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ニルスは人生を謳歌している

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ニルス・ビガー・フール(23)は人生を謳歌している。

1カ月前に結婚をしたのである。
それまで付き合っていたクラリスに結婚を言い出せなかったのには理由がある。
折角の結婚休暇を満喫したかったのと、思ったより結婚による届け出に時間を取られたからだ。


先にシルビアの家に結婚をするという事を伝えに行った時は大歓迎をされた。
この辺りでは結構大きな屋敷で門番もいれば家令も執事もいる。
名の知れた商会を経営している男爵家にやってきた。

「本当か!本当にシルビアをもらってくれるのか!」
「えぇ。シルビアは僕のことを愛してくれていますし僕も…それに腹の子の責任を取るのは当然です」
「何っ?子供がいるのか?ならば手続きは早い方がいいな」

男爵夫妻はこのまま踊り出すのではないかと思うほど喜んでくれた。


「いやぁ、この子は親戚の子でねぇ。色々と苦労をしたんだ」

――前の家の間違いじゃないか?シルビアはたらい回しにされたのか――

「親戚にはこちらから話をしておくよ。寮も出されてウチから通う事になっただけだし親戚も大喜びだろう」

「いいんですか?こちらから挨拶に行かなくても」
「挨拶?不要な苦労は誰だってしたくないだろう?」

――田舎だと言ってたし、行かなくていいなら助かる!――

「ですが、結納金などの問題があると思うんです」
「それは保護した親戚も絶対に受け取れないと断るよ。どうしてもというなら教会に寄付したらどうだい?」

――寄付??それなら良かった。親父に金の心配はするなと言える!――




自分の家にシルビアを紹介した時、何故クラリスではないのかと問われた。
クラリスにはまだ別れることは言っていないが、シルビアとの間に子供も出来たし責任を取りたいと言った。
家族はシルビアと会うのは初めてだったようだが、知っているようだった。
かなり美人だから噂になっていたんだろう。

シルビアを射止めた俺を褒めてくれ!!

母は感激したのだろう。そのまま卒倒してしまった。
兄夫婦もシルビアがかなりの美人だから俺の妻になるという事に驚いているんだろう。
口が開きっぱなしだった。

この国では夫となる側が妻の家に結納金を納めなくてはならない。
だが俺は三男。父は頭を抱えている。きっとこんな美人だから額が大きくなるのに困っているんだろう。

「ニルス‥‥結納金はびた一文も出せない」
「父上、シルビアの家に行きましたが結納金は一切いらないそうですよ」
「そうなのか!では後はお前たちも家のしがらみなんかに縛られたくはないだろう?独立をするんだ」

父は【新しく世帯を持つんだからな。迷惑はお互いに困るだろう】
そう言って、幾つかの書類を持ってきてサインをしろと言った。
俺も舅やら姑でシルビアが泣くのは困る。

【子爵籍からの離籍】という書類は、どの道、家を出なければならないのだからサインをする。

「これで全部かな?」
「ちょっと待て‥‥確認をしよう」
「当家の分は全て揃っております。あとは男爵家からの分のみです」
「よし、ニルス。安心しろ。手続きの書類はこれから直ぐにでも男爵家に行って手続きは抜かりなくやっておこう。1週間ほどで終わるはずだ」

父は家令に書類を確認させると、満面の笑みで俺に握手を求めてきた。

「この家に迎える事は出来ないが頑張ってくれ」

――そうだな。兄夫婦がいるんだ。同居させてくれなんて言わないよ――

俺が騎士団の独身寮にいく時は両親だけだったが、使用人も全員が出て来ている。
門番も馬番までが手を振って俺たちを見送ってくれた。




「ニルスさーん!番号札11番のニルスさーん」

役所の窓口係が俺の名を呼ぶが、こんな所では家名で呼んでほしいものだ。
しかし我慢をする。新しい船出の確認なのだ。揉め事はケチがつく。

「確認だけでしたら無料ですが、書面をお持ち帰り頂くのでしたら3千ペルです」
「確認だけでいい。それで十分だ」
「では、確認をお願いしますね。夫はニルスさん、妻はシルビアさん。ニルスさんの所属先は王都第3騎士団のヘルベール騎士団長の率いる班名がコンドル、所属先の住所は…」

