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△伯爵家のタケノコ

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緊張が高まっていく。

王都に入り、人の数が多くなり馬車の揺れも石で舗装された道を走るとそれまでとは変わる。年に2、3回は従兄のジェームズへの報告もあり通った道であり、通り慣れているはずだが俺は今、吐きそうだ。

馬車酔いではなく極度の緊張から手は汗でぐっしょりと濡れているし、小刻みに震えている。ツリピオニーが心配そうにのぞき込み、俺の手を握るが【冷たくなってる】という。
今の俺には温度もないのだ。いや体温か。

馬車が止まるとツリピオニーをエスコートしなくてはと扉を開けたまでは良かった。だが右足と左足が同時に出た上に、つま先ではなく膝から出てしまったものだから俺はそのまま馬車から転げ落ちた。

『きゃぁぁ!ヴィルっ!ヴィルっ?!』

ツリピオニーの声に玄関に出迎えてくれていたお義父殿とお義兄上いや、お義弟殿になるのか。
年下の兄はお互い恥ずかしいのでお義弟殿としておこう。
2人が駆け寄って、玄関扉の向こうからは遅れてお義母殿が駆け寄ってきてくれた。

『痛たたた…すまない。落ちてしまった』

『具合が悪かったの?我慢していたのね?どうしてこうなるまで!うわぁぁぁん』

『泣かないでくれ。違うんだ…あ痛たたた…』

手で庇う事も忘れて顔面から着地した俺の顔は鼻血は勿論だが、擦り傷だらけだ。
鼻が高かったのが良かったのか歯は影響ない。

『だ、大丈夫かね。誰か!担架を持ってきてくれ』

『お、お義父殿、それには及びません。このようなものは怪我のうちに入りません』

『だが、顔が血塗れだぞ』

『少々血抜きをしたと思えば、なんのこれしき』

『血抜きって…ブッハッハ』

お義弟殿が笑いだしてくれて良かった。お義母殿は真っ青な顔になりふらついておられる。おおっと大事なツリピオニーはというと‥‥待て。危険だ。
胸と臍の中間より少し下部に顔を押し付けて、大丈夫かと泣いている。いや心配は嬉しいが位置的にこの場で【トンデモナイ】状態を晒す事は出来ない。

こんな時に便利なのが【素数】だと教えてもらった事はあるが、23以上になると次は何だっけとそっちに意識が完全に向いてしまうので得策ではない。


『と、兎に角これを』

差し出されたハンカチで鼻血を止めて気が付いた。歯は影響ないかと思っていたがどうやら折れていたようだ。
手のひらにコロッと転がった歯。不味いな。大人の歯だから隙っ歯になるな。

『えぇっ!辺境伯殿!そんな牙をどこから?!』

『いや、これは牙ではなく――』

『まぁ!ヴィルっ。どこからこんな立派な牙を?』

『いや、これは牙では――』

『凄いな…まるで象牙のようじゃないか』

『いや、これは八重歯です』『きゃぁ♡八重歯なんて可愛いっ♡』

<< エッ? >>


待て御一同。どうしてここに牙があったり、しかも象牙があると思うんだ?
折れたのは上の歯だぞ?牙なら下の歯だろうに。俺はここです!っと指を指して【いぃぃ~】っと口を開けてみせた。

<< 前歯が凶器だ! >> 

『違いますっ!ヴィルの前歯はビーバーのように可愛いんですっ』

――止めてくれ…牙と言われた上にビーバーって…俺は木は歯で削らない――


と、言うか。ツリピオニー!その可愛い手で俺の歯をツンツンするな!
危険な行為だと思わないのか?

