上 下
21 / 29

第21話   国王、ご乱心

しおりを挟む
何もない事が一番かも知れないと静かな日々を願うエマリアとロリング。

ソニア妃からの書簡には返事を出さずに5日が過ぎた。
作業員や清掃夫に扮した護衛が見守る中、子供達にも算術と文字を教え、ロリングが先に部屋に戻ると国王から書簡が届いていた。

「父上も王都に戻って来いというのか」

西の石切り場に来る途中、エマリアの事を愛せるのか、心変わりをせずに生涯を共に出来るのかと悩んだロリングはエマリアと過ごす日々の中、徐々に気持ちを固めていた。

――このまま2人で過ごせれば――

しなくてはならない大仕事から逃げ出したい気持ちも芽生えた。

――それじゃ父上と同じだ――

これが親子という事なのか。面倒な事から離れていれば楽しい事だけを考えていられる。それはとても楽な事でロリングはエマリアと向かい合っての食事や、どこかに出掛ける時も一緒という同じ時間を過ごす事で父親の国王の「甘え」に似た気持ちが心を支配し始めているのも気がついていた。

が、ソニア妃からの書簡、そして今日届いた国王からの書簡で逃げられない現実に紛れもなく生きている事を実感されられる。

書簡にはソニア妃の事は書かれておらず、バクーウムヘン公爵家から民主化についての進言があり、前向きに考えている、ついては他の王子、王女も含め話を聞きたいと殊勝な事が書かれていた。

文字は間違いなく国王の文字で、何度も執務で見たことがあり間違いはない。
問題はそれが国王の本意なのかどうか。

椅子に腰かけて天井を仰ぎ見ているとエマリアの声がした。

「ただいま~。先に帰ってたのね。見て!ライチですって。2個貰っちゃった」

嬉しそうに「食後に食べましょう」と冷たい水の中にエマリアはライチを放り込んだ。

飲料水だけでなく湯殿に濾過した水を使用するようになると、それまでの水との味の違いに作業員やその家族は川を清掃するようになった。

掃除をしてみれば川を汚していたのは石切りをする事の粉塵だけでなく、作業員たちの生活そのものも大きく関係をしていた。
処分に困ったのか、川には色々な物が捨てられていて、鉄が錆びたり、食べ物などをそのまま捨てる事で汚してしまっていた。

それらを掃除し、川にものを捨てる事を止めただけで水の味がまた変わった。
石きりをするのに使う水も透明度が出て、負傷する者も減る一石鳥。

――エマリアは凄いなぁ――

「エマリア」
「何?どうしたの?」
「俺、エマリアの事、好きだ」
「な、何を突然・・・」
「子供作ろうか」


ロリングの言葉にエマリアが歩み寄り、鼻をぎゅっと抓んだ。
エマリアの手をロリングは掴むと体を引き寄せた。

「好きだ、好きで好きで・・・愛してるんだ」

エマリアの手がロリングの背中を優しく叩く。

「はいはい。ありがとう。別れるのが惜しくなった?」
「うん」
「‥‥偉く素直ね。どうしたの?いつもは・・・うわっぁ!」


いつもなら軽く受け流すロリングはエマリアをさらに強く抱きしめた。
力を入れているからではなく、ロリングが小さく震えている。エマリアは小さな震えを感じた。

「俺・・・この生活がずっと続けばといつも考えるんだ」
「続ければ良いじゃない。機関車ごと船に乗って旅行に行くんでしょう?」
「本当は何処にも行きたくないんだ。ずっと・・・こうしていたい」
「ロリング、何かあったの?もしかしてまた?」
「もういいんだ!エマリア。俺と何処か遠くに行って暮らしてよ!楽しくっ!毎日笑って暮らしたいんだ!嫌な事はもう何も考えたくないんだ!」

ロリングの気が済むまでエマリアは腕の中でじっとしていた。
腕を回し、頭を撫でているとロリングの震えも止まって来る。

「ロリング。王都に行きましょう」
「行きたくない」
「じゃ、ずっとこのまま書簡や情報が齎されるたびにビクビクしながら生きていく?」
「それも嫌だ」
「大きな赤ちゃんね。イヤイヤ期が始まったのかしら」
「茶化さないでくれよ」
「じゃ、ちゃんと考えましょう?」


エマリアもロリングの立場は判っている。ソニア妃の書簡を信じて王都に行けばどんなことが待ち構えているのかも想像に容易い。

「ロリングは私の事が好きなの?」
「好きだ。干し芋を貰った日から・・・気がつけばエマリアの事を考えてる」
「えぇー。そんな出会いなの?干し芋って」
「だって旨かったんだ。それにエマリアが笑うと嬉しい」
「じゃぁ、ずっと笑っていられるようにして?どうしたらいいか解るよね?」
「解るけど・・・事が終わったら別れるとか離縁とか言わないで欲しい。約束してくれ」

返事の代わりにエマリアがロリングの唇にそっと唇を合わせた。
その後は、長い時間息をするのも忘れて唇を重ねる。
音のない部屋で静かに唇を合わせる直前の呼吸だけが聞こえた。


が、いつだって邪魔者はやって来る。

「エマリアさーん!!届け物ですよ~」

エマリアではなくロリングが受け取るために玄関に行くと「はい」と手渡されたのはバクーウムヘン公爵家からの書簡だった。

「なんて書いてあるんだ?」
「準備は7割調ったって。王都までの行程で8割まで上がるかしら」
「公爵にばかり頼れない。残りの3割は俺の仕事だ」
「またまた~さっきまでぐずってた癖に!」
「エマリアから言質取ったからな。怖いものなんかないさ」
「え?私、何か言ったっけ??あ~言った!言った!言いましたぁ!!」

