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シルビア特製スープ

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シルビアは焦っている。非常に焦っており部屋の中をウロウロとしている。

もうすぐ支払日なのである。

だが、結婚休暇を取り出勤日数が少なかった。
侍女見習いであるシルビアの年間有給日数は4日である。
そんなものは年度の切り替わりにとっくに使ってしまっている。

なので、支払われる給料があるのではなく【足らない】ので納めねばならない。
支給額を上回る社会保険料の差額分を支払わねばならないのだ。

ただ、支払わなくてもいい方法がある。
起点となる締め日までに退職をすれば良いのである。
だが、それは出来ない。

退職をすれば化粧品や小物などを購入するのにニルスから小遣いをもらわねばならない。
それだけではなかった。

自転車操業状態となっている金融会社への支払いをするのに金がないのである。
シルビアが借りている消費者金融は全部で7社。その他に銀行系のローンが3行。
月賦会社(クレジット)が4社である。

既にキャッシング枠は一杯で借りる事は出来ない。
毎月の給料でまず銀行系のローンを払う。7千ペル払い即座に4千ペルを引き出す。
その後にクレジット会社に5千ペルを支払う。
残った分で、消費者金融7社に利息だけをいれる。

おや?小遣いないんじゃね?

そう、シルビアにはそんな自由に使える金は残らない。
ではどうしていたのか‥‥。

ニルスと暮らし始める前までは、寮に住んでいた。
なので非番の時に、勤務に出ている同僚の部屋に忍び込み金目のものをちょっとだけ借りて換金。
夜な夜な遊んでいたので、酔っ払いを引っ掛け休憩専門の宿に引っ張り込んで寝込んだところを見計らい財布から札だけを拝借。時々腕時計や宝飾品も預かって換金した。勿論預かったのは独断である。
性欲も小遣いも満たされてWIN&WINだった。

ニルスと暮らし始めて結婚休暇の間はニルスがそれまでと同様色々と買ってくれた。
常に一緒だったので金を使う事もなかったのだが、休暇が明けて困ったのである。

金がない

王宮には侍女見習いで数日仕事には行ったが悪阻で仕事にならない。
遅刻と早退を繰り返していたここ1カ月である。

給料日、銀行に行って引き出しをしようとしたがエラーになった。当然である。

慌てて財務課に問い合わせたが結婚休暇を1カ月取っていたシルビアに支払われる給料はなく、逆に社会保険料の支払いがあると言われてしまった。


今までのように、ちょっと足らないと言っても寮住まいではないので同僚の事も出来ない。
変に家賃の高いところに住んでいるため隣人の部屋に忍び込む事も出来ない。

仕方なくニルスに買ってもらった宝飾品を質屋に持ち込んだが半分以上はイミテーションだと買取不可でそれならと言われたのは指に嵌めている指輪である。
だが、これを質入れしてしまったら「なくした」という言い訳では済まないだろう。

ニルスに捨てられるわけにはいかないのである。
捨てられてしまったら、住むところもなくなってしまうし妊娠している今、客を取る事も出来ない。
うっかりして流産でもしてしまえば【子爵婦人】への道が遠のくと考えたのだ。


家に帰り、ニルスの通帳から金を引き出そうとしたがどうやら持ち歩いているようで家にはなかった。

「くそっ…置いとけ馬鹿野郎」

とんだ阿婆擦れである。今更ではあるが。

もうすぐニルスが帰ってくる。ニルスが寝ている間に通帳を盗む事を思いつく。
翌日、持ち歩いている通帳がない事に気がつかないようにするにはどうしたらいいか。

シルビアは懸命に考える。そして立ち上がった。
結婚する前に通帳の記帳するページがなくなって新しい通帳にしたのを思い出した。
今ニルスが持ち歩いているのは新しい通帳である。

あの時、ニルスは通帳を捨てたか?

いいや、捨てなかった。
全て解約をしたとは言え、通帳の逆開きから始まる定期のページに延々と印字されている文字。
それが嬉しかったのだろう。記念にとニルスは取っておいたのだ。
シルビアは全く意味のない前の通帳を探す。引き出しの中も棚の奥も。目が血走る。

【あった!(ニヤリ)】

今の通帳を抜き取った後、この通帳と入れ替えておけばバレない。
毎日銀行に行くわけでもないし、騎士たちの給料日は先週なのである。
10万ペルもいらない。当面の支払い分、8万ペルくらいを借りるだけなのだ。


シルビアは【今!】【ナゥ!】しか考えていない。
今月はいる給料は結婚休暇を取って休んだので支給がなかった(逆に払う分が発生した)
だが、来月も悪阻を理由に遅刻、早退を繰り返しており金額的には数千ペルだが同じように払わねばならない事に全く気がついていない。
目先の金融各社への支払いで気が回らないだけでもある。


通帳を見つけたシルビアは薬局に行く。
ニルスから休暇明けに【生活費】として貰っている食費から睡眠薬を購入する。
病院で処方される物ではないので効き目はあまりないが、それは用法を守って服用すればである。

買ってきた薬は7日分が入っている。
テーブルにザっと中身をぶちまけると半分ほどをマグカップで粉上に潰していく。

自分の分を小さい鍋に小分けにすると、3,4日分ほどの粉になった薬を今夜のスープにゆっくりと混ぜていく。危険なので味見は出来ないのが残念である。

「ただいまー。いい匂いがするな。今日はブロッコリーのスープか」
「そうなの。レトルトだけど美味しいって聞いたから」
「シルビアの料理は旨いからな。全部平らげてしまうよ」

ニルスは間違っている。シルビアはレトルトを温めているだけで料理はしていない。
そんな事も気がつかないのが恋愛フィルターなのである。

シルビアはゆっくりと鍋の底をお玉で確認していく。粒がないかの確認である。
そして皿にスープを注ぐ。

「今日のスープはちょっとアレンジしてみたの」

間違いではない。確かにアレンジは加えている。
どんなアレンジなのかを伝えないのは【秘伝】なのであろう。

「旨い。うまいなぁ・・・」

何も知らないニルスは完食し、おかわりまでする始末。極上の笑みを浮かべるシルビア。


深夜、大いびきで眠るニルスを確認すると隊服の内ポケットから目当てのものを抜き取る。
ちゃんと代わりの通帳も入れておくのを忘れない新婚妻。健気と言っていいのだろうか。

「大丈夫。明日も特製スープだし、ちゃんと通帳も返すから♡」


シルビアは抜き取った通帳を自分のカバンの底に入れるとニルスの隣で横になる。

初歩的なしくじりに気がつかない。この世界にはカードはない。
通帳で引き出すにはエーチィエムで暗証番号を入力するか窓口で拇印が必要な事に。

ニルスは短絡的なので誕生日にしているだろうというレベルの思考である。

だがニルスは暗証番号を設定する時にはクラリスと付き合っていた。
クラリスは暗証番号にニルスの出生時の体重を指定していたのである。
口座開設の書類ですらクラリスに丸投げしていたニルス。

「この数字なんの数字だ?」
「出生時の体重よ。万が一の時にはお母様だけは知ってるわよ」
「へぇ…俺って4881キロだったんだ」

間違いである。約5トンも胎児は大きくならない。そこはグラムだ。



そんなやり取りを知らないシルビアは夢の中に落ちて行った。
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