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第18話   メンチ切ってます

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エマリアが石切り場にやって来た日から遅れる事2カ月半。

ロリングは騎士団の引継ぎや、数は少なかったとは言え公務や執務の引継ぎを終えると石切り場にやって来た。

ソニア妃に西の石切り場に行くことを伝えに行ったのは出立の前日の昼過ぎだったが、寝起きだったようで不機嫌も最高潮。目を覚ますためと言いながらウォッカをあおっていた。

呂律も回らない口調で何やら言っていたが聞き取れない。
褒め言葉ではなく罵倒であったのは確かだが、これが母親だと思うとロリングは情けなくなった。

「王妃殿下はお酒の量が日に日に多くなっております」

従者の言葉に侍医の診察を受けるようにと諭してはみるが、帰ってきた返事は言葉ではなく飲みかけのウォッカ。まともに浴びてしまったロリングはウォッカと一緒に飛んで来たグラスが額に当たり負傷してしまった。

「母上、このような酒の飲み方は良くありません」
「うっさい!」

今度はウォッカの入った瓶ごと投げて来そうな勢い。
まだ噂ではあるが、この状態が続くのであれば塔に幽閉とも聞こえてくる。

――今だって幽閉みたいなものじゃないか――


記憶を辿れば、酒に酔っていない母ソニアが片隅にもない。尤も記憶に残るほどソニアとの時間も無かった。ロリングには王子教育を受けねばならない時間があったし、夜は広い食堂で食事を1人で取るのが日常。

ロリングが物心ついた時、父の国王は数人いる側妃の元を交代で訪れ、側妃の宮を渡り歩いて夜明けを迎えていた。当然食事も泊る、泊った側妃と行うのでロリングとは取らない。

家族ではないが幼い頃はつけられた乳母と食事をしたのが1人ではない食事だった。

それでも、やはり母親である事から情はある。
父の国王とは公務の絡みで話す事もあるが、まともに話も通じない母ソニアのほうに情があるのが不思議な気がした。

「母上、では行ってきますので」

ウォッカの酒瓶をそのまま咥えて中身を胃に流し込むソニア妃から返事はなかった。
ロリングが部屋を出て行っても扉のほうを向こうともしない。
従者もそんなロリングに声を掛ける事も出来なかった。


★~★

「もうちょっとだ。頑張ってくれよ」

西の石切り場までは貸し馬での旅。
騎士団にいた時は数人で馬を回していた。ロリングは第1王子でありながら専用の馬は持っていなかったためである。デヴュタントの少し前に母方の祖父母から贈られるのだがロリングには贈ってくれるような祖父母はいなかった。

ソニア妃の両親は平民でその日暮らし。平民から王妃になる時、ソニアから両親に向けての言葉は「せいせいする」だったと聞く。
貧乏暮らしから抜け出したくて、引っかけたのが偶々市井に来ていた当時の王太子。

恋に溺れれば相手の裏側も見えないのではなく、見る事もなかったのだろう。
国王の周りは「ソニアはやめておけ」と全員が口を揃えたと言うが、熱に浮かされた結果が今。

――彼女を愛する事が出来るだろうか――

ロリングはどんどん物理的に距離が近くなるに従って恐怖心も抱いた。
エマリアの事は「好き」なのだろうと判ってはいるが、王子妃となった時、そして婚約者の今、愛する事が出来るだろうかと不安が胸に渦巻く。

女性に対し、それまでの女性にも「好き」という感情は無かったようにも思う。
ただ一緒に誰かがいるという安心感は感じたことがあった。

――父上のように気持ちが真逆に向いてしまったら――

ロリングにはそれが一番怖かった。
悪い見本が近くにいたからでもあるし、何よりそれが父で血が繋がっている。

馬が一歩一歩石切り場への道を進み、峠を越えて農道に出た。
しばらく行くと人だかりが見える。

ロリングのいる側が風下なので声が良く聞こえた。


「機材を旋回させて。吊り上げた荷を持ち上げるのには逆も持ち上げるのよ」

木枠を組んで梃子の原理を使った機材で大きな石を持ち上げるのだが上手く上がらないようである。指示を出しているのは屈強な男ではなく、1人の女性、エマリアだった。


――あぁ。彼女だ――

笑顔ではないが、真剣な表情で男達に指示を出し、時に他国の言葉で大きく叫ぶ。
てきぱきと動いているエマリアが瞳に映ると、先程まで悩んでいた思いが吹き飛んでロリングの表情筋も緩み、自然と笑顔になる。

「あれ?お客さん??誰か聞いてるか?」

ロリングを見つけた作業員が周囲にいる作業員に声を掛けた。
その声にエマリアも気が付き、エマリアの視線の先にはロリング。

――あ、気が付いたかな?―― ロリングは思ったがエマリアは違った。

「誰かしら」

既にかなり近づいていて、エマリアの容赦ない声がロリングの心に刺さる。
頭に被った鉄製の帽子を脱ぎながらエマリアがロリングに近づいて来た。

ロリングの心臓がバクバクと今までにない速さで血液を全身に送り始め、ロリングは馬を引いていた手綱を持つ手に力が入る。


――なんて声を掛けたらいいかな――


心臓の音が聞えませんように。そう願うロリングにエマリアが声を掛けた。

「どなた?」
「どなたって・・・ロリングなんだけど」
「ロリング?作業員名簿にあったかしら・・・ロリングのロはL?R?」

全く気が付いていないエマリアだったが、ぱらぱらと手にしていたファイルを捲っていて「あっ!!」声をあげたあと、ゆっくりとファイルからロリングに視線を移した。

「判ったかな??」
「え~‥‥あ~‥‥まぁ?多分…殿下・・・ですよね?」

ぎこちない2人にマロカンが通りかかって声を掛けてきた。

「エマリアさん、どしたん?」

引き攣った笑いを浮かべたエマリアがマロカンに「多分、殿下」と小さく答える。
ロリングは気安くエマリアに話しかけるマロカンを思い切り睨みつけた。

「旦那さんか!そうか!って事は王子様だなっ!」

残念な事にロリングですらマロカンには身長差があり、向かい合ってもロリングの視線は2m15cmも上背のあるマロカンの首元まで届かない。

が、何処にでも余計な一言を発する者はいるものである。

「マーさん。殿下さん、メンチ切ってますよ睨んでますよ
「んなワケ、ねぇだろ」

睨んでいたのがマロカンに見えてないのは幸いだった。
この日、マロカンは虫歯が痛くて凶暴だったからである。

「エマリアさ・・・痛っぅぅーッ」 ドガっ!!

痛みを飛ばすために素手で殴った石が粉砕していた。
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