一旦雰囲気が変わると先程までのキスが恥ずかしくなって、ロリングを見ただけで胸がドキドキと早鐘を打ってしまう。頬も耳も赤くなったエマリアをロリングが背の側から抱きしめた。



全てを説明せずとも聞こえてくる噂でマロカンを筆頭に作業員たちは快くエマリアとロリングを送り出す。

「まだ指示を貰わねぇと困る難関が残ってるからな。早く戻って来てくれよ」
「そんなエリアあったかしら?」
「あるじゃねぇか。一番に走る機関車には乗って貰わねぇと困るんだよ!」
「あ、そう言えば私、機関車見た事ないのよ。見るより先に乗る??ん?乗る時に見れるのかな?」
「どっちだっていいよ!とっとと終わらせて帰って来やがれ!」


しかし、王都に到着したエマリアとロリングを王都を囲む城壁の門で待ち受けていたのは「拘束」だった。

「必ず迎えに行く」城に到着した時、ロリングとエマリアは別々の場所に連行され、ロリングは別れ際、エマリアにそう告げた。

エマリアが通された部屋には先ず側妃の顔が目に入った。
遅れて部屋に入って来た国王は、側妃を両脇に侍らせ数段高い壇上の椅子に腰かけるとエマリアを見下ろす。

「陛下にはご拝顔を賜り恐悦至極に存じます」
「西の石切り場。あれはどう言う事だ。産出量に見合うだけの石は王都には入っておらん」
「石はあるべき場所に御座います。ですが陛下。この役目、わたくしは王妃殿下より賜ったもの。報告を先ず受けるべきは王妃殿下と存じます」
「王妃?あぁあの気狂いか。今頃北の塔で最期の祝杯をあげておるだろう。そなたの多大なる功績を祝うのはあの女くらいだろうて」

国王の言葉にエマリアは表情を変えなかった。
それが国王の気に障ったようで、腰掛けた椅子のひじ掛けに拳を叩きつけた国王はその手をそのままエマリアに向け、指差した。

「国土を!国の鉱物を好き勝手しおって!この女を牢に放り込め!」

躊躇いながらも兵士がエマリアの元に駆けよって来た。
エマリアは薄く微笑み、国王に向かってゆったりとカーテシーで応えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

謹んで婚約者候補を辞退いたします

四折 柊
恋愛
 公爵令嬢ブリジットは王太子ヴィンセントの婚約者候補の三人いるうちの一人だ。すでに他の二人はお試し期間を経て婚約者候補を辞退している。ヴィンセントは完璧主義で頭が古いタイプなので一緒になれば気苦労が多そうで将来を考えられないからだそうだ。ブリジットは彼と親しくなるための努力をしたが報われず婚約者候補を辞退した。ところがその後ヴィンセントが声をかけて来るようになって……。(えっ?今になって?)傲慢不遜な王太子と実は心の中では口の悪い公爵令嬢のくっつかないお話。全3話。暇つぶしに流し読んで頂ければ幸いです。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

婚約破棄したので、元の自分に戻ります

しあ
恋愛
この国の王子の誕生日パーティで、私の婚約者であるショーン=ブリガルドは見知らぬ女の子をパートナーにしていた。 そして、ショーンはこう言った。 「可愛げのないお前が悪いんだから!お前みたいな地味で不細工なやつと結婚なんて悪夢だ!今すぐ婚約を破棄してくれ!」 王子の誕生日パーティで何してるんだ…。と呆れるけど、こんな大勢の前で婚約破棄を要求してくれてありがとうございます。 今すぐ婚約破棄して本来の自分の姿に戻ります!

【完結】白い結婚ですか? 喜んで!~推し(旦那様の外見)活に忙しいので、旦那様の中身には全く興味がありません!~

猫石
恋愛
「ラテスカ嬢。君には申し訳ないが、私は初恋の人が忘れられない。私が理不尽な要求をしていることはわかっているが、この気持ちに整理がつくまで白い結婚としてほしい。こちらが契約書だ」 「かしこまりました。クフィーダ様。一つだけお願いしてもよろしゅうございますか? 私、推し活がしたいんです! それは許してくださいますね。」 「え?」 「え?」 結婚式の夜。 これが私たち夫婦の最初の会話だった。 ⚠️注意書き⚠️ ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ☆ゆるっふわっ設定です。 ☆小説家のなろう様にも投稿しています ☆3話完結です。(3月9日0時、6時、12時に更新です。)

【完結済】結婚式の翌日、私はこの結婚が白い結婚であることを知りました。

鳴宮野々花
恋愛
 共に伯爵家の令嬢と令息であるアミカとミッチェルは幸せな結婚式を挙げた。ところがその夜ミッチェルの体調が悪くなり、二人は別々の寝室で休むことに。  その翌日、アミカは偶然街でミッチェルと自分の友人であるポーラの不貞の事実を知ってしまう。激しく落胆するアミカだったが、侯爵令息のマキシミリアーノの助けを借りながら二人の不貞の証拠を押さえ、こちらの有責にされないように離婚にこぎつけようとする。  ところが、これは白い結婚だと不貞の相手であるポーラに言っていたはずなのに、日が経つごとにミッチェルの様子が徐々におかしくなってきて───

結婚して二年、告げられたのは離婚でした。

杉本凪咲
恋愛
結婚して二年、告げられたのは離婚でした。 彼は私ではない女性を妻にしたいようで、私に心無い言葉を浴びせかける。 しかしそれには裏があり……

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

処理中です...