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2回目の人生

第16話  持病の癪

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一番会いたくない人に会ってしまった場合はどうしたら良いのだろう。

そのまま立ち去れば相手は王太子。不敬だなんだと面倒くさい事になるのは目に見えて解っている。おまけに王太子の斜め後ろには今世紀最大級の「今、会いたくない人ランキング第1位」のヴァルスがいる。

――目を合わせないようにしなきゃ――


オデットだって美丈夫は大好物だ。
目の保養になる美丈夫なら何時だって拝ませて頂きたいが、何故か今朝から金髪碧眼に限って除外をされてしまっている。

どんなに爽やかな男性であろうと金髪碧眼で身分が王太子だったり、職業が近衛騎士だと体が拒否反応を示してしまうのだ。

喉を締め上げる縄の感触が蘇ってきて吐きそうになる。

あれが夢だったらごめんなさい。
そう思うものの、基本的には関わり合いになる事のない人種なのでここは大人の対応だ。

15歳。本日デヴューしたてのヒヨコにここまで気を遣わせるとは!


「大丈夫か?さっきアマガエルが潰れたような声がしたが?」

気を使ってくれるのは王太子。
それはそうだろう。こんな公衆の面前で本性を出すほど愚かでもない。
訓練をされているのだろうなと思いつつオデットはこの場を父親の急な容態の変化で逃れようとした。


「申し訳ございません。父は持病にリユマチと痛風、そして癪が御座いまして。いずれかの症状が出たのだと思います。隅の方で休ませて頂きます。お心遣いいただきありがとうございます」

「そうか?では運ばせよう。ヴァルス、手伝ってやれ」

――にゃぁんですってぇ?!――

最も関りを持ちたくないのに何でご指名するかな?
少しばかりイラっとしてしまったがオデットは努めて明るく笑顔を返した。

「いいえ。慣れておりますので。それに護衛の方が殿下のお傍を離れるのは良くありませんわ。私共は隅の方で休ませて頂ければ大丈夫ですので」

その間もオデットのヒールはグリグリとダクシオンのつま先を踏みつける。
リンボーダンスと言ったがツイストを追加しておけばよかったか。


「そうか。大事になされよ」

「ありがとうございます」


取り敢えずの急場は凌げたか。

そう思ったのに父を連れて隅に移動しようとした時だった。

「待ってくれ」

――にゃんでぇ?!――

全世界会いたくない人選手権の覇者が声を掛けて来たではないか。

父ではなく自分の方が「持病の癪が」と言いたくなりそうになる。
が、初対面なのだ。そう。初対面。

有名歌劇俳優と同じだ。自分は知っているけれど俳優は1ファンとしか認識していない。
それと同じ。オデットは自分に言い聞かせて挨拶すら交わしたくない男ヴァルスを見た。

「何で御座いましょう?」

オデットの心臓は今にも止まりそうになり、息を飲むのもやっと。
何の用かは知らないがさっさと用件を終わらせてしまいたい。

あれは悪い夢を見たのだと思っても、夢の中で殴られた痛みは今もしっかりと覚えている。視界にヴァルスの手が見えると恐怖で足も竦んでしまう。


「不躾ですまないのだが、私はガッティネ公爵家のヴァルス。貴女の名前を教えて頂けないだろうか」

――知ってるけどね?貴方、自覚あると思うけど有名よ?――


「これはガッティネ公爵家の…左様でございましたか、ですが足を止めさせてこちらこそ申し訳ございません。名乗るほどの者では御座いませんので」

「いや…いきなりで怪しいと思うかも知れないが、どこかで会った事が?」

――今朝、夢でね?――

「とんでも御座いません。本日が初見かと」

「そうか…どこかで貴女を見た記憶があって。名前を聞けば思い出すかと思ったのだが。失礼をした」

「いいえ。こちらこそ。では」

「待ってくれ!」

――まだあるんかいッ!――

「どこかで会ったかは別として、名前を知りたいのだが」

「えぇっと…ダクシオンで御座います」


オデットは手で父を示し、名を告げた。
「え?私?」とダクシオンがキョドってしまったのは仕方がない。
父親なのだからそれくらいは許して欲しい。


「ふはっ。面白い女性ひとだな」

「そうですか?そのような事を言われたのは初めてで御座います」

「初見なら警戒されて当然だ。では次に夜会で会った時は、貴女をダンスに誘ってもいいだろうか」

――やだけどね?絶対に嫌だけどね?――

周囲で令嬢たちがガン見しているのは気にならないんだろうか。あ、そうか。ガン見も凝視も慣れてるのかも知れないな。オデットはそんな事を思いながらにこりと微笑んで返事を返した。

「えぇ。夜会でお会いすることが御座いましたら」

――絶対ないけどね?夜会、行かないし!――

背中にじりじりと視線が突き刺さるのは周囲の令嬢からだとしておこう。
振り返るのが怖い。

何故なら進もうとしている方向にある窓ガラスにはヴァルスがこちらを見ている姿が写っていたからである。
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