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第19話   あの時の!?

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微妙な空気がエマリアとロリングの間に流れる。

石切り場の作業は現在24時間4交代制。エマリアはいつでも出動できるように呼ばれれば行くスタイル。決して楽をしている訳ではなく、呼ばれていない時は勤務日報やシフトの調整、材料発注などを行っている。

寝台で眠る日よりもソファで20分ほど時間を作り仮眠を取る。合間、合間の仮眠が無ければ倒れてしまいそう。

どちらかと言えば忙しく、出来ればあと少し慣れるまで放っておいて欲しかったのが本音。

「今日はどうされました?」
「今日はって・・・結構距離もあるし…しばらくこっちにいるんだけど」
「マジで?・・・」

お嬢様言葉も作業員たちとガンガンやり取りをしていればアンジェ叔母が金切り声を出しそうな言葉使いも不意に出てしまうもの。

思わずジト目になってしまったエマリアにロリングは「そうだ!」と取ってつけたように持ってきた袋をエマリアに差し出した。

王都を出る前、モルトン伯爵に「味は似てると思います」と聞いた裏通りにある闇市で売っていた干し芋を買い占めてきたのである。

渡された袋をゆっくりとエマリアが開封すると…「あはっ」小さく笑いが出た。

「干し芋。貰った時から癖になっちゃってさ」
「貰ったのですか・・・干し芋って貰うもの??」
「忘れちゃったかな。王都に来て馬車を降りたところで・・・」

鼻をポリポリと指先で掻きながらロリングが言えば、「あ~!あの時の!!」エマリアも思い出したようで笑顔になった。

その笑顔を見て、ロリングはドスっと胸の奥で音がした。
何かで心を射抜かれたような心地よい痛みを感じるロリングにエマリアは容赦なくグイグイと顔を近づけて来てロリングは息を止めた。

「ど、どうした?」
「失礼ですが・・・」
「おっと、その前に普通に話をしてくれていいから。皆みたいに」
「それは無理です。だって貴方は第1王子殿下ですし」
「それを言うなら君だって王子妃だよ」
「もうすぐ!です。あと・・・えぇっと・・・あれ?立太子の儀の日過ぎてる!」
「延期になったんだよ。城で色々あって」


立太子の儀は予定をされていたのだが、ソニア妃の言動でエマリアが西の石切り場に行くことになり、ロリングの隣には誰もいない状態になる。
言葉で「相手はいる」と言ったところでバルコニーに並んだ場所から民衆に声が聞こえる筈もなく、国王は恥をかきたくないと鉄道の開通式だけ行なってしまった。

が、日付として立太子の儀は過ぎたという事になり、この時点でエマリアとロリングは書面では成婚をした事になっていた。

「結婚指輪が干し芋??」
「ちゃんと贈るよ!」
「冗談です。指輪は要りません」
「どうして?誕生石を付けて贈るけど」
「ここ、石切り場ですよ?すぐに傷がついてしまうし時折力仕事もあるので石が取れちゃったり・・・疲れが酷いと指も浮腫んでしまうのでない方が楽なんです。それにここではドレスも着ませんしね」


常に石を切った時の細かい粉塵も舞っている。特に今はこの地に鉄道を敷設する土台となる石を切り出して、線路になる部分に敷きつめる作業をしているので、ともすれば無くしてしまうかも知れない。

ロリングが買える、買えないと言う経済的な問題は全く関係がなく、作業に支障をきたす事は今はしたくない。それがエマリアの言葉だった。

「鉄道の件はバクーウムヘン公爵から聞いた。俺に出来る事はないかな。ただいるだけというのも気が引けるんだ」
「だったら書類を手伝ってください。あとは16時になったら8歳コースで文字を教えてくれます?」
「文字を?それは良いけど、どうして?」
「先日まで教えてくれてたリリーさんが産気づいて生まれたんです。今はゆっくりする時期なので」

作業員の家族の中には過去に市場などで働いて習った訳ではないが読み書きが多少出来る者もいて、手分けをして子供たちに文字を教えている。

夜になると作業で呼び出しを待つ間、大人に文字を教えるのもエマリア。
本当に寝る間もないくらいに忙しいのである。

「これが人を育てるって事なのかな」
「どうでしょう。でも読み書きが出来ればやりたい事をする幅は広がりますよね。王都でもすればいいのにと思いますが確か・・・」
「インク税に読書税、それから夜間点灯税もあるから無理だね」
「本当に税金だらけ。そのうち民衆は暴動を起こすわよ?」


王都で住まう者の中には生活が出来なくなり、仕事を求めて王都にやって来たのに生きるために田舎に戻る者も出始めている。それでも人口が減らないのは田舎から仕事を求めてやって来るものがいるから。

都落ちをして田舎に戻った者から税金の事を聞いても、領地ではそんな経験がないので「やっかみ」のように捉えてしまい聞く耳を持たない者もいる。王都に来て実際を目の当たりにするまで信じられない。それが王都の税金だった。


「半年後には向こうの1本杉がある山だけになる予定です。1年後には鉄道のレールというのを今、切り出している石の土台に載せるんですよ。開通したら隣国まで2時間半ですって。凄いですよね」

「そうだなぁ。今はここからなら隣国まで3日、いや4日はかかるな」

バクーウムヘン公爵の計画では領内には縦横無尽に鉄道を張り巡らせる。
その後「高架」というロリングもまだ挿絵でしか見たことがない宙に浮く道を線路の上に作るのだと言う。

「私、思うんです」
「何を?」
「何時になるかは判らないけど・・・高架には鉄道が走って人間は大地を歩くんじゃないかなって」
「それはどうだろうな。王都を走る機関車の重さに耐えられないと思うよ」
「それを何とかするのが人の知恵であり、技術かなぁって」

ロリングが持ってきた干し芋を齧り、言葉の風景を思い描いているのかエマリアは目を閉じてにこりと笑う。ロリングは干し芋の甘さが口に、胸にも温かくて甘酸っぱい思いが溢れたのだった。
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