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第20話   遠く離れたかの地で

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「はい、3と11を足すと幾つになるかな?」
「えぇーっ!先生っ。11って指の数がもう足らないよ!」
「足も足せばいいじゃない!」
「足の指の数なんて数えた事ねぇよ!」

ロリングが請け負った8歳前後の子供ばかりを集めた部屋は他の部屋よりも賑やかである。最初は男性の講師と聞くと委縮してしまった子供たちも日を追うごとにロリングに慣れてきた。

1カ月、2カ月と変わりない毎日かと思えば、見る風景は朝と夕方で違う事もある。

24時間4交代で進められている上に隣国からの機材が到着すると作業員たちは直ぐに操作方法を覚え、作業のスピードが更に上がった。
たった1カ月でロリングが超えて来た峠は無くなり、平たんな道となって遠くが良く見渡せるようになっていた。


5つのグループをエマリアが敢えてそのままにした効果も顕著に出始めた。
国ごとで分けられていると言っていい作業員たち。お国柄が出るのか「このくらいなら」と敷き詰める石と石の隙間をスルーし調整をしなかったグループと、誤差を許さないグループでは出来栄えが違ってくる。

線路の鉄骨が搬入されて、仮置きをした時調整を掛けなかったグループでは上手く骨材が乗らず小石を砕いて調整をせねばならなくなった。


「あの・・・エマリアさん」
「どうしたんです?」
「ポランタン国のグループに渡りをつけて欲しいんです」
「あら?どうして?」
「その・・・石を敷いた後に調整するの時間と手間ばかりで‥石を敷く時から注意してればって‥交代もあって作業の途中になっちゃうんで人間ばかり数が多くなる時間もあって進まないんです」


理由を話せば言葉は通訳をするだけ。同じ目標に向かって作業する作業員たちはエマリアが中に入る事でお互いの言語を覚えた方が早いと交流をするようにもなった。
そうなると、バイリンガルが多く誕生してくる。

子供達はもっと早かった。親がいがみ合っているようでも子供たちは自由に行き来をする。最初は言葉が通じずにいても一緒に遊んでいるうちに、「何を伝えたいのか」を悟るようになる。

「一緒にいると国境なんてないんだよなぁ」

ロリングが入り混じって遊んでいる子供たちを見てポツリと呟いた。

「あら?私は紙の上でしか国境線を見たことがないわ。来週には隣国との間にあった山も完全に平地になるけど、どこかに線が引いてあった?」

「ぷはっ!エマリアは面白い事を言うなぁ。見た事ないよ。大地には線なんか引かれてない」

「それは良いんだけど、茹で上がったから皮を剥いてよ」



王子と王子妃。作業員たちに変な勘繰りをされるのも作業に支障が出るかも知れず、エマリアとロリングは一緒に住む事にした。寝る部屋は同じだが寝台はシングルサイズが2つ並んでいる。

覚えようとするため、作業員やその家族も覚えが早いのと、国が違うもの同士が今更ながらに「こんにちは」と声を掛け合い挨拶をする事で会話も生まれ、作業も機材が入った事でエマリアには自由な時間が出来た。

その時間を使って、今日は干し芋を作ろうとサツマイモを茹でていた。

「熱いから、粗熱を取ったものから皮を剥いてね」
「俺、苦手なんだよなぁ。実まで取れるからボロボロになる」
「美味しいものを作るには手間がかかるってこと」

ロリングは芋の皮むきもだが、ゆで卵も剥くのが下手。あとは剥きながらつまみ食いをするので、予定していた量より出来上がりが減ってしまう。

「もう!途中で食べちゃったらダメでしょう!」
「ふかしたのもいいけど茹でても旨いんだよ。芋が旨いのがダメなんだ」
「誘惑に負けるロリングがだめなの!」

並んで茹でた芋の皮を剥いているとロリングが視線は手元の芋に向けたままでエマリアに言葉を掛けた。

「全部片付いたらさ、鉄道で一番端まで行ってみないか」
「一番端?どこになるのかしら」
「ナジェス王国からさ、フェリーっていう大きな船に機関車が入って海の向こうの国についたらそこでレールを連結して走るそうだよ」
「海の向こう?!機関車ごと船に乗るってこと?」
「そうらしいよ」
「そうね。じゃぁそれが新婚旅行ってやつにしちゃいましょう」


敢えて明るい話題を、そして未来の話題をロリングが行うのは「その日」が違づいている事を示唆している。

王都ではバクーウムヘン公爵を始めとして低位貴族が王政の廃止、主権を民衆に移すよう国王と議会に審議を願い出た。勿論反対をする貴族は多く、特に側妃たちの実家は1家ではバクーウムヘン公爵家には及ばないがタッグを組んで反対をしている。

バクーウムヘン公爵家はロリングを推すと明言をしている。
それは本人不在でもロリングがそれまで諦めていた王位レースへの参加表明と受け取られる。

バクーウムヘン公爵家からは私兵が作業員として石切り場に派遣されていて、ロリングとエマリアは行動にも制限を掛けていた。動き回ればその分、間者の手にかかりやすい。
護衛となっている兵の手を煩わせないよう、基本は2人で行動。居場所も決められた場所への移動のみ。

そんな2人の元に書簡が届いた。

差出人を見てロリングの表情が抜け落ちた。


「陛下から・・・なの?」
「いや、違う」
「叔母様?義叔父様?」
「違う」

ロリングはエマリアに書状を開いたまま手渡した。
その差出人はロリングの母であり、王妃でもあるソニア妃。

「俺が王都に帰らないのは母上の意向で他国に亡命する準備のためだなんて・・・馬鹿げてる」
「ロリング。王都に・・・」
「いや、戻らない」
「何を言ってるの?このままだと王妃殿下は毒杯って!」
「正妃でもある王妃の子が亡命となればそういう沙汰になるだろうな」
「亡命なんかしないでしょう?戻って説明をしなきゃ」
「餌なんだよ」
「餌?」


国王はエマリアが出向いた西の石切り場が石を切り出すだけではなく、遷都するためだと疑い始めている事はバクーウムヘン公爵家からの知らせで知っていた。

ロリングが反旗を翻したり、西の石切り場に王都から仕事を求めてやって来る者も多く就業率の底上げとなっているてエマリアの功績にもなる。そうなれば国王は不味い立場に置かれる。

代々引き継いで来た国王と王妃の財産。国王の財産は手付かずで残っているだろうが問題はソニア妃が食い潰した財産である。それらは側妃たちの実家が貸付の担保にし、現在は側妃が生前分与により所有者となっていてロリング以外の王子が次の国王となれば側妃は国母となるため誤魔化しがきく。

しかしロリングが次の国王となれば例えソニア妃の散財と言えど、民衆には厳しい税制を押し付けておきながら王家は散財していたのかとなる。

勿論ロリングも糾弾はされるだろうが、それを救うのがエマリアの功績。
西の石切り場はもう石切り場ではない事を風の噂でも知っている民は多い。

なにがなんでもロリングに継がせる事はしたくない国王。
ロリングが「餌」だと言ったのは、王都におびき寄せ亡き者にするため。

――自分の子供なのに――

エマリアと、生まれながらに王族で最高位にいる国王の考え、価値観は違う。
動き出したと言う事は国王ももうのらりくらりと言い逃れをする事も出来なくなってきていると言う事。

「手負の虎ってことかしら」
「虎ほど立派じゃないよ。最低な親だ」

せめてバクーウムヘン公爵家から何か情報があれば。
エマリアはもう一度書状に目を落とし、深い溜息を吐いた。
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