「その先はいい。確かに結婚したとなっていればいいんだ」
「えぇ。間違いないですね。そちらはシルビアさん?」
「そうだ。妻のシルビア本人だ」
「おめでとうございます。間違いなくお二人は公的にもご夫婦です」

父の言った通り、1週間後には俺とシルビアは夫婦になった事が役所で確認できた。
シルビアの肩を抱いて役所を出る。



俺にはかなりの額の貯金がある。
クラリスは貯金しろと言って、給料日にはほとんどを強制的に貯金してしまった。
その時はちょっと腹も立ったが今となっては感謝しかない。

250万ほどある貯金で家も借りられたし、シルビアに指輪も買ってやれた。
ドレスや新しい家具なども買い揃える事が出来た。
もう残高はほとんどないけれど、俺の給料は20万近くある。

なにより、シルビアはクラリスとなのだ。
俺はクラリスの給与明細は見た事はないが以前に2千万ほどは貯金があると言う事を聞いて驚いた。
騎士の同僚に聞くとクラリスの給料は手取りで40万以上あるらしい。
女官は凄いとは聞いていたがこれほどとは!

侍女見習いの時は手取りで10万もなかったと笑っていたクラリスはその名残なのか貧乏性が抜けない。昇格試験の参考書も図書館で借りていたり、過去問題などは先輩のお古を利用していた。
デートの服も同じ服が多くてアレンジをしていたがあまり興味がなかったんだろう。
掃除や洗濯もしてくれたが、料理はいつも時間と手間だけをかけて安い肉を使っていた。

今は俺の方が給料は少ないが、なんだ。
次の昇進試験の勉強もシルビアが手伝ってくれれば筆記試験は楽勝だ。
そうなれば俺の給料は倍近くになる。2人の給料を合わせれば子供が出来ても楽な生活になる。


侍女では王宮の託児施設は一切使えないそうだが女官は無料で使えるらしい。
のシルビアなら勤務年数や仕事柄、退職は引き留められるだろうから7,8か月になる頃までは働くだろう。

そうだ、メイドを雇わないといけないな。

産前産後は動けないらしいから復帰するまでの期間のメイドも必要だ。
俺はなんて先を見越して考えられる男なんだろう。




そんな事を考えながらクラリスを呼び出したレストカフェに出向いた。

結婚した後に別れることになったが、シルビア本人が全く気にしていない。
何といってもシルビアが言い出したのだ。

「結婚する前に言ったらクラリスが結婚を邪魔するかも知れないわ。結婚したあとなら別れろとか言えないでしょう?」

なるほど。さすがはシルビアだ。
そうだな。恋人同士の期間なら修羅場になりかねない。だが結婚後ならクラリスも何も言わないだろう。


「そっか。判った。いいよ、幸せにね」

あっさりとクラリスは俺たちを認めた。
聊か拍子抜けしたが、認めてくれたのなら何の問題もない。

【だって、今!浮気が判って良かったと感謝してるもの】

浮気?いや‥‥浮気ではない。シルビアの事は本気なのだ。

「ホントは悔しいんでしょ?自分よりアタシが選ばれた事に」

シルビアがかなりの剣幕でクラリスに言う。
そうなのか?!いやそれなら不味いだろう。こんな所で泣きだされても面倒だ。
色々と掃除やらで面倒を見てくれたからな。悔しい気持ちもあるだろう。
だが、俺はシルビアを愛してしまったんだ。本当に愛を知ったんだ!

俺に出来る事はこの場を支払いをしてやることだけだ。

クラリス。今までありがとう。君も俺たちのように幸せになってくれ。
そう思いながらレストカフェを後にしたのだった。

新婚1か月目。俺はまさに人生を謳歌しているのだ!
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