
「えぇ。夜会でお会いすることが御座いましたら」
――絶対ないけどね?夜会、行かないし!――
背中にじりじりと視線が突き刺さるのは周囲の令嬢からだとしておこう。
振り返るのが怖い。
何故なら進もうとしている方向にある窓ガラスにはヴァルスがこちらを見ている姿が写っていたからである。
そのまま立ち去れば相手は王太子。不敬だなんだと面倒くさい事になるのは目に見えて解っている。おまけに王太子の斜め後ろには今世紀最大級の「今、会いたくない人ランキング第1位」のヴァルスがいる。
――目を合わせないようにしなきゃ――
オデットだって美丈夫は大好物だ。
目の保養になる美丈夫なら何時だって拝ませて頂きたいが、何故か今朝から金髪碧眼に限って除外をされてしまっている。
どんなに爽やかな男性であろうと金髪碧眼で身分が王太子だったり、職業が近衛騎士だと体が拒否反応を示してしまうのだ。
喉を締め上げる縄の感触が蘇ってきて吐きそうになる。
あれが夢だったらごめんなさい。
そう思うものの、基本的には関わり合いになる事のない人種なのでここは大人の対応だ。
15歳。本日デヴューしたてのヒヨコにここまで気を遣わせるとは!
「大丈夫か?さっきアマガエルが潰れたような声がしたが?」
気を使ってくれるのは王太子。
それはそうだろう。こんな公衆の面前で本性を出すほど愚かでもない。
訓練をされているのだろうなと思いつつオデットはこの場を父親の急な容態の変化で逃れようとした。
「申し訳ございません。父は持病にリユマチと痛風、そして癪が御座いまして。いずれかの症状が出たのだと思います。隅の方で休ませて頂きます。お心遣いいただきありがとうございます」
「そうか?では運ばせよう。ヴァルス、手伝ってやれ」
――にゃぁんですってぇ?!――
最も関りを持ちたくないのに何でご指名するかな?
少しばかりイラっとしてしまったがオデットは努めて明るく笑顔を返した。
「いいえ。慣れておりますので。それに護衛の方が殿下のお傍を離れるのは良くありませんわ。私共は隅の方で休ませて頂ければ大丈夫ですので」
その間もオデットのヒールはグリグリとダクシオンのつま先を踏みつける。
リンボーダンスと言ったがツイストを追加しておけばよかったか。
「そうか。大事になされよ」
「ありがとうございます」
取り敢えずの急場は凌げたか。
そう思ったのに父を連れて隅に移動しようとした時だった。
「待ってくれ」
――にゃんでぇ?!――
全世界会いたくない人選手権の覇者が声を掛けて来たではないか。
父ではなく自分の方が「持病の癪が」と言いたくなりそうになる。
が、初対面なのだ。そう。初対面。
有名歌劇俳優と同じだ。自分は知っているけれど俳優は1ファンとしか認識していない。
それと同じ。オデットは自分に言い聞かせて挨拶すら交わしたくない男ヴァルスを見た。
「何で御座いましょう?」
オデットの心臓は今にも止まりそうになり、息を飲むのもやっと。
何の用かは知らないがさっさと用件を終わらせてしまいたい。
あれは悪い夢を見たのだと思っても、夢の中で殴られた痛みは今もしっかりと覚えている。視界にヴァルスの手が見えると恐怖で足も竦んでしまう。
「不躾ですまないのだが、私はガッティネ公爵家のヴァルス。貴女の名前を教えて頂けないだろうか」
――知ってるけどね?貴方、自覚あると思うけど有名よ?――
「これはガッティネ公爵家の…左様でございましたか、ですが足を止めさせてこちらこそ申し訳ございません。名乗るほどの者では御座いませんので」
「いや…いきなりで怪しいと思うかも知れないが、どこかで会った事が?」
――今朝、夢でね?――
「とんでも御座いません。本日が初見かと」
「そうか…どこかで貴女を見た記憶があって。名前を聞けば思い出すかと思ったのだが。失礼をした」
「いいえ。こちらこそ。では」
「待ってくれ!」
――まだあるんかいッ!――
「どこかで会ったかは別として、名前を知りたいのだが」
「えぇっと…ダクシオンで御座います」
オデットは手で父を示し、名を告げた。
「え?私?」とダクシオンがキョドってしまったのは仕方がない。
父親なのだからそれくらいは許して欲しい。
「ふはっ。面白い女性だな」
「そうですか?そのような事を言われたのは初めてで御座います」
「初見なら警戒されて当然だ。では次に夜会で会った時は、貴女をダンスに誘ってもいいだろうか」
――やだけどね?絶対に嫌だけどね?――
周囲で令嬢たちがガン見しているのは気にならないんだろうか。あ、そうか。ガン見も凝視も慣れてるのかも知れないな。オデットはそんな事を思いながらにこりと微笑んで返事を返した。
「えぇ。夜会でお会いすることが御座いましたら」
――絶対ないけどね?夜会、行かないし!――
背中にじりじりと視線が突き刺さるのは周囲の令嬢からだとしておこう。
振り返るのが怖い。
何故なら進もうとしている方向にある窓ガラスにはヴァルスがこちらを見ている姿が写っていたからである。
1,149
お気に入りに追加
2,140
あなたにおすすめの小説
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた
せいめ
恋愛
伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。
大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。
三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?
深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。
ご都合主義です。
誤字脱字、申し訳ありません。
(完)なにも死ぬことないでしょう?
青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。
悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。
若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。
『亭主、元気で留守がいい』ということを。
だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。
ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。
昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。
もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
婚約解消したら後悔しました
せいめ
恋愛
別に好きな人ができた私は、幼い頃からの婚約者と婚約解消した。
婚約解消したことで、ずっと後悔し続ける令息の話。
ご都合主義です。ゆるい設定です。
誤字脱字お許しください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります
せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。
読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。
「私は君を愛することはないだろう。
しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。
これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」
結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。
この人は何を言っているのかしら?
そんなことは言われなくても分かっている。
私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。
私も貴方を愛さない……
侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。
そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。
記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。
この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。
それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。
そんな私は初夜を迎えることになる。
その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……
よくある記憶喪失の話です。
誤字脱字、申し訳ありません。
ご都合主義です。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる