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インクの弁償代
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『きゃぁ!』
ブリジットの小さな悲鳴が聞こえた。
ルシェルやナタリー、4、5人が移動教室で洋裁室に向かっていた時だった。
すれ違いざまにブリジットが小さな悲鳴をあげたのだ。
『何をなさるの!』
何をと言われても、誰も身に覚えがない。すれ違うと言っても中央には人が走り抜けるくらいの隙間はあったし、ルシェルたちは爵位が上の人間とすれ違うのだから必要以上に身を外側に寄せていたのだ。
あっという間に人が集まってくる。見ればブリジットのスカートにインクの染みがあり泣き出したブリジットに誰もが同情をした。その非難の視線の先はルシェルだ。
『すれ違いざまにわたくしにインクを…』
『酷い!いくらオレリアン様と懇意にされているからと級友の範囲内ですのに!』
『ちょっと商会に売り上げがあるからと言って、貴女がお金持ちなのではなくてよ』
とんだ言い掛かりだと言っても、徒党を組んだ令嬢達の言い分のみが正当化されて誰もナタリーやルシェルの言い分に耳を貸す者はいなかった。
学園は小さな社交の場。大なり小なりのいざこざは付き物で、支離滅裂な不条理でも爵位が上の者が声を大きなものにすればその場を制する。あとはその声をどうやって正当化するか。
嘘を誠に聞かせるのも貴族の心得でもあった。
特にブリジットとルシェルの間にはオレリアンという美丈夫が絡んでおり、痴情の縺れは最高のスパイスとその場にいる者は目を半月形にさせて目を凝らし、聞き耳を立てる。
『このインクって…』
転がっていた空のインク瓶。ルシェルには分が悪かった。
外国製であり、そのインクの輸入を扱っているのはこの国ではオリーブ商会のみ。高価過ぎる品のためルシェルは試し書き用の開封済みですら父から貰えるような品物ではない。空き瓶だけでも学園生の小遣いには十分すぎる額で買い取ってくれるくらいのインクなのだ。
購入しているのは王族、公爵家が大半で、侯爵家と一部の伯爵家では自慢のネタにようよう1つ購入するくらいだ。1瓶でメイド一月分の給金よりも高価なインクだが、扱っている商会の娘だと言うだけでルシェルは犯人扱いをされ、有無を言わせず新品の服を弁償と停学3日いう処分が言い渡された。
請求書を見たルシェルの父はルシェルが貰っていた母親の形見の髪飾りを売って支払いに充てるよう従者に指示を出した。
『お父様、お願いです。何か手伝いをしてお金は何とかします。お母様の形見だけはお許しくださいっ』
『自分の尻は自分で拭くものだ。良かったな?髪飾りがあって。つまらんことで私の時間を取るな。お前は侯爵家に嫁ぐ事だけを考えていればいい』
行くぞと従者に声をかけて父親は部屋を出て行こうとする。
扉の直前で足を止めた父親が振り返った。
『貴族どもの汚いやり口を体で覚えろ』
そう言って父親は従者と共に出かけて行った。
母親が使っていた年代物の調度品は学園に入学する時に教材一式と授業料に変わった。
その後も父親は通学に使用する馬車の使用料だと余った金を没収した。
これだけはと残しておいた髪飾りはブリジットへの弁済費用に充てると取り上げられた。
ルシェルは力を持たない未成年で親の保護下にある事が悔しくてならなかった。
学園であろうと身分差は絶対で1つでも身分が下であれば【言い訳】をするなと一喝される。そんなトラブルを避けるためにクラス編成がされている。
使用する校舎も渡り廊下も制限をされている上、伯爵以下の低位貴族は中庭の使用は禁止されている。図書室ですら入り口から分けられ利用時間も限られている。
侯爵位以上の者は学園内のどこでも利用可能。
身を守る術は徹底的に避ける事しかなかったため、翌日からルシェルやナタリーは移動にすら神経をすり減らした。
ブリジットの小さな悲鳴が聞こえた。
ルシェルやナタリー、4、5人が移動教室で洋裁室に向かっていた時だった。
すれ違いざまにブリジットが小さな悲鳴をあげたのだ。
『何をなさるの!』
何をと言われても、誰も身に覚えがない。すれ違うと言っても中央には人が走り抜けるくらいの隙間はあったし、ルシェルたちは爵位が上の人間とすれ違うのだから必要以上に身を外側に寄せていたのだ。
あっという間に人が集まってくる。見ればブリジットのスカートにインクの染みがあり泣き出したブリジットに誰もが同情をした。その非難の視線の先はルシェルだ。
『すれ違いざまにわたくしにインクを…』
『酷い!いくらオレリアン様と懇意にされているからと級友の範囲内ですのに!』
『ちょっと商会に売り上げがあるからと言って、貴女がお金持ちなのではなくてよ』
とんだ言い掛かりだと言っても、徒党を組んだ令嬢達の言い分のみが正当化されて誰もナタリーやルシェルの言い分に耳を貸す者はいなかった。
学園は小さな社交の場。大なり小なりのいざこざは付き物で、支離滅裂な不条理でも爵位が上の者が声を大きなものにすればその場を制する。あとはその声をどうやって正当化するか。
嘘を誠に聞かせるのも貴族の心得でもあった。
特にブリジットとルシェルの間にはオレリアンという美丈夫が絡んでおり、痴情の縺れは最高のスパイスとその場にいる者は目を半月形にさせて目を凝らし、聞き耳を立てる。
『このインクって…』
転がっていた空のインク瓶。ルシェルには分が悪かった。
外国製であり、そのインクの輸入を扱っているのはこの国ではオリーブ商会のみ。高価過ぎる品のためルシェルは試し書き用の開封済みですら父から貰えるような品物ではない。空き瓶だけでも学園生の小遣いには十分すぎる額で買い取ってくれるくらいのインクなのだ。
購入しているのは王族、公爵家が大半で、侯爵家と一部の伯爵家では自慢のネタにようよう1つ購入するくらいだ。1瓶でメイド一月分の給金よりも高価なインクだが、扱っている商会の娘だと言うだけでルシェルは犯人扱いをされ、有無を言わせず新品の服を弁償と停学3日いう処分が言い渡された。
請求書を見たルシェルの父はルシェルが貰っていた母親の形見の髪飾りを売って支払いに充てるよう従者に指示を出した。
『お父様、お願いです。何か手伝いをしてお金は何とかします。お母様の形見だけはお許しくださいっ』
『自分の尻は自分で拭くものだ。良かったな?髪飾りがあって。つまらんことで私の時間を取るな。お前は侯爵家に嫁ぐ事だけを考えていればいい』
行くぞと従者に声をかけて父親は部屋を出て行こうとする。
扉の直前で足を止めた父親が振り返った。
『貴族どもの汚いやり口を体で覚えろ』
そう言って父親は従者と共に出かけて行った。
母親が使っていた年代物の調度品は学園に入学する時に教材一式と授業料に変わった。
その後も父親は通学に使用する馬車の使用料だと余った金を没収した。
これだけはと残しておいた髪飾りはブリジットへの弁済費用に充てると取り上げられた。
ルシェルは力を持たない未成年で親の保護下にある事が悔しくてならなかった。
学園であろうと身分差は絶対で1つでも身分が下であれば【言い訳】をするなと一喝される。そんなトラブルを避けるためにクラス編成がされている。
使用する校舎も渡り廊下も制限をされている上、伯爵以下の低位貴族は中庭の使用は禁止されている。図書室ですら入り口から分けられ利用時間も限られている。
侯爵位以上の者は学園内のどこでも利用可能。
身を守る術は徹底的に避ける事しかなかったため、翌日からルシェルやナタリーは移動にすら神経をすり減らした。
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