俺は耐えきれず口を開けてしまった。所謂【あーん】の形だ。



<< あれっ?歯の数が少ない? >>

『当たり前でしょう?ヴィルの歯はさっき抜けたので31本ですわ!』

――普通そうだろう?まさかイノシシと同じ44本と思ったのか?――


俺は最後の休憩地でリス●リンでお口をゆすいだ事を神に感謝した。
磨き残しやお口の匂いは気になるからな。まぁツリピオニーの受け売りだが。

で、口を閉じたまでは良かった。

『ぱくり』

『きゃっ』

――しまった…歯をツンツンしていたツリピオニーの指を咥えているじゃないか――

これはご褒美と捉えていいのか‥‥失態なのか…。
冷や汗が流れる。


『ヴィルっ!外から帰ったら咥える前に手洗いをしないとダメなのに!』

失態だったようだ。すまないと謝る俺だが、御一同の目線が痛い。
なにかお義弟殿の口元が『ソウジャナイ』と動くのが気になる。

いや、御一同。違う、違うぞ。俺は毎日帰宅前にツリピオニーの指を咥えたり、口の中で弄んだりなんかしていない。今回の事は本当にアクシデント。出来ればもっとと言う気持ちは確かにあった!だが堪えたんだ。そこは判って欲しい!



夕食はツリピオニーが伝えてくれていたようで山のようなタケノコが振舞われた。
しかし俺はそこでも失態を犯してしまったのだ。

余りの旨さに一心不乱にタケノコを食べていると、お義父上は【気持ちいい食べっぷりだ】と言ってくれて、お義母上も【せっせとあく抜きして鰹節を削った甲斐がありますわぁ】と言い、料理長も満面の笑みだったが、肝心のツリピオニーがちょっとお怒りなのだ。

――欲しかったのか――

違った。

辺境では俺用のタケノコ皿は直径が50cmほどあるのだ。
夜会なんかで食材が盛られているオードブル形式の皿のような感じだ。
だから俺の分だと思ったら、全員の分で取り分けるはずだったと言われた。

申し訳ない‥‥俺はタケノコには目がないのだ。
いや、ツリピオニーの事は好きで好きで仕方がない。それは事実なんだ。
だが、タケノコも‥‥大好きなんだ。判ってくれ。

『も、申し訳ない…』

『いいんだ。いいんだ。気持ちいい食べっぷりを見て久しぶりに若い時の事を思い出した』

『そうそう、余らせても僕たちだけじゃ食べきれないから兄さんが食べてくれて良かったよ』

『そうよ。婿殿が好きだって聞いたから今朝は夜明け前から堀りに行ったのよ?』


なにっ?俺の聞き間違いだろうか‥‥兄さん、婿殿と聞こえたのだが…。
ハッとお義父殿の顔を見ると、うんうんと頷いている。

『変わり者だが、可愛がってやってくれ。息子が増えて私も嬉しいよ』

『お…お義父殿っ!!お義母殿っ!お義弟殿っ!!お嬢さんを幸せだと言ってもらえるようこの身、心の全てを尽くさせて頂きますっ』

『大げさよ~。ツリィはね、お転婆さんなの。だから大変よ~』

『そうそう。ドレスはたくしあげて走り出すし、木には登るし、虫は素手で掴むし、泥にまみれても平気な妹だけどよろしく頼むよ』




その日の夜、ツリピオニーが母上と兄上と共に先に部屋に戻り、お義父殿と二人きりになった。

俺が今まで婚約者もいなかった不出来な男だという事はさておいてと言い、ツリピオニーが負った傷について話をしてくれた。本当にそんな娘で良いのかという念押しである。

『関係ありません』

『もう‥‥見たのかね?』


うぉっ!これは遠回しに婚前交渉があったかを確認しているのだろう。
大丈夫だ。ドレスから見える範囲でしか肌は見た事はない。

『まだ見ていません。ですが例え全身が傷だらけであろうと関係ありません。俺‥いえ私はツリピオニー嬢の全てを愛し、受け入れると‥‥いえ、ツリピオニー嬢でなければ受け入れられないんです』

『そうか‥‥ありがとう』

『私こそ、認めて頂きありがとうございます』

お義父殿は礼をする俺の肩を何度もたたいた。顔を上げるとお義父殿は泣いていた。
その涙に俺は何が何でもツリピオニーを幸せにすると改めて誓った。
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